

南部鉄器の製造現場にある「2つの潮流」
南部鉄器の製造現場には、大きく分けて2つの生産方法が存在します。
一つは、多くの工程を熟練の職人が手作業で行う、国の伝統的工芸品としての鉄瓶づくりです。もう一つは、一部の工程をライン化し、効率的に製品を生み出す「生型(なまがた)技法」と呼ばれる製造方法になります。
この2つの流れが併存している背景には、時代の変化への対応がありました。戦後、調理器具の素材がアルミやステンレスへと移行し、鉄製品の需要が落ち込むなかで、伝統的な鉄瓶だけに固執するのではなく、キッチンウエアや装飾品といった新しい製品開発に取り組む必要があったのです。
伝統を守りつつ、革新を続ける。この姿勢が、現代における南部鉄器の多様な製品ラインナップを支えています。

160を超える手仕事の連鎖。伝統製法「焼型」の奥深さ
伝統的な南部鉄器、特に鉄瓶の製造には、「焼型(やきがた)」と呼ばれる古くからの製法が用いられます。その工程数は、一般的に160から165、あるいはそれ以上にも及ぶと言われ、そのほとんどが手作業で行われます。
完成までには時に1ヶ月以上を要することもあり、まさに職人の経験と感覚が凝縮された作業の連続です。
伝統工芸士として認められる職人は、原則としてこれら全ての工程を一人でこなす技術を持つことが求められます。その中でも、製品の品質を決定づける特に重要な工程がいくつか存在します。
鋳型(いがた)づくりは、南部鉄器の形状と、その表面の繊細な表情を生み出すための根幹となる工程です 。
川砂と粘土を混ぜて作られた鋳型がまだ湿っている状態で、代表的な「アラレ文様」などの文様を、専用の押し棒を使って一粒一粒、手作業で丹念に押し付けていきます。縦横、そして斜めの線までが美しく揃えられたアラレ文様を施すのは、非常に根気のいる作業であり、職人の高い集中力が求められます。
次に、1,300度から1,500度にまで熱せられ、オレンジ色に輝く液体状の鉄(湯、ゆ)を鋳型に流し込む「鋳込み(いこみ)」という工程に入ります。
ある職人さんは、初めてこの光景を見たときのことを「黒い鋳型の中に、水よりも柔らかいオレンジ色の液体がすっと吸い込まれていくようだった」と語ります。この一瞬で鉄瓶の形が生まれる様は、製造工程の中でも特に劇的な場面と言えるでしょう。
鋳型から取り出された鉄器は、そのままでは錆びやすい状態にあります。そこで、錆を防ぐために「金気止め(かなけどめ)」または「釜焼き(かまやき)」と呼ばれる、南部鉄器特有の工程が施されます。
これは、鉄器を800度から1,000度ほどの炭火で焼くことで、表面に緻密な四酸化三鉄(Fe3O4)、通称「黒錆」の酸化被膜を形成させる技術です。この黒錆の膜が、腐食の原因となる赤錆の発生を強力に抑制します。
最後に、不要な部分を削り落とす研磨作業を経て、漆(うるし)などを焼き付ける「着色」を行い、深みのある色合いと光沢を与えて完成となります。

職人技の核心、鋳物は作り手の実力を映す鏡
一連の工程の中でも、特に職人の力量が問われるのが鋳型づくりです。
取材に応じてくれた伝統工芸士の一人は、「鋳物というのは、間違っても偶然に良いものができるということはないんですよ」と語ります。
鋳型が完璧に出来上がっていなければ、決して良い製品は生まれない。もし失敗すれば、それは全て自分の責任であり、人のせいにはできない厳しさがあると言います。
鋳物は、作り手の技術と真摯な姿勢をありのままに映し出す、正直な鏡なのです。
このような複雑な技術を習得し、一人前の職人として認められるまでには長い年月を要します。かつては「10年経ってようやく一人前」と言われる世界でしたが、後継者育成の重要性が高まる現代では、3年から5年ほどで一通りの工程をこなせるよう指導する体制に変化してきているそうです。
それでも、溶けた鉄の色で温度を判断し、砂の粘り気を手の感触で確かめるといった、言葉で説明し尽くせない「暗黙知」の領域は、日々の鍛錬の中でしか身につけることができません。
現代の生産体制「生型」が担う役割
一方で、より多くの人に南部鉄器の魅力を届けるため、現代の生産現場では「生型技法」という方法も重要な役割を担っています。
これは、鋳型の製作工程などを一部ライン化することで、生産効率を高めるものです。この技術があるからこそ、現代のライフスタイルに合わせたフライパンや、海外で人気の高いカラフルな急須といった多様な製品を、安定して供給することが可能になっています。
ただし、ライン化されているとはいえ、多くの部分で人の手が介在することも事実です。伝統製法で培われた技術や知見が、この現代的な生産体制の品質を支えているのです。


画像協力:株式会社 岩鋳




