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前編では、撥という道具を入り口に、上妻宏光が音を「設計」してきた思考の一端をたどった。後編では、その設計思想が三味線そのものへと広がっていく。
マイクを仕込み、穴を開け、立って弾く。古典的にはタブーとされてきた行為の先に上妻が見てきたのは、三味線が世界と共演するための、現実的な相棒の姿だった。

マイクを仕込む、という選択
三味線は、本来マイクを内蔵した楽器ではない。だが、ロックバンドや電気楽器と共演するなかで、上妻は一つの課題に直面した。
「音量は出るんですけど、三味線の周辺の空気感を拾えなかったんですよね」
最初に試したのは、胴の中にマイクを仕込む方法だった。音を増幅すること自体はできる。けれど、撥が革に当たる瞬間のニュアンスや、三味線特有の空気の揺れが、どうしても伝わらない。
「だったら、欲しい音が拾える場所に、マイクを置けばいい」
上妻は、三味線に穴を開けることを選んだ。


タブーよりも、「この音が欲しい」
三味線に穴を開ける。それは、古典的な価値観からすれば、間違いなくタブーに近い行為だ。だが、上妻に迷いはなかった。
「この音が欲しい、ただそれだけだったんです」
マイクを2つにし、チャンネルを分けてミックスする。会場や日によって、バランスを細かく調整する。その作業は、伝統を壊すためではなく、三味線の音を、現代の環境で成立させるための手段だった。

立って弾くための再設計
上妻の三味線演奏は、立奏が一つの特徴でもある。だが、三味線は、本来立って弾くために作られた楽器ではない。ストラップを付ける位置一つで、バランスは大きく変わる。位置を間違えれば、演奏そのものが不安定になる。
「ギターやベースと同じ感覚で、三味線も立って弾けたら、と思ったんですよね」
ストラップの位置を見直し、重心を調整する。その結果、立って弾くことを前提としたフレーズが、自然と生まれていった。姿勢が変われば、奏でる音楽も変わる。


海外に出るための素材選択
海外公演を重ねる中で、もう一つの現実にも直面した。三味線に使われてきた素材は、海外では説明が難しいものが多い。動物皮やべっ甲。ワシントン条約に関わる素材もある。
「日本の伝統文化を伝えたいのに、素材の説明だけで止まってしまうことがある」
上妻は、人工素材への切り替えも積極的に進めてきた。音だけをとれば、自然素材のすごさを感じる場面も多い。それでも、世界と共演するためには選択を迫られる。
「伝えるために、変えなきゃいけないこともある」
その判断もまた、相棒と向き合う一つの形だった。
新品は、少しよそよそしい
上妻は、新しい楽器について、こう語る。
「新品って、ちょっとよそよそしいんですよね(笑)」
時間を共にすることで、距離は少しずつ縮まっていく。体の一部のように感じられる瞬間が、やがて訪れる。
「使っていくなかで、会話できるようになるというか」
だからこそ、無駄に皮を張り替えることはしない。撥も、三味線も、大切に使い続ける。自然素材の偉大さを感じながら、人の手が加わった楽器と、現実の世界で折り合いをつけていく。

相棒とは、更新され続ける存在
上妻宏光にとって相棒とは、その形を守るべき存在ではない。音を成立させ続けるために、必要に応じて更新される存在だ。
撥を替え、角度を変え、三味線に穴を開ける。その一つひとつは、革新のためではなく、共演し、共存するための選択だった。
「三味線って、こんなこともできるんだな、って思ってもらえたらうれしいですね」
上妻の相棒は、世界と出会うたびに、少しずつ形を変えながら、今も鳴り続けている。


取材中の上妻さんは、終始笑顔だった。
撥や三味線の話も、「じゃあ、こうしてみたらどうなるかな」と、新しい可能性を試すこと自体を楽しんでいるように感じられた。
「出したい音があるから、手で弾いてみる」「ギターみたいに、肩に担いで弾いてみる」。
前例やタブーがあるかどうかより、理想の音に近づくことを優先する姿勢が、どこかロックだなと感じられた。
取材の終わりに、「ラーメンみたいに、三味線が当たり前になってほしい」と笑って話してくれた。これから三味線を知る世代にとって、その入り口はすでにここにあるのだと思う。上妻宏光は、三味線を特別なものとして守るのではなく、これからの当たり前を作ろうとしている人なのだと感じた。
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