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気候を読み、漆を調合する堤淺吉漆店・堤卓也の漆精製と異分野への応用
2026.07.07
気候を読み、漆を調合する堤淺吉漆店・堤卓也の漆精製と異分野への応用

京都府京都市

堤淺吉漆店
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堤 卓也

堤淺吉漆店 代表。1978年生まれ。北海道大学農学部卒業後、他業種や海外経験を経て2004年に家業へ入社。独自の高分散製法による光琳漆の開発に携わり、漆の可能性を異分野へ広げる活動を続けている。

ウルシの木から採取した樹液を精製して用いる日本の伝統素材で、全国各地の漆芸や文化財修復に使われてきた。高い耐久性や耐薬品性を備える一方、硬化具合や艶、色味は温度や湿度などの環境によって繊細に変化するため、その状態を見極めながら調整することで、漆器や建築、文化財修復など幅広い用途に活用されている。

堤淺吉漆店は、職人ごとに最適化した漆の精製技術を磨き、文化財修復を支える高品質な漆づくりに取り組んでいる。さらにサーフボードや3Dプリント製品など異分野との協業を通じて、漆の新たな使い手と可能性を広げている。
気候を読み、漆を調合する堤淺吉漆店・堤卓也の漆精製と異分野への応用

明治42年創業の漆原材料メーカーである堤淺吉漆店は、独自の精製技術で日光東照宮などの文化財修復を支える一方で、サーフボードや3Dプリンター製品など、異分野のプロダクトにも漆を応用している。

国産漆の生産量が激減し、産業全体の衰退が危ぶまれるなか、なぜ老舗メーカーの4代目は伝統的な枠組みを超え、かつてはブラックボックスだった工場の公開にまで踏み切ったのか。

未解明な特性を多く持つ漆の科学的魅力と、自然素材を通じて次世代につなぐ持続可能なものづくりの哲学について、堤淺吉漆店の代表である堤卓也氏に話を聞いた。

北海道から京都へ——労働力からの漆との出会い

堤淺吉漆店は、漆の木から採取された樹液を塗料として使えるように精製し、職人へ届ける原材料メーカーである。4代目の堤卓也は、北海道大学農学部で畜産を学び、馬に乗ってチーズを作るような学生生活を送っていた。その後、ニュージーランドでのワーキングホリデーを経て、見知らぬ人同士が損得勘定なしに助け合う精神に感銘を受けたという。当初は家業を継ぐ気はなく京都から離れていた彼だったが、約20年前に転機が訪れる。

「向こうで就職もしていたのですが、初めて親父から電話がかかってきて『工房が大変だから手伝ってほしい』と言われたんです。うち独自の『光琳(こうりん)』という精製方法があって、それがすごく手間がかかるのに人手が足りない。いくら試験場で良いデータが出ても、使い勝手が良くなければ職人さんには使ってもらえない。ゆえに最初は工房の職人になるべく呼ばれました」

困っている父親からのSOSに応える形で家業に入った堤は、営業活動は行わず、工場にこもってひたすら漆の精製と向き合った。職人に新しい漆を使ってもらうためには、粘り気や色合い、硬化具合の調整など、実用に向けた試行錯誤が不可欠だった。泥臭い作業を重ね、職人たちの要望に応えていく過程で、彼は漆という素材そのものの奥深さにのめり込んでいった。

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気候と職人の感覚に寄り添うオーダーメイドの精製

漆の性質は、樹液が採取されたシーズンや育った環境、木への傷の入れ方によって大きく異なる。堤淺吉漆店では、納品された荒味漆の状態を見極め、意図的に寝かせるものやすぐに使うものなどに選別している。現在、国産漆(浄法寺漆だけがGIを取得してます)はGI(地理的表示)保護制度によって出どころが厳密に管理されており、その中でもっとも技術を要するのが、職人ごとの好みに合わせた調合である。

「昔からお付き合いのある職人さんは以前納めた漆に対して、例えば『前のより少しつや消しにして』『ちょっとゆっくり乾くようにして』といったような要望があります。それぞれの職人さんにオーダーメイドで漆を作っているので、ラベルが同じ『上塗黒』でも、AさんとBさんに出すものではまったく違うものになることもあります。漆の樹液の特徴を利用し、お客さんとの対話を重ねるなかでオーダーメイドの漆を手がけるのが僕らの仕事です」

このような細かな調整を支えている技術力の一つが、独自の「高分散精製工法」だ。漆の中の水分(水系成分)の粒径を極めて細かくコントロールすることで、塗膜の劣化を遅らせる性質を持つ。文化財修復現場で用いるに値するかどうかテストされた結果、その高い耐久性が証明され、現在では修復用の漆として全面的に採用されている。一方で、職人の感覚値を工場内で共有するため、「プチつき(指で触ると少し粘り気がある状態)」などの乾燥状態を細かく言語化し、品質のブレを防ぐ地道な管理も徹底されている。

科学者も注目する「透明の黒」と未解明なメカニズム

漆は単なる伝統的な塗料にとどまらず、科学的にも未解明な部分が多い天然の機能性素材である。堤淺吉漆店の工場では、クロメ鉢の設定や水分を3〜5パーセント残す絶妙な調整によって漆のツヤを作り出している。その過程で現れる特性は、現代の化学技術をもってしても完全には再現できない要素を含んでいる。

「漆の黒は顔料として黒が入っているのではなく、鉄分が化学反応を起こして光を吸収する『透明の黒』の塊なんです。また、漆の結合は非常に強固で、鉄が溶けるほどの強酸の中に入れても簡単には侵されないほど耐薬品性に優れています。それなのに紫外線が当たると消えてなくなる。そんな極端な性質を木が作り出していることが、最高に面白いんです」

湿気の少ない場所で乾かすと色が薄くなり、多い場所では濃くなるという性質も、乾燥の過程で形成される構造体が黄色い色素に似るためだと推測されているが、全容は解明されていない。近年では、宇宙産業など、異業種の研究機関からも漆の特性に注目が集まっている。堤は研究者たちと交流を持ちながら、漆の持つ未知のポテンシャルを多角的に探究している。

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サーフボードから広がる漆の新たな「使い手」

現在、日本国内で消費される漆のうち、国産のものはわずか2トン前後にまで落ち込んでいる。この危機的状況に対し、堤は「使い手」を増やすための行動を起こした。2016年頃から社外での活動を本格化させ、自身が愛好するサーフィン用のボードに漆を塗ったり、デザイナーと協業して3Dプリンターで出力したプロダクトに漆塗りを施したりと、従来の枠組みを超えた展開を推し進めている。

「僕は何も新しいことはやっていなくて、昔の人がやってきたことを今の暮らしに合う形でアウトプットしているだけです。素材や木を守るために漆を塗るという本質は何も変わっていません。ただ、サーフボードのように媒体を変えることで、僕が漆を通さなければ絶対に会えなかったようなプロサーファーやアーティストなど、違う業界の人たちと出会い、漆の輪を広げることができました」

同時に、ウルシの木を削ったカスを草木染めに活用したり、就労支援施設と連携して製品化したりと、材料を無駄なく使い切る取り組みも進めている。さらに、かつては製法が外部に漏れるのを防ぐため完全なブラックボックスであった工場を一般に公開し、見学ツアーを受け入れている。漆の香りや精製の音を直接体感してもらうことで、素材の背景にあるストーリーを伝え、現代における漆の存在意義を問い直している。

漆を通じた堤氏の活動は、単なる新製品の開発にとどまらず、人と自然、そして異なる業界をつなぐハブになりつつある。彼は、漆が合成塗料に代わるような大量消費素材になるのではなく、自然から素材を「いただく」という精神を現代に取り戻すための象徴として受け継がれるべきだと考えている。

今後は、子どもたちが自ら木を削って漆を塗り、その器で給食を食べるような教育的な体験機会の創出にも取り組んでいきたいという。地域や産業を超えて、小さくとも強い結びつきを生み出していくこと。その輪をつなぎ合わせていくように、漆産業の未来を切り拓く堤淺吉漆店の歩みはこれからも続いていく。

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