



一番長く一緒にいる道具
笠原が「相棒」として挙げたのは、刺身を引くための柳刃包丁だった。
「結局、営業中に一番手にしている時間が長いのは、包丁なんですよね」
数ある道具の中でも、包丁は料理人の仕事の中心にある。笠原が長年使い続けているのは、京都・錦市場の包丁店「有次」の柳刃包丁だ。だが、その名前を語る口調に、親しみを込める。
「いろいろな価格帯の包丁を持っている中で、これが一番、自分の手に合っているんです」

切れ味よりも、「体にフィットするか」
包丁選びというと、多くの人が「切れ味」を基準に考える。だが笠原は、少し違う視点を持っている。
「切れ味って、正直、自分で研げばどうにでもなるんですよ」
それよりも大事なのは、重さとバランス。極端に重すぎても、軽すぎても、手は疲れる。
「自分の体にフィットするかどうか。結局、そこが一番なんです」
包丁は、料理人の体の延長になる道具だ。だからこそ、手にした瞬間の違和感は、積み重なって大きな差を生むことになる。


若い頃は、包丁に背伸びをしていた
笠原にも、「良い包丁」に憧れていた時代があった。
修業時代、先輩たちが使っている高価な包丁は、とにかく格好よく見えた。
「でも、当時は給料も安いし、腕もまだまだでしたからね」
最初は、身の丈に合った一本を使っていた。
それが、ある程度経験を積み、自分の料理に少し自信が持てるようになった頃、思い切って、少し背伸びした包丁を買った。
「それで、本当に腕が上がった気がしたんですよ」
包丁に見合う料理をしなければならない。その意識が、自分を引き上げてくれた。

研ぐ時間は、無心になる
笠原は、包丁を毎日研ぐわけではない。
「研げば研ぐほど、包丁は減っていきますから」
切れ味が大きく落ちていなければ、週に1、2回。それくらいがちょうどいいという。研いでいる時間、頭の中は意外なほど静かだ。
「余計なことを考えると、危ないですからね」
師匠からも、こう言われてきた——余計なことは考えずに、研げ。包丁を研ぐ時間は、料理の準備の時間であると同時に、気持ちを整える時間でもある。
節目のとき、笠原は自然と包丁に声をかける。
年の終わりには、心の中で「今年もお疲れさま」と声をかける。そして年が明け、最初に包丁を手に取るときには、「今年もよろしく」と、静かに気持ちを切り替える。
正月には、塩と酒を少しだけかけることもある。「別に、意味があるかどうかは分からないですけどね(笑)」
そう言って笑うが、その所作には、道具を単なる消耗品として扱わない、笠原なりの距離感がにじんでいる。仕事の区切りをつけ、また新しい一年に向かうための、小さな切り替えだ。


22年で、ここまで細くなった
長年使い続けてきた包丁は、新品の頃と比べて、明らかに形が変わっている。
「22年も使えば、そりゃ細くなりますよ」
だが、その姿を見て、笠原は「もったいない」とは思わない。むしろ、体に合う形に近づいてきた感覚がある。
「結局、道具って、使い続けるなかで自分の体に馴染んでいくものだと思うんです」
それは、包丁に限った話ではない。

高すぎない、という美学
料理人の中には、自分仕様の特注包丁を持つ人も多い。
何百万円もする包丁を使う人も、珍しくない。笠原も、そういう世界を知らないわけではない。だが、今の自分には、そこまでのものは必要ないとも感じている。
「手にしたものはどんな道具でも上手く使える、そういう方が格好いい気がして」
高級すぎない。背伸びしすぎない。それが、今の笠原の美学だ。良い道具は、気合を入れてくれる。
最後に、笠原にとって「良い道具」とは何かを聞いた。少し考えてから、こう答えた。
「性能はもちろんですけど、精神的な部分に響くかも大きいですね。包丁を持つと、自然と背筋が伸びる。こいつと一緒なら、ちゃんとやろう、って思える」
道具は、料理を助けるだけの存在ではない。料理人の気持ちを、仕事モードに切り替えてくれる存在でもある。
「そう思わせてくれる道具が、自分にとっては一番ですね」




