for fontplus
Illust 3
Illust 1
このハサミがなければ、仕事ができない—— 盆栽師・平尾成志が相棒と呼ぶもの【前編】
2026.04.24
このハサミがなければ、仕事ができない—— 盆栽師・平尾成志が相棒と呼ぶもの【前編】

平尾 成志

盆栽師。伝統技術を基に独自の手法と表現を取り入れ、新しいスタイルの盆栽を創造し、国内外の展示や芸術祭、空間装飾など多様な分野で活動している。

平尾成志は盆栽を「生きた表現」と捉え、道具と木の関係性を重視している。長年使うハサミや針金などの道具に加え、水やりや環境の見極めが重要であり、それらすべてが揃って盆栽の仕事が成立する。
このハサミがなければ、仕事ができない—— 盆栽師・平尾成志が相棒と呼ぶもの【前編】
平尾成志は、盆栽師である。だが彼が向き合ってきた盆栽は、静かに鑑賞される完成品ではなく、時間とともに変化し続ける「生きた表現」だった。
国内外で活動し、アートやパフォーマンスの場でも盆栽の魅力を発信してきた平尾は、木を育てる職人であると同時に、盆栽を現代の文脈へと接続する表現者でもある。そんな平尾にとっての相棒は、ただの道具ではない。長年使い続けてきた鋏、針金、鉢、水やり、そして生きている木そのもの。それらすべてが揃って、ようやく仕事が成立する。
前編では、盆栽師・平尾成志が現場で使い続けてきた相棒=道具と木の関係から、盆栽の仕事のリアルをたどる。

弟子入りした日に渡された、2本のハサミ

平尾が盆栽の世界に入ったのは、20年ほど前のことだ。大学までは陸上競技に打ち込み、将来は別の道を考えていた。転機になったのは、京都・東福寺で見た庭園だった。

「ここで初めて、“日本の文化にちゃんと触れた”気がしたんです」

ほどなくして、さいたま市・盆栽町で弟子入りすることになる。盆栽の経験は、ほぼゼロからのスタートだった。弟子入り初日、道具は一式支給された。その中に、2本のハサミがあった。

一本は、日常作業用。もう一本は、価値のある盆栽や根を切るときに使う“特別なハサミ”。

「このハサミだけは、絶対に雑に扱うな、と言われましたね」

18年前から、ずっと使っている一本

修業を終えたとき、師匠から1本のハサミを託された。盆栽用ハサミを専門に作っていた職人・悦郎(えつろう)の作だ。柄には、平尾自身の名前が刻まれている。

「18年前ですね。正確に言うと、もうちょっと前かもしれませんけど」そう笑いながらも、そのハサミは今も主力だ。

「正直、これじゃないとダメなんです」理由は明確だ。

「力が入る場所が、もう自分の手と一体になってるんですよね」

Illust 2

ハサミは「手」そのものになる

平尾は、ハサミを単なる道具だとは考えていない。

「もう、手ですね。指がそのまま延びた感じです」

長年使い続けることで、グリップの当たり方、開き具合、重さのバランスが、無意識のレベルまで染み込んでいく。

「誰かが勝手に使うと、すぐ分かります。あ、これ使ったな、って」

切ったときの音も違う。

「切ったあとに、カチッと鳴らす癖があるんですけど、その音が好きなんですよ」

切れ味だけではない。音もまた、相棒を判断する大切な要素だ。

相棒は、ハサミだけじゃない

とはいえ、盆栽の仕事は、ハサミ一本で完結するものではない。平尾が最低限必要だと考えているのは、ハサミ、やっとこ、針金切り、ピンセットの3〜4本。

「これがあれば、大体のことはできます」

針金を巻き、枝を導き、形を作る。だが、太い枝を曲げるには、いきなり力を加えてはいけない。 「普通にやると、ピキッと折れます」

折らないために、まず木の状態を整える。水をやり、養分を回し、“曲げられる状態”に育ててから、初めて針金をかける。

Illust 3

本当に一番大事なのは「水やり」

意外に思われるかもしれないが、平尾はこう言う。

「道具より大事なのは、水やりですね」

どれだけ良いハサミを使っても、水やりの加減を間違えれば、木は弱る。樹種、鉢の大きさ、樹齢、季節。乾くスピードは、一本一本まったく違う。

「ここだ、っていうタイミングがあるんです」

近年は、気候変動の影響も大きい。夏の暑さは、20年前とは比べものにならない。

「昔の感覚のままじゃ、通用しなくなってきてますね」

相棒とは、道具だけでなく、状況を読み続ける“目”そのものでもある。

木も、道具も、成長する

平尾は、道具を消耗品だとは考えていない。

「短くなっていくから、消耗品ではあるんですけどね」

それでも、良い仕事をすれば、木も、道具も、何かが変わるという。

「品格が上がる、みたいな感覚があります」

多くの人に見られ、良い場に出されることで、木も道具も、“自覚する”ように変わっていく。

「最近、あまり飾れていないから、ちょっと機嫌悪いかも、なんて思うこともあります(笑)」

冗談のようだが、相棒と呼ぶ理由はそこにある。
平尾成志にとって相棒とは、ただの道具ではない。ハサミ、針金、鉢、水、時間。そして、生きている木。それらすべてが揃って、初めて仕事が成立する。

「どれか一つ欠けたら、ダメなんですよね」

Illust 4
—— 後編へ続く
次回は、海外での経験、アートとしての盆栽、そして“作り直し続ける”という選択を掘り下げる。
#Artisan#平尾成志#盆栽#盆栽師#成勝園#ハサミ#アート#あの人の愛用品
よろしければ、記事の感想を教えてください
シェア
関連する記事
あの人の愛用品シリーズの記事