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微生物がインディゴを溶かし、空気が青に固める。藍建て発酵を科学で読み解く
2026.10.23
微生物がインディゴを溶かし、空気が青に固める。藍建て発酵を科学で読み解く

加藤 創一郎

東京大学大学院農学生命科学研究科教授。博士(農学)。海洋バイオテクノロジー研究所、JST ERATO、産業技術総合研究所を経て、2025年より現職。環境微生物学を専門とし、微生物同士の共生や物質・電子のやり取り、その生態や機能の解明に取り組む。

藍甕の黄緑色の液面と、空気に触れて青に変わる染めの裏には、インディゴを溶かす還元菌と酸素を消費する菌の分業がある。東大・加藤創一郎氏は、すくも発酵のpH変化や菌の分業を解析。職人の経験則をデータ化し、藍染の安定化と新たな可能性を探る。
微生物がインディゴを溶かし、空気が青に固める。藍建て発酵を科学で読み解く

「藍は生き物」。職人がそう呼ぶとき、それは単なる比喩ではない。藍甕(あいがめ)をのぞき込むと、そこには青ではなく、濁った黄緑色の液面が広がっている。そこに白い布を沈め、引き上げる。空気に触れた数秒のあいだに、布はまるで魔法のように、あの深い藍色へと姿を変えていく。

この神秘的な変化の裏側には、無数の微生物が築く複雑な生態系と、彼らが担う化学反応がある。東京大学で応用微生物学を専門とする加藤創一郎氏は、長年追い続けてきた環境微生物の知見を手に、この「甕の中の生態系」の解明に挑んでいる。

今回は、藍染におけるダイナミックな循環を紐解き、そこで働く微生物について見えてきたものを追う。

インディゴを溶かす「還元」と、青に固める「酸化」

藍染は、草木染めのように染料を煮出して染める技法ではない。そもそも煮出すことができないのだ。というのも、藍の色素成分である「インディゴ」は、水に溶けない性質を持っているからだ。粉のまま水に混ぜても、繊維の内部には入っていかない。染めるためには、まず水に溶ける状態に変える必要がある。

その鍵が、物質から酸素を奪う「還元」という化学反応である。インディゴが還元されると、「ロイコインディゴ」と呼ばれる水に溶けやすい状態に変わる。この状態になって初めて、染液は繊維の奥まで染み込んでいく。藍甕の液面が青ではなく黄緑色に見えるのは、そこにある色素の大部分が、この溶けた状態になっているからだ。

そして、そこに浸した布を引き上げる。空気に触れた液は酸素と結びつく「酸化」を起こし、もとの「水に溶けないインディゴ」に戻る。水に溶けない状態に戻るということは、繊維の内側で動けなくなるということだ。だから洗っても流れ落ちない。藍で染めるという行為は、色素を溶かして繊維に入り込ませ、その中でもう一度固める作業なのである。

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底の還元菌と表層の酸素消費菌による、見事なチームプレイ

現代のデニムなどに使われる合成インディゴは化学薬品で還元されるが、伝統的な藍染では、この還元プロセスを微生物が担う。

「微生物がこんな機能まで担っているという驚きを、藍染という身近で優れたモデルを通して示せればと考えています」

実は、還元を担う菌は酸素がある環境では働けない。ところが藍甕は上面が空気に触れているため、表面には酸素がある。

「還元は無酸素状態で生じるため、甕の上層にいる微生物が酸素を消費し、その下の無酸素域で還元菌が活発に活動します。このように、多様な微生物が互いに影響を及ぼし合っているのです」

上層の菌が酸素を使い切ることで、下の層が酸素のない環境として保たれ、還元菌はそこで活動ができる。単一の菌ではなく、複数の微生物による見事な分業体制、いわば甕の中の「ミクロの生態系(エコシステム)」が働いているのだ。職人たちが甕に日本酒や小麦のふすまを「餌」として与える行為も、微生物学の視点から見れば、この生態系を維持するための栄養補給として筋が通っている。

最強の微生物タイムカプセル「すくも」を4ヶ月寝かせる理由

染料のもとになる「すくも」は、タデアイなどの葉を3〜4ヶ月かけて堆肥化して作る。なぜ、それだけの長期間が必要なのか。職人たちは経験則として知っていても、理由を明確に説明することは難しい。

加藤先生の研究室では、職人が実際に製造したすくもを解析している。

「すくもを4ヶ月かけて発酵させる過程で、pH(酸性・アルカリ性の度合い)が徐々に上昇していきます。基本的にこのpHがアルカリ性の一定値まで落ち着けば準備完了となり、職人の方々もその変化を目安に判断されていますが、データ上でもそれがはっきりと表れています。後工程の染色液もアルカリ性であり、そこで機能する還元菌はアルカリ性環境を好むためです」

また、発酵の途中で引き上げた「すくも」を使って染めようとしても、最終的に必要となる微生物が定着していないこともわかってきている。すくもは色素の原料であると同時に、微生物を次の工程へ届けるための「供給源(スターター)」でもある。何年経っても保存が利くすくもは、いわば最強の「微生物のタイムカプセル」なのだ。

単離した微生物のインディゴ還元力を比較した実験データ。TU-1は、ほかの微生物と比べて高い還元力を示した(資料提供:加藤創一郎先生)
単離した微生物のインディゴ還元力を比較した実験データ。TU-1は、ほかの微生物と比べて高い還元力を示した(資料提供:加藤創一郎先生)

不調の甕を戻せるか。職人との協働で進む研究

甕の中に多様な微生物がいることはわかった。だが、いつ、何を、どれだけ与えるべきか、餌の最適解についてはわかっておらず、いまも職人の経験と勘に委ねられている。

「近年は、藍の栽培からすくも作り、そして染色の工程まで一貫して手がける若手職人が増えています。『自分もこうした科学的な知見を求めていた』と前向きに協力してくださる方が多く、同じ工房内でうまく発酵しなかった失敗作の染液などを提供していただきながら、さまざまな調査・解析を進めています」

現在、従来のものと比べて強力なインディゴ還元力を持つ微生物を発見し、それに数種類の微生物を組み合わせることで、インディゴの還元を再現できるようになっている。

「トラブルが発生した際、それを解決するための明確な手段を確立できればと考えています。微生物の動きを観察・把握できれば、不足している菌をピンポイントで補充したり、好む栄養源を与えたりといった、シンプルな対応で解決を図れるようになると期待しています」

必要な役者が絞り込めるということは、不調の甕に足りないものをピンポイントで補う、問題解決が可能になるということだ。

伝統をデータで解き明かす

この「職人の経験則をデータ化する」アプローチは、藍染の未来を大きく広げる可能性を秘めている。

たとえば、これまで職人が肌感覚で行ってきた甕の温度や環境管理を、データ化・AI化していくこと。また、化学薬品を使わず微生物の力だけでインディゴの分子構造を変え、天然のプロセスで「藍色以外の新しい色」を生み出せるかもしれないというアイディアもある。「色を変えられないかというのは面白いですが、なかなか難しい」と加藤先生は慎重だが、その挑戦はTechの真骨頂と言えるだろう。

加藤先生の本来の研究テーマには、地下でメタンガスを生成する菌など、微生物同士が「共生」し、互いに物質や電子をやり取りするシステムの解明がある。藍甕の中で起きているインディゴの還元も、微生物同士が共生しながら、細胞の外にある色素へ電子を渡すダイナミックな反応なのだ。

この「微生物の働き」と関わるものでいえば、藍染だけにとどまらない。陶芸における土づくりや、柿渋などを用いた皮革のなめしなど、他の伝統工芸にも微生物が関わる未解明のプロセスは数多く眠っている。工芸をサイエンスの目で読み解く旅は、まだ始まったばかりなのだ。

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濃い青は、往復の記録

発酵の技術を科学の言葉に置き換える作業は、まだ始まったばかりだ。加藤先生は、この研究を通じて目指している一つの未来を教えてくれた。

「ヨーグルトには乳酸菌が入っている、とみんなが知っていますよね。藍染も微生物の力で染まっているんだということが、それくらいの知名度、皆さんの常識になると面白いなと思っています」

藍染は一度では染まらない。染液に浸し、引き上げて空気に触れさせる工程を繰り返して色を重ねていく。つまり、深い藍色は、布が甕を何度往復したかの記録なのだ。

手元に藍染品があれば、ぜひ色の濃淡を見比べてみてほしい。布が甕に沈むたび、底では目に見えない菌たちが色素に働きかけている。液面が黄緑色だったのは、その営みが確かに進んでいた証拠である。藍色の布を見るあなたの目は、今日から少し違ったものになっているはずだ。

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