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青森の伝統工芸「津軽塗」ができるまで:下地から研ぎ出しまで、全47工程の秘密
2025.09.16
青森の伝統工芸「津軽塗」ができるまで:下地から研ぎ出しまで、全47工程の秘密

津軽塗

漆を何度も塗り重ねて研ぎ出す「研ぎ出し変わり塗り」により、約48工程・2ヶ月以上かけて制作される。主に天然漆を用い、螺鈿や炭粉、種などを組み合わせて多層的な模様を生み出す。食器や箸などの日用品に加え、近年はアートパネルやサインボードなど空間装飾にも用いられる。

青森の伝統工芸品・津軽塗は、「津軽の馬鹿塗り」と呼ばれる多工程により堅牢性と美しさを実現している。下地から仕上げまでの工程を通じて、研ぎ出し変わり塗りによる独自の模様表現が生まれる。
青森の伝統工芸「津軽塗」ができるまで:下地から研ぎ出しまで、全47工程の秘密
青森が誇る伝統的工芸品、津軽塗。その重厚な美しさと、何十年もの使用に耐える堅牢さの背景には、「津軽の馬鹿塗り」と称される、途方もない時間と手間をかけた制作工程が存在します。一見すると非効率にも思えるその手仕事は、なぜ必要なのでしょうか。
本記事では、読者の皆様と共に学ぶ視点で、津軽塗が完成するまでの道のりを追い、工程の一つひとつが最終的な「用の美」にどう結びついているのかを紐解いていきます。

全ての美の土台、見えざる下地工程

津軽塗の品質を決定づけるのは、最終的には見えなくなる下地作りです。この目に見えない部分への徹底したこだわりこそが、何十年も使い続けられる堅牢性の礎となります。

・木地加工(きじかこう)

全ての始まりは、器の原型となる木地です。十分に乾燥させた青森ヒバなどの木材を、椀や盆であれば轆轤(ろくろ)で挽く「挽物(ひきもの)」、重箱などであれば板を組み合わせる「指物(さしもの)」の技術で加工します。この木地が、これから続く長い工程の土台となります。

・布着せ(ぬのきせ)

次に、木地の強度を高めるための工程です。特に縁や接合部など、構造的に弱い部分に、麻布を漆で貼り付けて補強します。米糊と漆を混ぜた接着剤で布を木地に完全に密着させることで、器物全体の耐久性を飛躍的に向上させます。

・本堅地造り(ほんかたじづくり)

津軽塗の堅牢さを決定づける、もっとも重要な工程の一つです。漆に土の粉である「地の粉(じのこ)」や砥石の粉である「砥の粉(とのこ)」を混ぜ合わせた錆漆(さびうるし)と呼ばれるペースト状の下地材を、ヘラで木地に何度も塗り重ねていきます。一度塗るごとに漆を完全に乾燥させ、それを砥石で平滑に研ぐ作業を繰り返します。この作業によって、石のように硬く、厚みのある完璧な下地層が形成され、津軽塗の頑丈な「骨格」となるのです。

画像協力:津軽塗たなか
画像協力:津軽塗たなか

模様を「描く」のではなく「仕込む」、研ぎ出し変わり塗りの神髄

完璧な下地が完成すると、いよいよ津軽塗の最大の特徴である「研ぎ出し変わり塗り(とぎだしかわりぬり)」の工程に入ります。津軽塗は一般的な漆器のように表面に絵を描くのではなく、漆の層の内部に模様の「種」を仕込み、それを後から掘り起こすという独自の発想を持っています。

この工程は、大きく2つの段階に分かれます。

1. 仕掛け 

平滑な下地の上に、意図的に凹凸のある模様の素を仕込む作業です。この「仕掛け」の方法が、後述する各技法のデザインを決定づけます。

2. 塗り重ね 

「仕掛け」で作られた凹凸の上から、異なる色の漆を何層にも塗り重ねていきます。この段階では、仕込んだ模様は漆の層の下に完全に隠れてしまいます。

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種剥ぎ:種を仕込んだ後、漆がある程度硬化したところで種を剥がしている工程<br>画像協力:津軽塗たなか
種剥ぎ:種を仕込んだ後、漆がある程度硬化したところで種を剥がしている工程
画像協力:津軽塗たなか

4大技法に見る、多彩な「仕掛け」の世界

津軽塗には、主に4つの代表的な技法が存在します。これらの違いは、まさに「仕掛け」の工程の違いによって生まれます。それぞれの技法が、どのような素材や道具を使い、どのように模様を仕込んでいるのかを見ていきましょう。

・唐塗(からぬり):特殊なヘラが生む、複雑な斑点模様

津軽塗と聞いて多くの人が思い浮かべるのが、この唐塗です。唐塗の仕掛けには、卵白などを混ぜて粘りを高めた絞漆(しぼうるし)と呼ばれる特殊な漆が使われます。これを、「仕掛けベラ」という先端に複数の穴が開いた独特のヘラですくい、器の表面に叩きつけるようにして斑点模様を付けていきます。この仕掛けベラの形状は職人や工房ごとに異なり、それがおのおのの作風の違いを生み出す秘伝となっているそうです。この凹凸が、研ぎ出した際に現れる複雑で有機的な模様の核となります。

唐塗(からぬり)<br>画像協力:津軽塗たなか
唐塗(からぬり)
画像協力:津軽塗たなか

・七々子塗(ななこぬり):菜種のひと粒が作り出す、小紋のような輪紋

上品で可愛らしい印象を与える七々子塗は、その仕掛けに意外な素材を使います。それは、菜の花の種(なたね)です。漆を塗った面が乾かないうちにこの菜種を均一に蒔き、漆が硬化した後に種を剥ぎ取ります。すると、種があった部分が小さな輪っか状の突起として残り、これが模様の「仕掛け」となります。この繊細な凹凸の上に別の色の漆を塗り重ねて研ぎ出すことで、江戸小紋のような粋な輪紋が無数に浮かび上がるのです。

七々子塗(ななこぬり)<br>画像協力:津軽塗たなか
七々子塗(ななこぬり)
画像協力:津軽塗たなか

・紋紗塗(もんしゃぬり):籾殻の炭粉が表現する、静謐な艶の対比 

紋紗塗は、色彩ではなく、質感の対比で美を表現する極めてモダンな技法です。まず、下地の上に黒漆を使い、筆で文様を盛り上げるように描きます。これが模様の「仕掛け」となります。その後、全面に漆を薄く塗り、籾殻(もみがら)を焼いて作った炭粉(すみこ)を蒔きつけます。籾殻は、津軽地方の方言で「紗(しゃ)」と呼ばれ、技法名の由来にもなっています。これを研ぎ出すと、盛り上げて描かれた文様の部分は艶のある黒に、それ以外の部分は炭粉によるマットな質感の黒になり、光の加減で模様が静かに浮かび上がる、独特の表現が完成します。

紋紗塗(もんしゃぬり)技法の様子<br>画像協力:津軽塗たなか
紋紗塗(もんしゃぬり)技法の様子
画像協力:津軽塗たなか

・錦塗(にしきぬり):複数の技を重ねる、豪華絢爛の極致

4技法の中でもっとも複雑で、高い技術を要するのが錦塗です。これは、複数の技法を組み合わせた、いわば複合的な仕掛けです。まず七々子塗の工程で輪紋の下地を作り、その上に唐草などの古典文様を黒漆で描き、さらに別の色の漆で装飾を施します。最後に全体に朱漆などを塗り、研ぎ出すことで、七々子塗の地に華やかな古典文様が浮かび上がる、その名の通り錦織物のような絢爛豪華な仕上がりとなります。

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錦塗(にしきぬり)<br>画像協力:津軽塗たなか
錦塗(にしきぬり)
画像協力:津軽塗たなか

漆の層から美を掘り起こす、研ぎと磨きの最終章

仕掛けと塗り重ねが終わると、いよいよクライマックスの工程です。ここからは、内部に隠された美を、職人の手の感覚だけを頼りに表面に現出させていく、忍耐と緻密さが求められる作業が続きます。

・研ぎ出し(とぎだし) 

塗り重ねた漆が完全に硬化した後、さまざまな目の粗さの砥石や炭、耐水ペーパーなどを用いて表面を研磨していきます。少しずつ表面を削り、平滑にしていく過程で、内部に隠れていた「仕掛け」の凸部分と、その上に積層された色漆の断面が、複雑な模様として姿を現します。ここが少し難しいポイントですが、職人は表面に絵を描いているのではなく、あくまで素材の内部から美を「掘り起こしている」のです。研ぎすぎてしまえば模様は消えてしまい、やり直しはききません。どの深さで研ぎを止めるかが、仕上がりの美しさを左右する、まさに職人の腕の見せ所と言えるでしょう。

・艶出し(つやだし) 

研ぎ出しによって模様が十分に現れたら、最後の仕上げとして艶を出す工程に入ります。より目の細かい研磨剤やコンパウンドを使い、手や専用の道具で丁寧に磨き上げていきます。ある工房では、金属加工にも使われるようなバフと呼ばれる機械を使い、何枚も重ねた布で磨き上げる様子も見られました。この工程を経て、津軽塗特有の、内側から滲み出るような深く美しい艶が生まれるのです。

艶出し(つやだし)<br>画像協力:津軽塗たなか
艶出し(つやだし)
画像協力:津軽塗たなか
津軽塗の制作工程を巡ってみて、私自身がもっとも強く感じたのは、一見すると非効率で「馬鹿正直」とも言える膨大な手間こそが、結果として何十年も使い続けられる「堅牢性」という最高の合理性を生み出しているという事実です。下地から仕上げまで、四十数回にも及ぶ工程は、単に美しい模様を作るためだけのものではありません。
それは、厳しい自然環境の中で永く使える丈夫なものを尊ぶという、この土地の精神性が宿った、用の美を追求するプロセスそのものなのではないでしょうか。この背景を知ることで、手にした一つの津軽塗が、より一層愛おしく感じられるはずです。
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