

紙に命を宿す、再生素材から生まれるだるま
工房の入り口にあったのは、まだ色をつける前の大きなだるまだった。白く乾いたその姿は、これから命を吹き込まれる前の“器”のようにも見える。
「この紙、もともとはマヨネーズ工場で使われていたトレー紙なんです」
清水さんはそう話しながら、素材を手に取る。十数年前、鳥インフルエンザの流行をきっかけに、食品工場で使われた紙は一度きりで廃棄されるようになった。衛生上の理由で行き場を失った紙を、だるま職人たちは新たな素材として再利用し始めたのだ。
かつては饅頭の箱やお菓子のパッケージなど、国内の古紙が主な材料だった。しかし、海外への資源流出が進み、国産古紙が手に入りにくくなった時期にこの素材と出会ったという。
「ありがたいことに、ちょうど紙が足りなくなっていた頃でした。紙質がなめらかで、だるまの成形に向いていたんです」
ただし、そのまま使うには紙の繊維少し弱い。清水さんは、従来の古紙とブレンドして使うことで理想的な質感を生み出している。
「強い紙だけだと表面がざらつくし、弱い紙だけだと形が崩れてしまう。そこで両方をうまく混ぜることで、いいところを引き出すんです」
紙を手でちぎり、水を含ませ、指先で繊維の感触を確かめる。わずかな違いが仕上がりに影響するため、ブレンド比率はその日の気温や湿度によって変える。数値では計れない感覚の世界――それこそが職人の領域だ。
水と時間が形をつくる:成形の妙技
溶かした紙を型に沈め、吸引しながら形をつくる。
「厚みが一定じゃないと、あとで顔を描いたときにゆがんでしまうんです。沈める時間の感覚がすべてですね」
沈める時間や吸引の強さを少し変えるだけで、厚みも強度も変わる。機械のように正確な数値ではなく、“指先の感覚”で判断する。その違いが最終的な仕上がりに表れる。
成形後のだるまはまだ湿っていて、ここからが気の抜けない工程だ。棚に並べ、空気と時間の力でゆっくり乾燥させる。
「天気が悪いと乾きません。毎日、天気予報を見ながら作業の順番を決めます」
雨の日が続くと内部に湿気が残り、形がゆがむこともある。自然と向き合いながら仕上げていくのが、この仕事の難しさであり面白さでもある。
乾燥しただるまには底布を貼り、下地塗り、赤塗り、面相(顔描き)と続く。清水さんは言う。
「最初の成形がうまくいっていないと、どんなにきれいに塗っても仕上がらない。最初がすべてなんです」

夫婦で描く受け継がれる顔の物語
「このヒゲは、うちの妻が描いてるんです」
清水さんが差し出しただるまの顔は、どこか凛として優しい。細く繊細な線が重なり合い、表情に命が宿る。
「高崎だるまは、工房ごとにヒゲの形が違うんです。職人同士なら、顔を見ただけで“あそこのだるまだね”って分かる」
妻の描くヒゲは、同業の職人からも一目置かれているという。
「設計図なんてないんです。代々の職人がその時代に合わせて少しずつ変えてきました。
似ているようで、5代目の顔には今の時代の感覚があるんですよ」
夫婦で役割を分けつつ、互いに支え合う。清水さんは成形や塗り、金の仕上げを担い、妻はヒゲを描き表情を整える。
「だるまは仕事であり、生活そのもの。お互いの手があってこそ完成するんです」
伝統をつなぐ職人たちの絆と地域の力
高崎市には約40軒のだるま工房があるが、素材づくりから仕上げまで一貫して行うのはわずか数軒。
「全部やるのは大変だけど、やっぱり自分の目で最後まで見届けたいんです」
清水さんは、工程を通じて品質と責任を貫いている。
この地域の職人たちは、ライバルでありながら支え合う関係だ。
「材料が手に入りにくいときは、仲間同士で情報交換するんです。塗料が生産中止になったとか、代替品が見つかったとか。助け合わないと、業界自体が続かないですからね」
だるま組合の青年部が中心となって視察や研修を行い、次世代への継承にも力を入れる。
「みんなが協力的なんです。同じ高崎の仲間として“いいものを残そう”という意識がある」
行政の後押しもあり、正月の「高崎だるま市」では通り全体が赤一色に染まる。
「高崎といえばだるま」と言われる背景には、こうした地域全体の努力がある。

新たな願いを形に、一粒万倍だるまの誕生
清水さんは伝統を守る一方で、新しい挑戦にも積極的だ。近年生まれたのが「一粒万倍だるま」。金色に輝くその姿は、豊かさや成長を象徴する。
「“一粒の種が万倍に実る”という意味があって、だるまに込める願いとすごく通じるんです」
特注の金塗料を使い、柔らかく上品な光沢を追求した。
「普通の金だと強すぎてしまう。何度も試して、ようやく納得の色になりました」
この作品は国内外から注目を集め、特に外国人観光客の人気も高い。
「いつか海外に“だるま専門店”を開きたいんです。日本の縁起文化としてのだるまを、世界にもっと知ってもらえたらうれしいですね」
紙を溶かし、水で成形し、筆で命を吹き込む。その一連の所作の中に、清水さんは今日も“願い”を託す。だるまはただの縁起物ではない。それは、人と人、過去と未来をつなぐ祈りの器だ。
「最初は職業のひとつだと思っていました。でも今では、人生そのものになっています。ものを見るとき、つい“だるま”と重ねて考えてしまうんです」
静かな工房に、紙が乾く音と筆のかすかな擦れが響く。その音の先で、今日も新しい願いが形になっていく。








