



言わずと知れた織物の街、群馬県・桐生市。江戸時代には「西は西陣、北は桐生」と呼ばれたように、高級着物から服飾品に至るまで、さまざまな織物を作り続けている。
桐生で最長のノコギリ屋根を持つ工場で織物を手がける桐生絹織。4代目牛膓穣氏に取材を依頼すると、意外な言葉が返ってきた。
「伝統だけでなく、若い社員たちと未来のことを語りませんか?」
工場を案内してくれたのは、入社3年目の上杉陸さんと、2年目の内藤丸綺さん。若き2人の職人の眼差しから見えてきた、桐生織物の魅力やその未来を感じてみたい。

1,200年前から織物を作り続けてきた産地、桐生
まずは桐生織の歴史からお聞かせください。
内藤 奈良時代から織物を朝廷に納めていた文献が残っています。戦国時代には関ヶ原合戦徳川の旗にも使われて、縁起がいいと言われていたようです。
織物で栄えた町なので、生地を作るための糸屋から始まり、染め、洗いなど、関連会社が現在でも集まっているのが強みだと感じますね。他の産地では技術が失われていると聞きますが、桐生はまだ残っている。産地全体がチームとなってものづくりをしているんですね。
桐生絹織は、いつごろ創業されたのでしょうか?
内藤 1940年に牛膓清吉により創業し、1948年に法人化しました。最初はミンクのコートの裏地を織り、海外に輸出する会社だったんです。
戦時中は織機を接収されてしまいました。戦後も輸出メインで続けてはいたのですが、1980年代から円高のため海外では売れにくくなったようです。現在は国内のブランドや生地問屋向けに、布を織っています。
上杉 ブランド側と弊社の営業が一緒に考えて織物を作り上げます。桐生絹織の強みは、営業が織機を扱えて糸の特色も理解していること。他の工場では分業することも多い生地の傷を調べる検反も、営業が行います。
内藤 さらに桐生絹織の織機は高速織機ではないので、ゆっくりと織るところが特徴です。生産効率はよくありませんが幅広い糸が使えて、表現の幅が広がります。大量には作れないけれど、気持ちを込めて織る桐生絹織4代目の美学が貫かれています。
ノコギリ屋根の工場を現役で使っていらっしゃるんですね。
上杉 南北26メートル、東西43メートルで、桐生市内で現存するものでは最長です。電気がない時代のもので、日の光を取り入れるためにノコギリ型の屋根になっているんです。熱がこもって夏は暑いし、冬は寒いんですけどね。
内藤 でも窓が北向きで合理的なんです。光がないと傷に気づけないけれど、直射日光だと生地を傷めてしまう。北向きでノコギリ屋根だからこそ一日中効率よく、工場全体に光が柔らかく広がります。


桐生で、織物職人として生きる
お2人は、なぜ職人の道を進み始めたのでしょう?
内藤 前職の桐生にあるセレクトショップで働いていたときに、工場敷地内のアパートに偶然住み始めたんです。工場見学させてもらったり、大家の社長と話していて人柄に惹かれて。前の仕事を辞めたときに「働かせてもらえませんか?」と頼みに行って、就職しました。
上杉 僕はもともと美大でファッションやインテリアを学び、インテリアデザインの事務所で働いていました。その頃から妻とともに手織り作家として活動を始めたんです。
事務所退職後、妻の実家である群馬県太田市の近くに引っ越すことになり、桐生織を知りました。仕事をどうするか考えていた8月に桐生のお祭りでふらっと入った帽子屋さんと出会い、桐生絹織を紹介してもらったんです。
普段はどのような仕事に携わっていらっしゃるのでしょうか?
内藤 桐生絹織はすべての社員が工場で織を経験します。僕は工場で織機を動かしています。さらに一般の方向けに工場見学やショップの生地の量り売り、ワークショップも担当しています。
上杉 僕は工場での作業を経験した後に、営業として、アパレルや生地問屋さんの発注に対して、どういう生地を作りたいか、どの糸を使うかなどを話し合って織物を作っています。徐々に織物の柄設計も勉強し始めています。生地は、経糸と緯糸でできています。その2つの要素から組織を組み、どう理想の柄を実際に出力していくかを考える仕事です。

感覚と知識が求められる、奥深い仕事
職人の技術はどのように身につけてきたのでしょう?
内藤 最初は、織機の糸を結ぶ機結びから始めました。そこから梱包などの織物に関する関連作業も覚えていきます。反物も糸も重いので、体力も必須。その上で、集中力を途切れさせないことが大事です。
専門用語もわからず何を聞いていいのかすらわからない状態でしたが、1年かけてようやく全体を把握できるようになってきました。
上杉 僕は作家活動で手織りを行っていたのですが、工業製品の織物と手織りにはギャップがありましたね。
経糸の本数が、手織りは1000本以下ですが、工業製品となると約2,000~9,000本にもなる。目で見えないほど細い糸もあるんです。前職では手元に自信があったのですが「経糸糸ここ直して」と先輩に指さされてもわからない。経験と知識がモノを言う職人の扉が開かれました。
先輩の職人と関わるなかで、憧れを感じる瞬間はありますか?
内藤 40年前の機械を使い続けているので、セッティングにさまざまな作業があり、その中で糸の不調や機械のトラブルで止まってしまうこともあるんです。工場長に直してもらうのですが、何をやっているのか見ていてもわからない。機械を深く理解していないと直せないんです。
上杉 先輩はすごいですよね。お客さんから古い生地を再現したいと言われたときに、糸をほぐしてライターで燃やした時のにおいや手触り、質感で瞬時に何を使っているか理解できる。織物は、奥深くて難しいなと感じています。
内藤 それを聞いて思い出したのは「これいい感じでやってね」という先輩の言葉に苦戦したことですね。織物の密度や糸の張り具合は、生地、糸、機械のくせや気候など、さまざまな要素が絡んでくるので一概に数字で言えない。感覚と知識、どちらも必要な仕事ですね。

専門職の職人とともに産地が育まれている
桐生織の魅力をどのように感じていますか?
内藤 経糸が余ると試し織をしています。僕はファッションが好きなのですが、糸の種類や色の組み合わせを考えるのが面白い。コットンの経糸に、シルクとウールを入れたり、単に糸の色の組み合わせだけでなく、同じ糸使いでも織の組織を変えれば、色の見え方も変わる。組み合わせが無限なんです。
上杉 桐生織の産地の魅力としては、バイオーダーでやっているので、一人一人の知識力が豊富で柔軟なことです。会社だけじゃなく個人の名前も知れ渡っている。僕もいつかは指名されるよう力を付けていきたいと思っています。
桐生織全体の産地において、高齢化の状況についてはいかがでしょうか?
上杉 高齢化が進んでいるのはジャガードを手作業でカットする職人さん、染め屋さん、専門性の高い二次加工や関連事業の職人さんといった方々ですね。
内藤 でも織物ってチームなんですよ。専門の職人さんを大切にすることも社長は考えていて。桐生という同じ船に乗って、一緒の船の上でものづくりをしていかないと技術が失われてしまう。それをどうするかが、これからの僕たちのミッションですね。

桐生織の魅力を、もっと多くの人へ伝えたい
職人として技術を磨きつつ、新しいことにも挑戦していらっしゃるとか。
内藤 社長はどんどん新しいことをやっていけと僕らに言ってくれます。僕は一般の方に向けて販路拡大を考えています。
工場見学を行ったり、工場を増築したスペースにショップをオープンしたりして、予約限定で生地の量り売りなどを行っています。今後イベントなども活用していきたいと思っています。
上杉さんの作家活動や、内藤さんの写真展など、才能を生かした展開も考えていらっしゃるとか。
内藤 僕は写真家でもあり、上杉君は織物作家なので、お店でのクリエイティブな展開も考えています。個人としては今年9月に、桐生市にあるPENSEE GALLARYで写真展も開催します。
上杉 2027年1月から、桐生の大川美術館で行われる「桐生のアーティスト2027 - Textile now in KIRYU」に妻と一緒に参加します。織物や刺繍など様々な分野の先輩作家さんとの合同展示なので、今から緊張しています。
内藤 僕たちの活動を通して「面白いことやってるね」と広まって、興味を持ってくれる人が増えたらいいなと思っています。個性も発揮しつつ、桐生絹織にも実りがあることを目指して取り組んでいきます。
お2人の活動の先に、産地や伝統が受け継がれていくんですね。
内藤 確かにそうなんですが、伝統という言葉の響きの美しさに捉われすぎないことも大事だと思うんです。歴史に対してはリスペクトを払いつつ、僕は今やってる人たちが感じていることも大切にしたい。よいものを作ろうという純粋な気持ちを大事に、目の前の仕事に向き合っていきたいです。
上杉 いい仕事をして、いい人間になって、いいコミュニケーションを取って、地道にやっていけば、地域全体を盛り上げることは、一人一人がそんなに難しく考えなくてもいいのかなと思っています。
毎日を大切に真摯に仕事をしていけば、産地も盛り下がることは逆にないと思うんです。とにかく地道にやっていくことですね。伝統を過度にフックアップしすぎない。この会社だって、そういう地道なことをやり続けて今に至るんですから。
Text by 荒田 詩乃
“GOAT” MARUKI NAITO photo exhibition PENSEE GALLERY 2026年9月19日~23日
《上杉陸出展》「桐生のアーティスト2027 - Textile now in KIRYU」 大川美術館 2027年1月23日~3月28日

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