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外国人初の日本刀鍛冶職人・光綱 一振りに込める情熱(ジョハン・ロイトヴィラー)
2026.03.29
外国人初の日本刀鍛冶職人・光綱 一振りに込める情熱(ジョハン・ロイトヴィラー)

ジョハン・ロイトヴィラー(刀匠名:光綱)

モンテー(スイス・ヴァレー州、アルプス地方)出身。幼少期より金属加工に関心を持ち、日本刀に魅了されたことをきっかけに来日し、修業と国家試験を経て外国人初の刀鍛冶資格を取得、現代における日本刀の可能性を追求している。

2024年には文化庁より正式に日本刀製作の許可を受け、外国人として初めて公的に認められた日本刀鍛冶職人となる。アルプスの自然に育まれた感性と日本の伝統技術への敬意を融合し、日本刀の新たな可能性を追求している。
外国人初の日本刀鍛冶職人・光綱 一振りに込める情熱(ジョハン・ロイトヴィラー)

「職人の目」で見た、日本刀の衝撃

17歳のとき、フランスを旅していた私は、あるデパートで開催されていた展示販売で一振りの日本刀に出会いました。多くの人がそれを工芸美術品として眺めるなか、当時鉄工所で見習いをしていた私は、まったく別の視点からその刀を見ていました。

——この美しい曲線は、どうやって生まれるのだろう。

——どうすれば、こんな鉄が鍛えられるのだろう。

芸術品としてではなく、職人の目で。純粋な好奇心が胸の奥から湧き上がってきたのを、今でもはっきり覚えています。

帰国後、私は刀について徹底的に調べ始めました。インターネットの記事を読み、図書館に通い、関連書籍を読み漁る日々。学べば学ぶほど、1000年近く前からの技術がほぼそのままの形で現代まで受け継がれているという事実に心を打たれました。そして何より、現代にも刀鍛冶が存在していることに驚きました。

「まだ刀鍛冶がいるのなら、自分もなるしかない」そう思うようになったのは、ごく自然な流れでした。

スイスと日本、2つの「修業」を経て

日本の刀鍛冶の修業は厳しい——そうイメージしていました。しかし私は15歳から19歳までの4年間、スイスの鉄工所で修業をしていました。揺るぎない指導と厳しい叱責の毎日。決して甘くない環境で鍛えられた経験があったからこそ、日本の刀の世界へ飛び込むことに恐れはありませんでした。

日本の伝統工芸の修業は独特です。体系化されたカリキュラムがあるわけではなく、何年目に何を習得するという明確な基準もありません。親方の手伝いをしながら、少しずつ技術を身につけていく。進み方は工房ごとに、そして弟子ごとに異なります。

私の1年目、2年目は、掃除、炭切り、小物づくりの日々でした。刀に直接触れられるようになったのは3年目からです。作刀の技術は非常に厳しく、成功したと思った瞬間に一打外せば、1週間分の仕事が無になることもある。だからこそ、基礎だけを積み重ねた最初の数年間は、振り返ればとても有意義な時間でした。

一方で、私は日本の師弟関係に疑問も抱いています。

伝統工芸の世界では、「いずれ弟子がライバルになる」という理由から、すべてを教えないという考え方が少なからず存在します。自分が100持っているとしても、弟子には70ほどしか伝えない——そうした慣習があると聞きました。

スイスの師弟関係は正反対でした。指導者は、弟子が自分を超えることを誇りに思います。弟子の成長は、自らの指導力の証明だからです。

文化を単純に比較することはできません。しかし、後継者育成のあり方については、再考の余地があると感じています。戦後から日本における刀鍛冶の数は減り続けています。不況だけが理由ではないのではないか、教育の問題もあるのではないか——そう思わずにはいられません。

2つの国の修業制度を経験したからこそ、私は刀鍛冶の育成のあり方にも、いつか貢献したいと考えています。

修業中、自分で刀を自由に作ることはできませんでした。姿を研究し、古作から学びながらも、実際に形にできない日々は、正直もどかしさもありました。だからこそ独立したいという気持ちが芽生え、努力を重ね、自分の思う刀を作れる今が、本当にうれしいのです。

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火の前に立つたびに思う、刀鍛冶としての今

私にとって一番大切なのは、「自分が美しいと思うものを、心から楽しく作ること」。そして、手にした人が思わず大切にしたくなるような作品を生み出すことです。

独立してまだ2年。

刀匠としては、ようやく一歩を踏み出したばかりの駆け出しです。世に送り出した本数も、決して多いとは言えません。それでも、胸の奥に強く焼き付いている刀が、いくつかあります。

刀は、本当に正直です。何振りも鍛えても理想に届かないこともあれば、勢いと覚悟がかみ合った瞬間に、思いがけず応えてくれることもある。経験も、技術も、まだまだ足りないと痛感する日々ですが、それでも火の前に立つたびに、新しい発見があります。

自作の鋼に込めた覚悟、コンクール受賞を運んだ「衝動」

昨年コンクールに出品した一振りは、まさに自分の現在地を示す作品でした。締め切りが迫り、残された時間はわずか1週間。通常であれば挑戦をためらう状況でしたが、「今の自分をぶつけてみたい」という思いが勝りました。

玉鋼(たまはがね)に頼らず、自ら鋼を作るところから始めました。理想の肌を思い描きながら鍛え、形を整え、実質4日間で焼き入れへ。迷いながらも、若さゆえの勢いと覚悟を込めて火に向き合いました。焼き上がった刃文は、決して完璧ではなかったですが、その当時の自分にできることを表した形になったと思います。

それでも、地鉄と姿を評価していただけたことは、大きな励みとなりました。そして、その一振りが新人賞と努力賞を運んできてくれたことは、これから先へ進む勇気になりました。

三原住光綱 処女作
三原住光綱 処女作

刀と向き合った時間と失敗にこそ宿る価値

刀づくりは、一振りで光が見えることもあれば、何振り挑んでも結果が出ないこともあります。昨年は傷が出てしまった刀も数多くありました。しかし、その失敗の積み重ねがあったからこそ、自分は確実に前へ進めていると感じています。

大先輩から教わった言葉があります。

「無駄には宝がある」

今は未熟で、理想には遠い。ですが、この未熟さこそが伸びしろであり、そこに未来があると思っています。

たとえ形として残らなくとも、火と向き合い、鋼と対話し続けた時間は、確実に自分の中に蓄えられている。ものが残らなくても、私は心の中で確かな成功を掴んでいる――そう言い切れる一年でした。

そしてその積み重ねが、きっとこれから先の一本一本を支えていく。

今はまだ道半ばですが、刀に込める情熱を武器に、失敗も葛藤もすべて糧にしながら、いつか胸を張って「これが自分の代表作だ」と言える一振りを生み出せる刀匠へと成長していきたいと思います。

あの一年は、終わりではなく、確かな始まりでした。

作風は、鎌倉時代の備前伝を志向しています。自然でありながら華やかな刃文、地鉄との調和、生命力に満ちた姿。その美しさを少しでも再現できるよう、焼き入れや鍛えの研究を重ねています。できるなら、他の人には簡単に真似のできない領域に到達したい。そう願っています。

「あの日の好奇心」を胸に

日本の伝統文化は、私にとって世界でもっとも美しい文化です。けれど、その文化が失われつつある現実も感じています。知識や技術を独占することで継承が滞るのであれば、それは誰も願わない未来です。

だから私は、作り続けます。そして、伝えることも恐れません。

17歳のときに出会った一振りの刀。その瞬間から始まった私の道は、今、伝統と未来をつなぐ責任へと変わりました。炉の前に立つたびに、あのとき抱いた純粋な好奇心を思い出します。あの感覚を忘れずに、私は今日も鉄と向き合っています。

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画像クレジット:工藤明日香

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