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完全に御することのできない魅力
幼い頃から工芸は身近な存在でしたか?
実家が京都で染工場を営んでいます。曽祖父の友禅染め工場を発祥とし、現在は父が洋服のプリントを中心にオートスクリーンやインジェットプリンターを用いた仕事を行っています。祖父母の家でもあったので、小さい頃から工業製品としての布が身近にありました。プリントの染料は自動調液機というコンピューターで調色、調合しますが、気候や湿度に合わせ、必ず職人の手によって最終の微調整が行われます。そうした染めの工程を間近で見て、機械で量産される布も人の手が加わって完成していることを知りました。

工芸を学ぶきっかけや工芸作家となった経緯について教えてください。
高校時代には「手に職をつけたい」と考えるようになり、染色や陶磁など色を使ったものづくりに興味を持ちました。九谷焼など、工芸が根付く静かで落ち着いた環境で学びたいと思い、金沢美術工芸大学に進学しました。1年生のときは専門を選択せずに工芸全般を一通り学び、2年生の専門を選択する際、織りを体験したときの楽しさと、「素材との距離感や素材の硬さで選ぶのも手だ」という漆芸の田中信行教授の言葉にも影響を受け、染織を選びました。私にとって、金属は硬すぎ、土は全身の動きが伝わるため、自分の体や気分までをも反映しすぎたのです。繊維は、表現するのに手触りや力加減などがちょうど良く、繊細な絹糸は、扱いやすさと扱いにくさの間にある素材です。熟練した職人のように完全には繊維をコントロールできませんが、それもまた魅力に感じています。


日本とイギリス、刺繍技術の融合
刺繍作家として歩むことを決めたきっかけは何だったのでしょうか。
大学3年までは染織メーカーへの就職か、家業を手伝うことを考えていましたが、日本刺繍の加賀縫を学んだ際、その精緻さに魅了されました。日本刺繍は表面だけでなく、通常目に触れない裏面も美しく仕上げる細やかさに感動したのです。17世紀頃イギリスで広まった立体刺繍の技法「スタンプワーク」では、ワイヤーなどを用いて作品の裏側も見せることができます。初めは研究として2つの技法を組み合わせ、その表現に夢中になっていきました。自分の進むべき道が開けたような気がしました。
なぜ身近なもの、思い出のあるものをモチーフにするのでしょうか?
子どもの頃から身近にある自然に愛着があり、特に落ち葉が好きです。背の高い木から落ちてきた葉が手元に舞い降りて、まるで自分の小さな宝物になったような感覚です。理想をいうと、私の作品を見た人が帰り道に足元の落ち葉や花を見て、ふと日常にある自然の美しさを思い返してくれたらと思っています。
まず辞書や、和歌や古典、日本の伝統色などの専門書でモチーフとなる植物について調べ、歴史上での扱いや語源などから作品の着想を得ます。
たとえばこの椿の場合、奈良時代に「海柘榴」と書いてツバキと読むと記されていたことから、海を想起させる「水縹(みはなだ)」という薄い水色に、糸を藍染めしました。植物の忠実な再現ではなく、私自身の感情を乗せて美しさを表現するようにしています。

刺繍とは、縫いとどめられる愛着と時間
刺繍にこだわる理由やその魅力についてお聞かせください。
私にとって刺繍は、愛着と時間を示すことのできる技法です。制作中、絹糸の繊細さに振り回されることもありますが、その煌めきや細部まで表現できる魅力に惹かれています。日本刺繍は糸に撚りをかけず、そのまま縫うことも、また自分で撚りをかけてテクスチャーを変えたり、強度をつけたりすることも可能です。刺繍すること自体が楽しく、私にとって工芸は「身体の仕事」なのです。
生涯をかけて帯や着物に携わる熟練職人と比べ、イギリスのスタンプワークと日本刺繍を掛け合わせた私の技法は邪道といえるかもしれません。しかし邪道だからこそ、自分が日本刺繍で作品を作り続けていくことで、改めて正統派に視線が向くのではないかとも考えています。自分の作品によって新たな層に日本刺繍の魅力を届けたいと思っています。


領域を超えて学び、つなぐ
現代の日本刺繍が抱える課題についてどう考えますか?
現代では着物や仏教美術などへの興味が薄れ、日常生活で日本刺繍を目にする機会が減っています。担い手と購買層の減少、特に若い世代に訴求できていない現状があります。地元にある工芸品や、それらが作られていく過程などを知って親しみを持ってもらうには、工芸をもっと身近なコンテンツと結びつける必要があると感じています。
近年ではポケモンと工芸のコラボ展示の場において、小さなお子さん連れの家族や若者が真剣に作品を鑑賞している姿を見て感動しました。工芸は芸術であり技術でもあるからこそ、他分野との連携が必要だと感じています。

今後の目標を教えてください。
手刺繍を軸にさまざまな分野とつながりたいと考えています。自身の作品を実家の染織技術でプリントしたテキスタイル作品にも挑戦しています。いつか展覧会で、大きく長くプリントしたテキスタイルを流れるように展示したいと考えています。
また、ハイブランドの世界観をつくり上げるビジュアル表現に携わるという夢もあります。そしていつか、イギリスで本場のスタンプワークを学ぶなど海外の文化や生活を体感し、私にしかできない刺繍表現を探求していきたいです。


Text by Riko








