



上妻宏光にとって、撥は単体の道具ではない。音を成立させる設計思想の、最初の入り口だ。
津軽三味線の激しい打撃音、鋭いリズム、即興性。その魅力の裏側には、撥の素材や形状、角度、力配分といった、極めて細やかな判断の積み重ねがある。
本連載前編では、上妻宏光が撥という道具をどのように捉え、どのように音を設計してきたのかをたどる。

6歳で出会った「叩く音」
上妻が津軽三味線に出会ったのは、6歳のときだった。撥で革を強く叩き、打撃音をそのまま前に飛ばしていく。そこから生まれるビート感は、上妻の耳に、どこかロックのように響いたという。
「激しいリズムというか、すごくエネルギーのある音なんですよね」
さらに惹かれたのは、決められた形がありながら、自分でフレーズを組み立てられる自由度だった。
「ルールがあるけど、その中で自由にソロを作れる。その感じが、すごく面白かった」
叩く音。リズム。自由。上妻の音楽観の原点は、このときすでに形作られていた。


撥は「消耗品」ではなく「調整装置」
撥は消耗品だ、そう考える奏者も少なくない。だが、上妻の捉え方は少し違う。
「撥って、音を調整するための装置だと思っているんです」
素材によって、音の立ち上がりは変わる。色や模様によって、硬さや粘りも違う。
南京の撥は、比較的ストレートで強い音が出る。一方、カリブ産の素材は、音に広がりが出やすい。
「会場によって、今日はもう少し広がりが欲しいな、とか。逆に、もっと輪郭を立てたいな、というときもある」
その判断によって、撥を持ち替える。上妻にとって撥は、求める音を“最適化”するための道具だ。

角度と力配分で、音は別物になる
上妻の演奏をよく見ると、撥の当たり方が一定ではないことに気づく。
「普通は、思い切り振り抜くと思うんですけど」
上妻は、あえて力を抑えることがある。
「10割で叩くんじゃなくて、6〜7割くらいですね」
撥を当てる角度を少し変えるだけで、音の出方は大きく変わる。ホールの響き、共演する楽器、客席に人が入ってからの空気感。それらを感じ取って、瞬時に判断を重ねていく。
「リハで良かった角度が、本番では強すぎることもあるんですよ」
観客には見えない。だが、確実に音は変わっている。


「自分の音」を成立させるために
上妻は、自分の感覚と耳を強く信じている。
「音色に多少の変化があっても、“上妻らしさ”を感じとっていただける個性は表現できているのではないかと思っています」
それは、特定の撥や三味線に依存するという意味ではない。どんな道具が来ても、どう鳴らせばいいかを判断できる。
「だから、撥の話をしていると、どうしても楽器全体の話になるんですよね」
撥だけでは、音は完結しない。撥、三味線本体、奏法、会場。すべてが組み合わさって、はじめて音楽が成立する。

撥の話は、三味線全体につながっていく
上妻にとって、撥は音楽を奏でる入り口に過ぎない。撥をどう使うかを考えることは、三味線をどう鳴らすかを考えること。そして、音楽をどう成立させるかを考えることだ。
「単体の道具をどうこう、という話じゃないんですよね」
必要なのは、その場で最適な音を出すための設計。撥を語ることは、上妻宏光にとって、音楽を更新し続けるための思考そのものだった。
—— 後編へ続く
次回は、マイク内蔵、三味線本体の改造、立奏という選択、そして世界と共演するための相棒の形を掘り下げる。
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