



福岡県八女市で1815年に創業した八女提灯の老舗「伊藤権次郎商店」が、海外映画の美術セットや海外の商業施設とのコラボレーションなど、伝統工芸の枠を超えた異端の展開を見せている。
衰退が危ぶまれる工芸界において、なぜ同店あえて波紋を呼ぶような挑戦を続け、世界的な評価を獲得するに至ったのか。
伊藤権次郎商店8代目であり、株式会社クラフカルト代表取締役を務める伊藤博紀の歩みから、伝統技術を現代の空間演出やアートへと昇華させる独自の生存戦略を明らかにする。

商業施設での経験と海外での空間演出
伊藤権次郎商店は1815年に創業し、8代にわたって八女提灯の伝統を受け継いできた。伊藤さんは幼いころから家業を継ぐことを決めていたが、すぐには職人の道に入らなかった。彼がまず選んだのは、丸の内の企業やファッションビルでのプロモーションやマーケティングのキャリアだった。
「やっぱり工芸界というと、作るまでしか知らないというのが多いじゃないですか。たとえばマーケティングとか、プロモーションとか、どういうふうに販路を広げるかとか、そういう知識がないことのほうが大半なんで、僕は専門的に大学でそれを習って、一旦企業に就職したんです。その中でも僕がいたファッションビルって特殊で、全部やらされるところだったんで、全能力つくんですよ」
ファッションビルでの勤務経験を通じて企画力や予算管理、プロモーションのノウハウを身につけた伊藤さんは、その後海外へ。26歳のときには実写ディズニー映画の美術装飾を提灯で製作、Netflix UKではNetflixオリジナル映画では美術チームに参加した。図面を読み解き、提灯を含めた空間全体のライティングや演出を提案できる能力は、職人という枠を超えたクリエイターとしての彼の強みとなった。


守りと攻めを分ける2つの顔
満を持して家業に入った伊藤さんは、伝統的な提灯づくりを続ける一方で、これまでの工芸界にはなかった斬新なアプローチを次々と展開していく。しかし、老舗の看板を背負いながら奇抜な挑戦をすることにはリスクも伴う。そこで彼は、会社と肩書を分けるという戦略をとった。
「やっぱり老舗というのは守りには強いんですけど、攻めは弱いんですよ。新しいことやっちゃうと、批判とまではいかないにしても、あんまり変なことをやってしまうと昔から弊社とお付き合いがあるところには怒られちゃうので。そこで伊藤権次郎商店の名前は出さずに、工芸を崇拝する意味を込めてクラフカルトという会社を作り、受ける案件を分けています」
この柔軟な体制により、伊藤さんは多種多様な企業とのコラボレーションを実現させた。伝統を守る「伊藤権次郎商店」と、工芸の可能性を拡張する「クラフカルト」。2つの顔を使い分けることで、あらゆるジャンルの仕事を受け入れる土壌を作ったのだ。

海外での評価と引き算の美学
伊藤さんの活動は国内にとどまらず、海外の商業施設やインテリアの装飾にも及んでいる。海外での仕事は、日本の常識とは異なる価値観に触れる機会でもあった。ハワイのワイキキプラザで地下から1階までの吹き抜けに巨大な提灯を吊るすプロジェクトでは、現地のダイナミックな感覚に驚かされたという。
「1階にその巨大な提灯を吊るしたせいで、お店の入り口入ってすぐのコーヒーショップの看板が提灯で隠れてしまったんです。世界的な大手企業の看板を提灯で隠すなんて、日本の商業施設だったら絶対NGなところ、それでいいと言われたんですよ」
現地の責任者は「ここはハワイだ。隠れたぐらいで人が来ないなんてことはない」と笑い飛ばしたという。一方で、ヨーロッパでは日本の「引き算の美学」が深く理解されていると感じている。派手な装飾ではなく、余白の美しさや提灯の明かりが作り出すぼんやりとした空間の広がりに、ヨーロッパの人々は強い関心を示す。パリのパレロワイヤル(元王宮)ではアートパフォーマンスの装飾として提灯が採用された、そうした真の美を求める人々がいるからだという。


圧倒的な技術力と竹ひごへのこだわり
斬新な企画や空間演出が注目されがちな伊藤さんだが、その根底には職人としての確かな技術がある。八女提灯の特徴である、一本の竹ひごを螺旋状に巻いていく「一条螺旋式」の製法を熟知し、自らの手で提灯を作り上げている。近年は手間を省くために鉄線を使う職人も増えているが、伊藤さんは竹ひごにこだわり続けている。
「ある程度の大きさの提灯の場合、鉄線を使うととんでもない重量になるので、絶対竹ひごがいいんですよ。竹の方が圧倒的に軽くしなやかで強度もあり、錆びることもない。鉄線は折れはしないんですけど、重くなるとグニャっと変形しちゃうこともあるので」
また、提灯への絵付けも平面の紙ではなく、立体的な球体の状態で行う。平面で描くと提灯にした際に絵が歪んでしまうためだ。工芸界全体では自ら作れない経営者が増えるなか、全工程を高いレベルでこなせる伊藤さんの存在は異彩を放っている。

売らずに見せる「奇怪夜行」
提灯の需要が減少するなか、伊藤さんは「売る」こと以外の価値創出を模索し始めた。その一つが、自ら描き溜めた妖怪の提灯を使ったイベントである。最初は自身の工房に妖怪提灯を飾り、入場料をとって見せることから始めた。
「結局のところ、やっぱり提灯ってもう売れない。だからもう売らなくていいやとなって、でも売らないなりに稼がなくちゃいけないというところで、自分には企画する力があった。そこでまずは妖怪の提灯をこの工房の至るところに展示することから始めました」
この試みは徐々に規模を拡大し、現在では柳川市にある国の文化財「御花」を貸し切り、妖怪提灯の展示と怪談会を組み合わせた「奇怪夜行」というイベントにまで成長した。交通の便がよくない場所でありながら、毎年多くの客を集めている。提灯を商品として売るのではなく、空間演出の装置として体験を提供し対価を得るこの手法は、現代アートの文脈でも高く評価されている。
八女提灯組合の加盟数が減少を続けるなど、工芸界を取り巻く環境は厳しい。伊藤さんは「弊社が九州で一番古い提灯屋なんですけど、そこが一番はしゃいでおかないといけないですよね。一番の老舗が一番攻めたことをしないと伝統の世界ではクリエイティブは生まれない」と語り、あえて奇抜な挑戦を続けることで業界に刺激を与えようとしている。
伝統的な技術を極めながらも、それに固執することなく、空間演出やイベント企画という新たなフィールドで提灯の価値を再定義する。伊藤さんの歩みは、日本の工芸が現代においてどのように生き残り、世界と対峙していくべきかを示す一つの答えとなっている。







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