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酒を注ぐと星が浮かぶ器 「宙COCORO」が生まれるまで
2026.06.23
酒を注ぐと星が浮かぶ器 「宙COCORO」が生まれるまで

新潟県新潟市

林佛壇店
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林 芳弘・林 由利子・佐藤 裕美

5代目の林芳弘は漆塗り・箔押部門、林由利子は蒔絵部門の伝統工芸士として技術を継承し、6代目継承者の佐藤裕美はデザインを学んだ後に家業へ入り、蒔絵や焼付技術を生かした現代的な創作活動に取り組んでいる。

新潟・白根仏壇

新潟県新潟市周辺で受け継がれてきた伝統的な仏壇で、木地師・彫刻師・金具師・塗師・蒔絵師の五職による分業で作られる。江戸時代から発展した産地で、漆塗りや箔押し、蒔絵などの高度な加飾技術を特徴とし、先祖供養や祈りの場として用いられるほか、その技術は現代の工芸品制作にも応用されている。

林佛壇店は、新潟・白根仏壇の蒔絵技術を受け継ぎながら独自の表現を模索してきた。15年かけて確立した焼付技術を生かし、燕三条の金属加工と融合した酒器「宙COCORO」を生み出した。
酒を注ぐと星が浮かぶ器 「宙COCORO」が生まれるまで

お酒を注ぐと星が浮かび上がり、宇宙が広がる酒器「宙COCORO」。

新潟県燕三条の金属加工技術に、伝統技術の蒔絵を掛け合わせた美しいお猪口は、注文から4ヶ月待ちになるほど多くの人を惹きつけている。

手がけるのは、新潟にある林佛壇店6代目の佐藤裕美さん。新潟・白根仏壇の蒔絵部門の伝統工芸士だ。「宙COCORO」の誕生には、彼女の選択と葛藤が刻まれている。伝統を受け継ぐことと、やりたいことの間で苦悩する日々を越えて見つけた表現とは。

伝統工芸品展で受賞したという、林佛壇店で一番高価な仏壇。佐藤さんの母である林 由利子さんが蒔絵を担当した。
伝統工芸品展で受賞したという、林佛壇店で一番高価な仏壇。佐藤さんの母である林 由利子さんが蒔絵を担当した。

老舗の仏壇店に生まれ、絵を描くことが好きだった

日本海側最大の政令都市新潟で商いを続ける林佛壇店。1830年ごろから、新潟・白根仏壇(にいがた・しろねぶつだん)を作り続けてきた。

芳弘 「新潟は開港5港の一つとして栄え、日本で一番人口が多かったときもありました。現在旧新潟市の仏壇組合店は5店舗しか残っていませんが、最盛期には40店舗以上も仏壇屋があったんです」

新潟・白根仏壇は、木地師・彫刻師・金具師・塗師・蒔絵師の5職と呼ばれる職人が分業する。林佛壇店が担うのは、塗師と蒔絵師。佐藤さんの父である5代目林 芳弘さんは漆塗り・箔押部門、母である林 由利子さんは蒔絵部門の伝統工芸士として認定を受けている。

裕美 「当時は仏壇の仕事も多く、夜遅くまで仕事する母のそばで眠りました。幼いころから母はよく絵を描いてくれて、自分も大きくなったら上手に描きたいと思い、絵描きをめざしたんです」

中・高では美術部で絵を描き、卒業後はイラストやデザインを学ぶ地元の専門学校に入学した。在学時に参加したアートイベント『デザインフェスタ』では「うちの会社で一緒に働かないか」と、クリエイターから誘われる機会もあったのだという。

裕美 「本当は、オファーを受けて東京に行きたかった。でも家族の反対もあり、新潟に残って家業の林佛壇店を継ぐ道を選んだんです」

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佐藤さんが最初に描いた壁画。お店のリクエストで、老子の道(タオ)から引用した言葉に、蒔絵の竹を組み合わせてデザインした。<br>場所:「生姜醤油らーめんと餃子の店 笑美寿と三椒」
佐藤さんが最初に描いた壁画。お店のリクエストで、老子の道(タオ)から引用した言葉に、蒔絵の竹を組み合わせてデザインした。
場所:「生姜醤油らーめんと餃子の店 笑美寿と三椒」

修業時代に光をもたらした、夜の壁画制作

林佛壇店の跡継ぎとして、蒔絵師の修業を始めた佐藤さん。しかし、最初はなかなか身が入らない日々が続いたと言います。

裕美 「絵が得意だから蒔絵も描けると考えていたのですが、甘かったですね。蒔絵は毛先が長くコシのある筆に漆を含ませて細い線を描くのですが、それが難しくて」

漆を薄める溶液の調整や筆に含ませる漆の分量など、繊細な感覚も必要だった。絵を描き終わった後、均一に漆が乾いてきたタイミングで金粉を蒔けるのが理想だが、3年は線を描くこともままならなかったという。

裕美 「蒔絵師は伝統を受け継ぎ師匠から絵を譲り受けるので、決まった絵柄しか描くことができません。当時は可愛くてカラフルな絵が好きだったので、そこに違和感があって。一生懸命練習しても、漆で手がかぶれてかゆくて、毎日苦しかったです」

うまくいかない修業の最中、転機となった出来事がある。佐藤さんの絵の才能を見いだした大工さんに、新潟市内の飲食店の壁にイラストを描く仕事を依頼されたのだ。

裕美 「デザインから任せてもらってうれしかったですね。大きな絵を描いた経験はなかったのですが、『自分の可能性を信じて進もう!』と描き始めました」

職人の修業を18時に終えて、夕食後に深夜の街に出て24時まで絵を描く。細かい絵を集中して描く蒔絵と違い、アクリルでダイナミックに描くイラストは息抜きになる。6店舗もの依頼を手がけるなかで、心境が変化したのだという。

裕美 「正直、東京のようなキラキラした世界で、自分の絵を描いて生きていきたかった。でも、新潟で職人としてできることもあるかもしれないと思えたんです。どうすればうまくいくかと考えるようになりました」

ネイリストである妹とコラボレーションした蒔絵ネイル。<br>「当時は職人として表現したいことと、世間から求められることのギャップを理解できていなかったかもしれないです」と佐藤さん。
ネイリストである妹とコラボレーションした蒔絵ネイル。
「当時は職人として表現したいことと、世間から求められることのギャップを理解できていなかったかもしれないです」と佐藤さん。

子育てや病気など、苦難の日々を越えてたどり着いた伝統工芸士

父が産官学の勉強会で頼まれたことをきっかけに、蒔絵ネイルを開発したり、ZIPPOや携帯電話の蓋に蒔絵を描いたりなど、蒔絵の作品も制作するようになった。

しかし、今度はライフステージの変化がやってくる。26歳のときに大工さんと結婚して、子育ての日々が始まったのだ。

裕美 「母の主義も影響して、3人の子どもを3歳まで保育所には預けずに育てました。その間職人仕事もあきらめずにやりくりしたのですが、本当に大変でした」

漆は、一気に仕上げて、8~9割乾いたタイミングで金粉を蒔く必要がある。しかし、子どもが泣き出すと作業を止めてあやさないといけない。最初から描き直すことを繰り返す日々が続いたという。

裕美 「漆はかぶれるので、子どもが泣いてもすぐそばに行くことはできない。子どもがお昼寝している間に仕事をしようと思っても、息抜きにコーヒーでも飲もうかと考えている間に起きてしまう。とにかく時間がなくてつらかったですね」

忙しい合間を縫ってお弁当を作るなど、子育てと職人仕事の忙しい日々は続く。身体を酷使しすぎて、2011年には難病であるシェーグレン症候群を発症し、半年間寝たきりの期間もあったという。

大変なときを超えて、2015年に佐藤さんは蒔絵部門で伝統工芸士の称号も取得した。

裕美 「蒔絵を制作していたのですが、単なる蒔絵を描く主婦という見られ方をされてしまうときもあったんですね。伝統工芸士の称号を得てからは、『職人が作るよいものなんだね』と品物を見てくれる人も増えていきました」

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15年かけた焼付技術で、酒どころ新潟のお猪口を作る

佐藤さんが、先代と共に長い間追い求めてきた技術がある。漆を金属に定着させる焼付の技法だ。

芳弘 「漆は木に塗る場合と違い、金属は剥離するので熱をかけて定着させる必要がある。昔からある技術のようですが、方法が受け継がれていないんです」

生活様式の変化により、仏壇のニーズも減少の最中でもあった。県内には世界的な金属加工の産地である燕三条もあるので、新しい蒔絵の展開を考えたいと思ったのだ。

裕美 「金属の形状、厚さ、材質によっても熱の伝わり方が違う。焼きが足りないと漆がはがれてしまうけど、焼きすぎると艶が失われてしまう。温度と時間を調整し、失敗を重ねながら研究しました」

15年かけて焼付の技術を完成させたとき、その技術が生かされる機会が訪れる。全国から選出された50名の若手職人が、メンタリングプログラムを経て次世代の伝統工芸をプレゼンテーションする『LEXUS NEW TAKUMI PROJECT 2018』に選出されたのだ。

裕美 「地域の特色を生かしたものづくりをバックアップする企画で、酒どころの新潟で、燕三条の金属加工と蒔絵を組み合わせて酒器を作ることになったんです」

ステンレス工場に酸化発色加工をしてもらい、そこに漆を焼き付ける事により、化学反応し色が紫から青に変わったり、地の金属の色が微妙に変化する。その色を生かして、星座を描き、まるで宇宙のように輝く酒器を考えた。

裕美 「酒を注ぐと光の入り方が変わるんです。注いだときに一番美しく見えるよう、漆をつけて水を入れ見え方を確認し、ふき取って、描いて焼き付ける作業を何十回も繰り返します。開発を通して、蒔絵の技術も向上していきました」

新潟から一気に全国へ広がった「宙COCORO」

半年間を経て制作された「宙COCORO」は、バイヤーに見いだされ、2019年5月の大型連休から新潟伊勢丹で販売することになった。しかし、ここで予想もしていなかったことが起こる。購入したお客さんのSNS投稿がバズったことで、一気に全国に広まったのだ。

裕美 「新潟の長岡花火を見て楽しんでいたら『大変なことになってるけど大丈夫?』とステンレス工場から電話がきたんです。こんなに反響があるならページを作らなければと、会社が販売サイトを立ち上げたところ、なんとその日に予約が2,000件入りました」

新潟伊勢丹と勘違いして、新宿の伊勢丹に電話が殺到するなど騒動も起きた。9月に東京で開かれた新潟物産展に行くと開店前なのに列ができ、「すごいな」と考えていたところ、列のすべてが「宙COCORO」を求めるお客さんだった。

裕美 「新潟でひっそりと蒔絵を作ってきたので驚いています。丁寧に手作業で作るので、1ヶ月30個が限界で、注文後4ヶ月も待っていただいています。ありがたいですよね」

今年2月には内閣府主導で日本の至高の工芸品を発信する「JAPAN SUI COLLECTION」にも選定され、パリの展覧会に出展した。皆既日食など、新たな「宙COCORO」シリーズを精力的に制作し続けている。現在では、空港で販売する記念品の開発も行っているという。

裕美 「職人の道を選んでよかったのだと、今では思えるんです。デザイン一本でここまでくるのは難しかったんじゃないかって。漆と蒔絵があったからこそ、絵を描くことと伝統を生かした私らしい表現を生み出すことができた。新潟の魅力を発信してものづくりを続けていきたいと思います」

「これから挑戦したいことは?」と尋ねると、「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」の匠たちとの展覧会や、東京での個展の構想を話してくれた。母と同じく表現の道を選んだ娘さんと一緒に親子展の開催も考えているという。佐藤さんの充実した日々は、まだまだ続いていく。

Text by 荒田 詩乃

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桜・新潟の花火など、さまざまなシリーズが販売されている。<br>研究者や花火好きなど、各方面に詳しい人たちの意見も聞きながら、美しく表現する研究も重ねているという。
桜・新潟の花火など、さまざまなシリーズが販売されている。
研究者や花火好きなど、各方面に詳しい人たちの意見も聞きながら、美しく表現する研究も重ねているという。
#職人#新潟#燕三条#蒔絵#新潟・白根仏壇#技術#歴史#文化#伝統
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