



正倉院に伝わる、希少な羊毛の工芸品
日本は美しい絹織物と養蚕文化で知られていますが、羊の飼育や羊毛生産の歴史は決して長くありません。手紡ぎやクラフト用の羊毛を生産する小規模な牧羊業の存在や、「ジンギスカン」として親しまれる羊肉の需要はあるものの、羊毛文化が広く根付いてきたわけではありません。しかし現代の日本では、多様な羊毛を輸入し、糸や工業用フェルトを生産する産業が発展しており、その規模はイタリアや中国にも匹敵しています。
私が日本に来る以前から関心を抱いていたのが、奈良・正倉院に伝わる希少な毛氈(もうせん)でした。シルクロードの東の終着点であった日本に伝来したそれらの品々、とりわけ8世紀中頃に制作された花氈(かせん)は、今日でも世界のどこにも類例を見ない特別な存在です。

花氈が導いたシルクロードへの旅
2011年、私は書道筆や伎楽面、敷物など、正倉院宝物に用いられた動物繊維に関する調査研究チームに参加する機会を得ました。正倉院には日本で制作された品々が多く収蔵されていますが、それだけではなく一部は約1,300年前、外国からの使節や旅人によって古都へともたらされたものです。当時の日本では羊毛はまだ一般的ではありませんでしたが、花氈に触れた人々は、その温かさや、唐代特有の華やかな花文様が表現された大判の意匠に強く魅了されたことがうかがえます。
宮内庁の研究事業において私が担った役割のひとつは、シルクロード沿いの地域で実地調査を行い、フェルト敷物の基本的な制作工程を解明することでした。中国やモンゴル、トルコをはじめ各地の羊の品種を調査し、羊毛のサンプル採取も行いました。8世紀当時と同じ脂尾羊(しびよう)は現在も飼育されており、その羊毛は遊牧民の住居であるゲルや外套、敷物、鞍敷き、帽子などに利用され、人々の暮らしを支えてきました。
研究の第2段階では、唐代に好まれた花文様を表現するために用いられたさまざまな技法の再現に取り組みました。私のスタジオでは花氈第17号の一部を3点復元制作し、2020年に奈良国立博物館で開催された「第72回正倉院展」において、展示と映像による解説を行いました。チームには、日本人の天然染色家2名に加え、経験豊かな教え子たちにも協力してもらい、新型コロナウイルス禍の困難な時期に実現した、思い出深いプロジェクトとなりました。


羊毛フェルト、その新たな可能性を探して
私が京都で活動するようになって30年以上になります。研究の機会に恵まれただけでなく、大学での講義やワークショップ、デザイナーとの協働、さらには北海道から九州まで、各地のギャラリーから個展の依頼をいただいてきました。
京都・伏見に構える「JoiRae Textiles」では、帽子やスカーフ、アクセサリーといった身につけるものから、テーブルマットやラグなどのインテリア、さらにはアート作品まで、多様な羊毛フェルト作品を手仕事で制作しています。
私の作品の特徴のひとつは、スイス産羊毛に、葉脈だけを残した葉や植物素材を組み合わせることです。通常、工場では羊毛に付着した異物を取り除こうとしますが、私はあえてそれらを加え直します。その土地の環境や、羊たちが日々どのような場所で暮らしているのかを作品に映し出したいからです。羊は土や草の上で育ち、自らの皮膚も持っています。そのためフェルトは、土から生まれる陶芸など、さまざまな素材とよく響き合うと感じています。
織物が経糸と緯糸の交差によって、編み物がループ構造によって形づくられるのに対し、フェルトは矩形に限定されません。縮絨や繊維の移動の過程で自由な造形が可能です。そこに亜麻や葛の繊維、野蚕の絹などを加えると、自然色や植物染めの羊毛と混ざり合い、思いがけない表情が生まれます。特に、土壁と畳のある空間で、美しい酒器とともに作品を眺めると、その魅力はいっそう際立ちます。また、私のインテリア作品は、ガラスや石を用いた現代的な空間に、自然素材ならではの温かみを添えることも目指しています。

素材と素材が対話するとき
異なる素材との協働を象徴する例として、羊毛を革や漆と組み合わせた作品があります。京都のデザイナー、竹田安嵯代さんとのコラボレーションで生まれたバッグは、羊毛フェルトと革が織りなす新鮮な対話を見せてくれます。
また、東京で「Belpasso Art & Craft of Shoes」を主宰する捧恭子さんとは、さまざまな靴に合わせやすいレギンス用フェルトを共同開発しました。色彩を重ね合わせた丈夫なフェルトに、伸縮性のあるスエードを組み合わせることで、冬場でも着脱しやすい仕様を実現しています。
アメリカ人家具作家クリフトン・モンティースとの器シリーズでは、羊毛フェルトと日本の漆を組み合わせました。フェルトのマットな質感と漆の滑らかな光沢が、豊かな対話を生み出しています。京都に滞在していたモンティースが、漆を塗るためのたんぱく質素材を探していると話した際、私はフェルトに着目しました。漆をフェルト地の器の内側や縁に直接施すという試みは当時前例のないものでしたが、現在では複数の美術館に収蔵されています。冬の茶会で、漆を施したフェルトの茶碗に触れたときの温もりと独特の感触を想像してみてください。

羊毛が教えてくれること
国際的には、私は現代テキスタイルアーティストとして、またシルクロードにおける羊毛とフェルト文化の歴史や技法を伝える教育者として活動しています。2025年12月には、中国・杭州の中国絲綢博物館で開催された「第4回天然染料ビエンナーレ(BoND 4)」に招かれ、講演とワークショップを行いました。
そこで取り組んだテーマは、中国や日本でなじみ深い墨の黒を絹布へ直接染めることでした。その後、縮絨工程のなかで絹布を羊毛の層と一体化させることで、軽やかな布地をフェルトの内部へ取り込むことができます。さらに、ビニールシートの型(レジスト技法)を用いて両面に繊維を配置することで、継ぎ目のない衣服を作ることが可能になります。私は展覧会に訪れる方々や顧客に対し、羊毛繊維が移動する過程において生まれる、多様な表現の可能性を紹介することを大切にしています。
フェルトづくりの技術は、実際に羊毛に触れた経験がないと理解しにくいかもしれません。しかし、ウールのセーターを洗濯機で洗って縮ませてしまった経験があるなら、その現象に少し近いものです。また、急須の注ぎ口や取っ手が継ぎ目なくつながる陶芸の制作工程や、焼成時の収縮を計算する考え方にも通じる部分があります。
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虹の先にある「宝の壺」
私は、職人として磨かれた技術と、芸術的な表現の両方を大切にしています。そしてフェルトという伝統的な工芸は、その2つが互いを損なうことなく出会える稀有な存在だと感じています。
衣服や履物は、身体に合い、機能し、実用性を備えなければなりません。その分、制作には高度な工夫が求められます。一方でアート作品には、より詩的なアプローチが許されます。葉脈だけを残した葉や和紙、端切れなどの繊細な素材を取り入れたり、あえて縮絨を控えめにして光を透過させたりすることもできます。
職業を尋ねられたとき、私は時々こう答えます。
「風邪をひかないためのものをつくりながら、あなたを魅力的に見せる仕事です」
そんな少しユーモラスな考え方とともに、羊毛という特別な動物繊維が持つ可能性を理解し、その攪拌、移動、縮絨の過程に向き合いながら制作を続けています。
ボストンは羊毛がもたらす持続可能性と安心感を、フィンランドは羊毛が支える北欧の暮らしを、そして奈良・正倉院は、日本がシルクロードの東の終着点であることを私に教えてくれました。
そのうえで京都は、アジア大陸を横断してきた多彩な繊維文化の虹の先にある「宝の壺」のような場所です。だからこそ私は今も日本での活動を楽しみ、この地と関わり続けているのかもしれません。
翻訳協力:Kirsty Kuwano
Webサイトビデオ:https://joirae.com/2021/04/english-version-of-shoso-in-kasen-no-17-felt-carpet-replication/






