

津軽塗の木地(きじ):堅牢さの源泉「青森ヒバ」
津軽塗の品質を語る上で、まず触れなければならないのが、その土台となる木地(器の原型となる木工品)です。津軽塗の木地には、主に「青森ヒバ」という木材が用いられます。この選択は、単に地元で手に入りやすいからという理由だけではありません。青森ヒバが持つ卓越した性質こそが、津軽塗の代名詞である「堅牢さ」の基盤を形成しているのです。
青森ヒバは、ヒノキチオールという成分を豊富に含み、極めて高い抗菌、防腐、防虫効果を持つことで知られています。その優れた耐久性は、世界遺産である中尊寺金色堂の部材としても使用されていることからもうかがい知ることができます。また、水や湿気に強く、木目が緻密で美しいという特徴も併せ持ちます。
津軽塗の制作工程では、漆を何十回と塗り重ね、その都度乾燥と研磨を繰り返します。これは素材にとって非常に過酷な環境ですが、青森ヒバの生まれながらの強さがこの工程に耐え、歪みや割れを防ぎます。まさしく、津軽塗の品質は、この青森ヒバという素材の力に支えられているのです。
国の伝統的工芸品の規定では、ヒバの他にホオノキ、カツラ、ケヤキといった木材の使用も認められています。それぞれの木材が持つ特性を理解し、作るものによって使い分けることも、作り手の知恵と言えるでしょう。この土台となる木地へのこだわりが、見えない部分から製品全体の価値を支えています。

画像協力:津軽塗たなか
漆と自然素材が織りなす、多彩な表情
堅牢な木地の上に、生命を吹き込むのが天然の「漆」です。津軽塗では、伝統的工芸品の指定要件に基づき、使用される塗料は天然漆に限定されています。生漆(きうるし、採取したままの漆)や黒漆、色漆など、工程や表現に応じてさまざまな種類の漆が巧みに使い分けられます。
津軽塗の面白さは、この漆の特性を最大限に引き出す工夫と、身の回りにある自然素材を大胆に活用する独創性にあります。代表的な4つの技法それぞれで、異なる素材が模様の「種」として使われている点は特に興味深い点です。
たとえば、津軽塗の代表格である「唐塗(からぬり)」の複雑な斑点模様を作る際には、卵の白身を混ぜて粘度を高めた特別な漆(絞漆、しぼうるし)が使われます。これを「仕掛けベラ」という道具で叩きつけるようにして、立体的な凹凸の「仕掛け」を作るのです。
また、小紋のような愛らしい輪紋が特徴の「七々子塗(ななこぬり)」では、漆が乾かないうちに菜の花の種(なたね)を均一に蒔くことで、あの独特の無数の輪っか模様を生み出します。漆が硬化した後に菜種を剥がすと、その跡が小さな輪紋になるという、自然の力を借りた独創的な発想です。
さらに、艶の有無で静謐な美を表現する「紋紗塗(もんしゃぬり)」では、籾殻(もみがら)を焼いて作った炭の粉が用いられます。籾殻は津軽地方の方言で「紗(しゃ)」と呼ばれ、漆を塗った面に蒔いて研ぎ出すことで、光を吸収するマットな質感を生み出します。
卵白、菜種、籾殻。これらは、かつての職人たちが暮らしの中で手に入るものに美を見出し、それを高度な技術へと昇華させた証左です。自然素材の特性を深く理解し、それを表現の一部として取り込む力こそ、津軽塗の創造性の源泉と言えるでしょう。


画像協力:青森県漆器協同組合連合会
現代の課題:国産漆・木地師の後継者不足
これまで見てきたように、津軽塗は青森の豊かな自然が育んだ素材と、職人の知恵によって成り立っています。しかし、その伝統を支える素材の供給は、未来に向けて深刻な課題を抱えているのが現状です。
一つは、塗料の根幹である「漆」の問題です。現在、日本国内で使用されている漆の約9割は中国からの輸入品に依存しており、国産漆の自給率はわずか1割程度に過ぎません。近年、文化財の修復などで国産漆の需要は高まっていますが、漆掻き職人の高齢化や後継者不足により、生産量は伸び悩んでいます。この需給のアンバランスは、将来的に漆の価格高騰や入手困難を招く可能性を秘めています。
もう一つの課題は、木地に使われる「青森ヒバ」です。優れた特性を持つ青森ヒバですが、天然資源である以上、無限ではありません。資源量の減少傾向から伐採には制限が設けられており、かつてのように潤沢に使えるわけではないのです。
さらに、作り手の現場では、木地を作る専門の職人である「木地師(きじし)」の高齢化と後継者不足が、より深刻な問題となっています。ある工房では取引のある木地師は80歳を超える方1人しかおらず、その後継者もいないという状況でした。彼が持つ、何十年もかけて乾燥させた節目のない貴重な木材は、もはや新たには手に入らない「一点物」です。木地師がいなくなれば、そもそも津軽塗を作るための器の形そのものが作れなくなってしまいます。これは、津軽塗という一つの産業が、林業や漆の栽培、そして木工といった、より広範な国内の一次産業や職人技術の持続可能性と、分かちがたく結びついていることを示しています。
素材との対話から生まれる、未来の可能性
こうした素材を巡る厳しい課題がある一方で、作り手の現場では、素材と真摯に向き合うことから新しい表現を生み出そうとする動きも始まっています。それは、伝統を守るだけでなく、素材の新たな可能性を追求する試みです。
たとえば一部の工房では、伝統的な漆の概念を覆すような、新しい素材の開発と応用が進められています。その一つが、「透ける津軽塗」です。従来、漆は色を塗るためのものでしたが、透過性の高い漆を用いることで、光を通して模様がステンドグラスのように浮かび上がるという、まったく新しい表現が研究されています。これは、青森の「ねぶた祭」の灯籠が内部から照らされ輝く様子と共通の美しさを持ち、地域の原風景が、新しい素材開発のヒントとなったのかもしれません。
また、漆の塗り方や研ぎ方を工夫することで、素材の表情をこれまでとは違う形で引き出す試みも見られます。あえて表面を平滑に研ぎ出さず、仕掛けの凹凸をそのまま残すことで、漆の「手触り」を楽しむという製品が開発されています。これは、完成品しか知らなかった私たちにとって、津軽塗の制作過程そのものが持つ魅力を教えてくれるようです。
これらの動きは、津軽塗の未来が、単に過去の技術を継承するだけではないことを示唆しています。素材の制約という課題に直面しながらも、それを乗り越えようとする探求心や、素材そのものの面白さを再発見しようとする視点が、次の時代の津軽塗を形作っていくことでしょう。

画像協力:津軽塗たなか




