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【漆芸×未来】1,000年前の技術で「Enigma」を創る若き漆芸家 佐野圭亮とは?
2025.07.23
【漆芸×未来】1,000年前の技術で「Enigma」を創る若き漆芸家 佐野圭亮とは?

群馬県高崎市

佐野 圭亮
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【漆芸×未来】1,000年前の技術で「Enigma」を創る若き漆芸家 佐野圭亮とは?
これは道具なのか、アートなのか、そのどちらでもない、未来の祈りの形式なのか。
佐野圭亮さんの「Enigma(エニグマ)」という小筐(こばこ)のシリーズを見れば、誰でも「伝統工芸」の概念が揺さぶられるのを感じるはずだ。各辺5.3cmの小さなキューブの表面を、螺鈿(らでん)・平文(ひょうもん)・蒔絵(まきえ)といった技巧がびっしりと彩っている。数百年前から存在する「漆芸(しつげい)」のテクニックを用いながら、その表現はまったく新しい。謎めいた作品を生み出す31歳の若きArtisanのアトリエを取材した。

工芸との出会い:漆とロケットエンジンの分岐点

佐野さんは群馬県高崎市に生まれ育ち、現在も作品制作の拠点を置いている。伝統工芸の道に進むきっかけは、とても素朴な出会いだった。

「幼いころから、手を動かして何でも作ることが好きでした。はじめて伝統工芸の作品を目にしたときは驚きましたね。見る角度によって赤や緑や青の光が、色を変えながら動いている。この美しいものは何だろうと」

それが「螺鈿」だった。貝殻を極薄に切り取り、漆を塗った木に貼りつけ、さらに漆でコーティングしたあと表面の漆を研ぐことで、貝の輝きが浮かび上がる。奈良時代に中国から日本に渡って独自進化した漆技法。その技も知らないまま強烈に惹かれた。しかし、佐野さんがまず目指したのは工芸作家ではなく、機械エンジニアだったという。

螺鈿平文小筐「Enigma Ⅰ」
螺鈿平文小筐「Enigma Ⅰ」

「伝統工芸で生活できるなんて考えられませんでしたから。ものづくりを職業にするなら製造業、せっかくならできるだけ複雑な機械を作ってみたい。高校時代はロケットエンジンのメーカーへ就職を考えていました」

しかし、あるとき美術教師から東京藝術大学の工芸科を紹介される。伝統工芸を生業にする道を知って進路を変更し、藝大へ。
大学院まで進んで文化財の保存・修復を専攻し、博物館や財団などの専門職に就くつもりだった。虜になった工芸品に囲まれて修復や調査を仕事にしたい。
ここまで読めば気づくかもしれないが、佐野さんはその作風からは意外に思えるほど現実的で、穏やかな青年だ。

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「保存・修復は、古来の人々の技術を紐解いて追体験していくような面白さがあるんですよ。でも学部時代に作品制作の授業に取り組んでいるうちに、どうしても自分で作りたくなってしまいました。漆と向かい合っていると、次々に新しい活用法が浮かんできたのです」

保存・修復を出発点に持つ佐野さんは「素材の研究」という一点を追い求め、大学で基礎的な技術を身につけたあと「下地」「装飾」「塗り」といったすべての工程を自ら行う個人作家活動に入った。

やや異色の出自が、作品群に反映されていく。

技法の開拓:止まらない漆表現の拡張

佐野さんのアトリエは高崎駅から徒歩10分ほどの雑居ビルの一室にある。シンプルな作業机に刷毛や筆などの用具が並べられ、漆の木、貝殻などの材料が準備されている。

その周囲には掌に載るほどの小筐、酒器などの実用的なものから、リング、イヤリングといったアクセサリー、さらには高さ100cm近い立像まで並ぶ。

佐野さんの作業机 ここですべての制作工程を手掛ける
佐野さんの作業机 ここですべての制作工程を手掛ける

「この立体物は『乾漆造(かんしつぞう)』で制作しました。漆を麻布などにしみこませて固め、造型する技法で、奈良時代までは仏像でよく使われていた技術です。漆で器などを装飾するのではなく、空間そのものを作りたいと思いました」

見慣れたはずの漆塗りで、こんなにも自在な色彩と質感が可能だとは。個人作家であるため工房のように大量には制作できないが、表現の多彩さには戸惑うほどだ。どうやって新しいテクニックを生み出しているのか尋ねると、思わぬ答えが返ってきた。

立像「変幻」部分 乾漆、貝、金、漆、イチョウ、顔料
立像「変幻」部分 乾漆、貝、金、漆、イチョウ、顔料

「私が使っているのは、1,000年以上も前からすでに存在している漆芸の技法ばかりです。けれど、まだいくらでも新しい表現の可能性があります。漆の木が自らを守るための樹液や貝殻、金属を組み合わせて生命の神秘に触れることができる。言葉にしにくいのですが、私が表現したいのはある種の『法則』です。鉱物の結晶や回路、あるいは『ゆらぎ』のようなものかもしれません。宇宙物理学や分子生物学にも共感します」

佐野さんが「法則」を探し続けている作業机の上には、細工が施される前の黒い小筐が置かれていた。この上にどんな漆の表現が生まれるのか、想像がつかない。私たちは「漆」についてどれだけ知っているのだろうか? 一般に「伝統工芸」と呼ばれているものは、実はとても限定的な表現なのではないか。

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工芸の未来:未完成の「伝統」

佐野さんのアトリエには近代的な工具や3Dプリンターもあり、作業を効率化している一面もあるようだ。伝統的な作り方とは距離を置く部分もあるのだろうか。

「貝を細かく切り抜くために自作した工具を使っています。また、イヤリングやピアスの台座の『型』部分には3Dプリンターを活用しました。そうした運用面での効率化をしたうえで、素材や技法は古来の漆そのままの形式から離れるつもりはありません。作品の仕上げまですべて自分の手で行います」

若くして、独力で伝統工芸の専業作家としての活動に取り組んでいる。将来の工芸に望むことはあるのかと聞いてみた。「社会に物申すのは、あまり得意ではないのですが」と前置きして、こう話す。

「いわゆる『伝統工芸』のベースは、およそ100年前に出来上がったものですね。明治から昭和初期にかけて国内旅行がブームになり、旅館に漆塗りのお椀が並んでいた時代です。日本が経済成長するにつれて工芸は分業化して量産体制が進み、一気に『産業』になりました。しかし次第に市場がシュリンクし、現在では『伝統』と呼ばれて保護される対象になっています。しかし、工芸は過去を賛美して守られるだけの存在でいいのでしょうか。日本人は平安時代ごろから箸で料理を食べていますが、それを『伝統』とは呼びません。明日も来年も100年後も同じように箸を使うと思っているからです。本来、文化はそのように続いていくものではないでしょうか?」

イヤリングの台座の型には3Dプリンターを活用する
イヤリングの台座の型には3Dプリンターを活用する

量産された実用品としての『用の美』にも、もちろん価値がある。しかしもう大量消費の時代には戻れないとしたら、どう進むべきなのか? 佐野さんは続ける。

「私は『温故知新』という言葉が好きなのですが、これからの工芸は『産業化以前』の在り方に目を向けることでその答えが見つかるのではないかと思うのです。全工程をひとりで行うことにこだわっているのは、そうした理由です。
本来、漆には1,000年をゆうに超える歴史があり、技法の面でも自由度が高く、完成されているわけでもありません。作家は素材を追求して創意工夫を凝らし、説明がいらないようなものすごい美を表現すればいい。そうすることで歴史が更新されてきたのですから。
西洋に『アート』があるように、日本には『工芸』があります。日本の工芸作家として、胸を張っていきたいと思います」

かつて謎めいた螺鈿の光に見とれたとき、それが奈良時代から続く技術だから美しく感じたわけではないはずだ。人の手が生み出した美に触れた瞬間の気持ちを、いまでも佐野さんは持ち続けているのではないだろうか。新しい世代のArtisanの作品は、いわゆる伝統工芸とは異なるものだ。しかし、間違いなく工芸の精神を受け継いでいる。

螺鈿卵殻小筐「星海」
螺鈿卵殻小筐「星海」

Text by GANTAN

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