

福岡県広川町にある1891年創業の藍染絣工房は、化学染料や機械織機が主流となった現代において、天然藍染と手織りにこだわった久留米絣を生産している。
効率化が求められる繊維産業において、なぜあえて手間のかかる非効率な製法に一本化したのか。
この記事では、藍染絣工房4代目の山村健さんに、独自の染め技法と図案づくり、そして異分野との連携によって伝統工芸の新たな価値を切り拓く軌跡を聞いた。
色落ちを防ぐための独自の染め技法
200年の長い歴史を持つ久留米絣。1955年頃から産業化と機械化が進むなか、藍染絣工房も時代に合わせて試行錯誤を繰り返していた。しかし、高度成長期以降は繊維産業の景気に陰りが見え始め、絣の生産量は減少していく。その中で山村さんは、1985年に化学染料を完全に止め、天然藍染の手織りに一本化するという決断を下した。当初は外部の染屋に依頼していたが、色落ちの問題に直面し、独学で藍染を始めることになった。
藍染の一般的な染めの回数は20回程度だが、山村さんは色落ちを防ぐために薄い藍で何度も染め重ねる手法にたどり着く。この非効率とも言える徹底したこだわりが、後に「YAMAMURA BLUE」と呼ばれる深い藍色を生み出す原動力となった。
「普段から自分がやっているのが、一般的なものの倍以上の40回ぐらい。もうそれこそ藍の調子とかいろいろな要素があるので、だったら40回前後は染めようと。黒に近い色を出そうとなったら、それこそ80回ぐらい染めるんですよ。周りからすれば無駄な時間と思われるかもしれんけど、自分なりにこだわって、最終的にこの形にたどり着きました。そうやっていくなかで、自分が思っていなかったような色が出てきたりして、天然の藍の深みというものを感じましたね」

伝統柄の進化と手織りの可能性
山村さんの生み出す絣は、伝統的な文様をベースにしながらも、グラデーションや立体感を持たせたモダンな幾何学模様が特徴である。図案づくりとくくりの工程において、意図的に間隔を変えたり、失敗を生かしたりすることで、機械織りにはない独特のゆらぎを生み出している。
「そもそも絣自体は平織りで、平面的な柄が多かったんですよね。それが当たり前だとは思いつつ、それにちょっと水のような動きがあったら面白いんじゃないかなと。ちょっとゆらいだような感じとか、ちょっとグラデーションすることによって立体的に見えたりとか、遠近が出たりだとか、そういう感じで試行錯誤しながら、いろんなものに挑戦し始めました」
手織りならではの表現を追求するなかで、山村さんは常に新しいデザインに挑み続けている。その姿勢は、単なる伝統の継承にとどまらず、現代のライフスタイルに合わせた絣の新たな魅力を引き出している。
経年変化を見据えた図案設計
山村さんのグラデーション技術は、織る前の糸を部分的にくくり、染料が染み込まない白抜きの部分を作るという久留米絣の基本工程を応用したものだ。
糸の束をくくる際、内側と外側で染料の浸透具合に微細な差異が生じる。山村さんはこの不規則性を逆手に取り、意図的に模様の境界をぼかすことで、立体的な視覚効果を生み出している。一つの図案に20種類以上のくくりを施すことも珍しくない。屋根瓦の重なりや竹編みの質感など、日常の風景から着想を得た独自の図案を次々と考案してきた。
さらに、山村さんの絣は長期間の使用と洗濯を繰り返すことで真価を発揮する。工房には40年前に製造された衣服が保管されており、経年変化のサンプルとして見学者に提示されることがある。藍染の生地は、使い込むほどに余分な染料やあくが抜け、白抜きの模様がより鮮明に浮かび上がる。山村さんは購入直後を完成ととらえず、5年、10年と使い続けることで深まる風合いの変化を含めて製品を設計している。

新たな顧客層の開拓と異分野連携
独自の製法とデザインで生み出された絣は、次第に新たな顧客層を獲得していく。大丸福岡天神店での催事では、1週間で5,000万円を超える売り上げを記録し、地元タレントとコラボレーションした「中島もんぺ」は年間1,000本以上を売り上げるヒット商品となった。さらに、藍染の機能性にも注目が集まっている。
「やっぱ藍染自体がその睡眠に深く関わってるというだけ。面白い。今、ずっと先生がですね、パジャマ着て、寝て、だいたいどれぐらいの睡眠の深さがあるとか」
久留米大学の睡眠学の専門家と連携し、藍染が睡眠に与える効果の数値化に取り組んでいる。また、天然藍染には化学染料にはない抗菌・消臭効果が備わっており、手織り特有の糸のゆらぎは、医療現場における看護師のユニフォームへの導入による患者への癒やし効果や、インテリア分野からも関心を集めている。
産学連携と衣服を超えた展開
山村さんは伝統技術を次世代へつなぐため、地元の教育機関との連携にも力を入れている。久留米大学や久留米工業大学との産学連携プロジェクトでは、学生が主体となるファッションショー「絣フェス」を開催。若い世代がモデルとして久留米絣を着用し、新たな魅力を発信している。
挑戦は衣服の枠を超え、グラデーション技術を生かした大型タペストリーをオフィスビルや住宅の空間デザインに組み込む提案も行っている。現在、工房には欧米やオーストラリアからの旅行者、豪華寝台列車「ななつ星in九州」の乗客などが直接足を運ぶ。山村さんは製造工程を包み隠さず公開し、製品の背景にある哲学を直接伝えることで、訪れる人々との深い信頼関係を築いている。
現在、久留米絣の機屋は19軒にまで減少している。その中で山村さんは、適正な価格で販売し、職人が継続して生産できる環境を整えることが伝統工芸を残すために不可欠だと語る。
効率や大量生産とは対極にある天然藍染と手織りの技術。山村さんが生み出す深い藍色と独自の模様は、これからも時代を超えて人々の暮らしに寄り添い、新たな価値を紡ぎ出していく。





