



弟子入りした日に渡された、2本のハサミ
平尾が盆栽の世界に入ったのは、20年ほど前のことだ。大学までは陸上競技に打ち込み、将来は別の道を考えていた。転機になったのは、京都・東福寺で見た庭園だった。
「ここで初めて、“日本の文化にちゃんと触れた”気がしたんです」
ほどなくして、さいたま市・盆栽町で弟子入りすることになる。盆栽の経験は、ほぼゼロからのスタートだった。弟子入り初日、道具は一式支給された。その中に、2本のハサミがあった。
一本は、日常作業用。もう一本は、価値のある盆栽や根を切るときに使う“特別なハサミ”。
「このハサミだけは、絶対に雑に扱うな、と言われましたね」

18年前から、ずっと使っている一本
修業を終えたとき、師匠から1本のハサミを託された。盆栽用ハサミを専門に作っていた職人・悦郎(えつろう)の作だ。柄には、平尾自身の名前が刻まれている。
「18年前ですね。正確に言うと、もうちょっと前かもしれませんけど」そう笑いながらも、そのハサミは今も主力だ。
「正直、これじゃないとダメなんです」理由は明確だ。
「力が入る場所が、もう自分の手と一体になってるんですよね」


ハサミは「手」そのものになる
平尾は、ハサミを単なる道具だとは考えていない。
「もう、手ですね。指がそのまま延びた感じです」
長年使い続けることで、グリップの当たり方、開き具合、重さのバランスが、無意識のレベルまで染み込んでいく。
「誰かが勝手に使うと、すぐ分かります。あ、これ使ったな、って」
切ったときの音も違う。
「切ったあとに、カチッと鳴らす癖があるんですけど、その音が好きなんですよ」
切れ味だけではない。音もまた、相棒を判断する大切な要素だ。

相棒は、ハサミだけじゃない
とはいえ、盆栽の仕事は、ハサミ一本で完結するものではない。平尾が最低限必要だと考えているのは、ハサミ、やっとこ、針金切り、ピンセットの3〜4本。
「これがあれば、大体のことはできます」
針金を巻き、枝を導き、形を作る。だが、太い枝を曲げるには、いきなり力を加えてはいけない。 「普通にやると、ピキッと折れます」
折らないために、まず木の状態を整える。水をやり、養分を回し、“曲げられる状態”に育ててから、初めて針金をかける。


本当に一番大事なのは「水やり」
意外に思われるかもしれないが、平尾はこう言う。
「道具より大事なのは、水やりですね」
どれだけ良いハサミを使っても、水やりの加減を間違えれば、木は弱る。樹種、鉢の大きさ、樹齢、季節。乾くスピードは、一本一本まったく違う。
「ここだ、っていうタイミングがあるんです」
近年は、気候変動の影響も大きい。夏の暑さは、20年前とは比べものにならない。
「昔の感覚のままじゃ、通用しなくなってきてますね」
相棒とは、道具だけでなく、状況を読み続ける“目”そのものでもある。

木も、道具も、成長する
平尾は、道具を消耗品だとは考えていない。
「短くなっていくから、消耗品ではあるんですけどね」
それでも、良い仕事をすれば、木も、道具も、何かが変わるという。
「品格が上がる、みたいな感覚があります」
多くの人に見られ、良い場に出されることで、木も道具も、“自覚する”ように変わっていく。
「最近、あまり飾れていないから、ちょっと機嫌悪いかも、なんて思うこともあります(笑)」
冗談のようだが、相棒と呼ぶ理由はそこにある。
平尾成志にとって相棒とは、ただの道具ではない。ハサミ、針金、鉢、水、時間。そして、生きている木。それらすべてが揃って、初めて仕事が成立する。
「どれか一つ欠けたら、ダメなんですよね」


次回は、海外での経験、アートとしての盆栽、そして“作り直し続ける”という選択を掘り下げる。


