



手仕事で生まれる、歪(いびつ)な魅力
事業とその始まりについてお聞かせください。
約300年前から着物を織る地場産業、丹後ちりめんの生地製造・販売する工房を、私の祖父、楠 嘉一郎(くすのき かいちろう)が「楠嘉(クスカ)織物」として1936年に創業しました。私が生まれる前は織物業界はまだ右肩上がりでした。その後中学生の頃から地元を離れ、高校卒業後東京に移り、前職は建設関係の仕事に携わっていました。30歳を前に丹後に帰省した際に廃業寸前だった家業を見て、自分が生まれ育ち、ものづくりを見続けてきた場所や丹後地域が廃れていく姿をなんとかしたいと思い、家業を継ぐことを決めました。2008年に帰郷し、専門書や研修を通じて学び、2010年から自社ブランドをスタートしました。
それまで行っていた機械製造での大量生産・大量消費に疑問を抱き、製造工程の方向性を変え、職人の手仕事によるオンリーワンのものづくりを目指しました。独自の手織り商品開発のため、手織り用の機織り機を自作しています。前職が建設関係の仕事だったこともあり、ものづくりのノウハウはありました。近隣から古い手織りの木材をもらい受け、ジャガード織の機械と組み合わせたハイブリッドな手織り用の機織り機を自らの手で一つひとつ組み立てました。自社工房にあった大量生産用の機械はすべて廃棄しました。
そして京都の問屋に納める従来の和装の流通を簡素化し、下請けのイメージが強い丹後ちりめんを直接販売してブランディングすることにしました。
東京での仕事を通して都市部でのマーケット感覚を掴んで帰郷したことも良かったと思います。良いものを作っても多くの人々に認知されないとビジネスにはつながりません。東京での経験はマーケットを意識したものづくりに生かされていると思います。
ファッション業界は大量生産・大量消費の象徴ともいえますが、どのようにお考えですか?
当社は大企業ではありませんから、大量生産、大量消費では作り出せない自社ならではのオリジナリティを考えたとき、手仕事で生まれる美しさ、オンリーワンのものづくりを追求しようと思いました。人間国宝、北村武資さんの個展で手織りの絡み織り(からみおり)を見たとき、手仕事で生み出された美しさに魅了されました。機械で織った丹後ちりめんは均一性が特徴で、大量生産が可能な2次元の織物です。一方、手織りの丹後ちりめんは空気を含ませて立体的に織るため、歪(いびつ)さが出ます。つまり機械で織った織物と異なり、コントロールできない偶然性のあるでこぼことした風合いの3次元の織物となるため、光の陰影による表情が生まれます。それは熟練した手仕事でこそ生まれる美しさなのです。

作り手の責任としてのサステナブルな取り組み
Re: Kuskaというサステナブルな循環プロジェクトを実施されていますね。
Re: Kuskaは、作り手の責任として、美しいものを長く使ってほしいという想いから始めました。そのため当社の商品を長く大切に使っていただくためのサポート体制が整っています。糸の染めから織り、縫製まで自社内で完結しているため、お客様が使っている商品にトラブルがあれば自社で修理できるという強みがあります。リフォームやリユースすることもあります。当社の商品を長く使用してもらうため、メンテナンスは無料で行っています。
kuska fabricにとって、手織りの丹後織物とはどんな存在ですか?
丹後織物の製造工程の8〜9割は丹後で行われます。糸の精練・染め・整径・手織り・生地加工まで、すべて最高峰の着物の技術を有しています。その可能性を探求することで、珠玉の風合いと質感を生み出す唯一無二の手織りブランドでありたいと願っています。そのため、機械生産の効率的で平面的な織物ではなく、洗練された職人の手仕事でしか生まれない立体的な美しさと風合いを表現するため、オールハンドメイドの手織りにこだわっています。
製作工程を簡単に教えていただけますでしょうか?また技術的に難易度が高い作業や特にこだわりのある工程などがありましたら、教えてください。
糸の精練・染めなどの準備工程は、丹後ちりめんの技術を用いています。丹後ちりめんとは、京都府・丹後地方で緯糸に強撚糸(きょうねんし)を使用して織られ、丹後で精練加工を経ることで生地表面にシボと呼ばれるでこぼこが生まれる、後染め織物の総称です。経糸の張力、緯糸を打ち込む回転数の調整など、経験によってしか得られない複雑な感覚が求められるため、撚糸(よりいと)を使って織物を織ることは、非常に難しい技術です。しかし丹後ちりめんの職人は長年にわたる技術の蓄積により撚糸を自在に操り、世界的に見ても希少な表情を持つ生地を織り続けてきました。
その表情の本質は、生地が3次元の奥行きを持つということ。糸が縮む力を利用して生み出す独特の凹凸「シボ」は、本来平面的である織物に立体感を与えます。撚糸一つをとっても糸の合わせ方や撚り回数など、組み合わせにより数え切れないほどの種類の緯糸が存在します。職人たちは組織の違いなどをかけ合わせることによって、生地表面にさまざまな表情を作り出します。
また、着物で最高峰の織技術「絡み織り」を用いて、生地に膨らみと陰影を表現しています。絡み織りは、経糸をもじり交差させた状態で緯糸を通すことで生地に空間をつくる織技術です。もじることで独特の質感と立体感を生み出します。絡み織りは織り方が複雑なため、ゆっくり織ることしかできない希少品なのです。


美しいものづくりで、世界中を幸せに
レザーのテキスタイルなどデザインや素材の組み合わせが独創的ですが、アイディアの源、参考にしているものやことなどがありましたら教えてください。
工芸作品や丹後の海や波といった自然からアイディアの着想を得ています。18歳から趣味のサーフィンで自然と常に向き合ってきたこともあり、自然から美は生まれると思っています。表層的ではなく、素材の持つ質感や風合いを大事にして織りの段階からデザインしています。
アパレルのみならず、家具、サーフボードなど多様な商品を開発し、数多くの企業やブランドとコラボレーションされていますが、そのきっかけや経緯などを教えてください。
「美しいものづくりで世界中を幸せにする」という当社が目指す方向性がコラボレーションの先にあるかどうかがまず前提としてあります。たとえば家具を作りたい場合は、ブランドとコラボレーションして当社のテキスタイルを家具用に織り上げます。
コラボレーションに関しては、先方からアプローチされることもありますが、ほとんどの場合自社からアプローチしています。当社の強みは多種多様な織物を作り出せることなので、たとえばレザーを織り込んでバッグの生地にしたり、家具やサーフボードなど耐久性を要するものなど、各用途に合わせた生地を作り上げることができます。
海外では、イギリス、ドイツ、イタリア、アメリカ、シンガポールに商品を展開しており、ロンドンの名門高級紳士服店が立ち並ぶ通り、サヴィル・ロウでロイヤル・ワラントを持つ「ハンツマン」でも当社のネクタイを販売しています。
海外展開のきっかけは、イタリア・フィレンツェで年2回開催される世界最大級のメンズファッション見本市「ピッティ・イマージネ・ウォモ(PITTI IMMAGINE UOMO)」に2017年から6回出展してコネクションを広げていきました。当社の織物の機械製造にはない3次元の質感が評価されています。
手織りのネクタイは立体的な奥行き、光の陰影、3次元の光沢や独特の質感が特徴です。
たとえば丹後ちりめんで作られたネクタイでいうと、着物用の生地として作ったものをネクタイにするのが一般的。つまり着物の延長線上にネクタイがあります。当社のものづくりは着物作りのための織物とは最初からアプローチが異なり、美しいものを作るために着物の製作技術を用いています。最終的な仕上がり、見え方を考慮して織り方を考え、素材そのものにデザインを入れていくことにより、凹凸のある質感を出していきます。無地でもデザイン性が入っているので、ツルッとした平面的な織物とはまったく異なるものに仕上がります。

より良いものづくりはより良い環境から
織物業界の課題についてお聞かせください。またその課題を解決するためにはどのようなことが必要だと考えていますか。
丹後織物=和装のため、近年ではマーケットの需要が激減していること、また職人の高齢化が進んでいることが課題です。当社では若い世代や、子育て中の女性を織り手として積極的に雇用しています。平均年齢は30代後半、20代の織り手もいます。製造プロセスは機械ではなく、手織りにしているため、1人につき機織り機が1台配置され、流れ作業ではなく織り手が独立して作業します。そのため、子育て世代には時短就業、反対に就業時間を延ばすこともできるライフタイムシフト制度を導入しています。個々人のライフスタイルに合わせて就業することができる、フレキシブルな仕組みです。また実店舗での実演など作り手がお客様とコミュニケーションできる機会を設け、作り手としてのプライドを醸成しています。
伝統工芸は赤字でも当たり前という風潮がありますが、良いものづくりであってもきちんと利益を出さなければ続けていくことはできません。生産性と効率性を考慮してあえて難易度の高い技術は省くこともあります。また問屋を通さない流通で商品の価格帯を抑えています。
織物業界のPR活動やブランディングについて感じていることや実際に取り組んでいることについてお聞かせください。
織物は素材であり生地の卸しとしてのイメージが強く、ファッション性の高いアイコニックなデザインを確立するブランドと比較するとPRしにくい面があり、ともすればコスト競争に陥ってしまいます。ですから当社独自のものづくりのプロセスや作り手の姿勢などがお客様にしっかりと伝わるようにPRする必要性を感じています。
たとえば、常に多様なコラボレーションや話題性のある新作を生み出すようにしています。近年ではオンライン通販が普及していますが、手作業のものづくりでは実際に商品を見てもらい、画面上では見えない情報を伝えることが大切になります。そのため、さまざまな場面で商品に触れられるようにリアルな店舗で接点を作り出しています。現在は丹後と東京の帝国ホテルに店舗を構えていますが、今後は国内外に新たな店舗をオープンして実際に商品を手に取ってもらうこと、そしてお客様とのコミュニケーションを通してブランドとしてより一層認知してもらいたいと思っています。

人間らしいものづくりを追求し、産地全体のボトムアップを図る
京丹後は丹後ちりめんの産地ですが、地域の機屋同士の連携や地域創生につながる活動、取り組みなどはあるのでしょうか。
同業者の集まりや、タイプの異なる織物メーカーとの産地内でのコラボレーションも積極的に行い、相手先とのダブルネームで商品を作り出しています。
2019年から2021年の3年間、地元で作られているものに若い頃から親しみを持ってほしいという願いから、丹後に71年ぶりに創立された清新高等学校の制服用ネクタイを無償で作製し提供しました。高校3年間通して使うことのできる耐久性も考慮した生地を製作しました。利益を追求するだけでなく、こういった地域に還元する取り組みが企業価値を高めると思っています。
また、自社で「THE TANGO」というWEBメディアを立ち上げ、作り手や丹後のものづくりの魅力を発信し、産地のボトムアップを図っています。
今後どのようなイノベーションや新しい技術への取り組みを計画されていますか?また将来の展望があれば教えてください。
自社商品を実際に触れて、その美しさを感じてもらえるように、国内外に実店舗を増やし、手織りの丹後織物の魅力を発信するグローバルブランドを目指しています。また手仕事の魅力を発信する一方、より人間らしいものづくりのためにデジタルツールを活用していきたいと考えています。たとえば生成AIなどを活用したデザインを職人が手織りで仕上げるなど、テクノロジーと人間らしさを融合したものづくりにも挑戦しています。職人は単にものを作るだけでなく、そのプロセスを楽しむことが魅力あるものづくりにつながると考えています。今後も当社の手織りの価値を最大限に高めるものづくりを追求していきたいです。

Text by Riko










