

城端に響き続ける、148年の機(はた)の音
松井機業の歴史は、初代・松井文次郎さんがこの地に機を据えたことから始まる。各代が時代の変化に対応しながら、その襷をつないできた。
しかし、その道のりは決して平坦ではなかった。絹の需要が激減し、多くの機屋が廃業していく苦しい時代もあった。それでも松井機業が「機の音を絶やさない」という信念を貫いてこられたのは、なぜか。6代目の紀子さんは、その原動力を「危機感」という言葉で表現する。
「織機が止まるということは、職人の技術も、文化も、町の誇りも止まるということ。絹が売れなくなったからといって、すぐにやめてしまえば、私たちが何百年も紡いできたものはそこで終わってしまいます。その危機感が強かった」
その強い想いがあったからこそ、壁紙としての「しけ絹紙」やインテリア素材といった新たな用途を開拓し、機の音を次代へと響かせ続けることができたのだ。
意外にも紀子さんは当初、家業である絹織物業に「衰退産業」「おばちゃんくさいもの」といったマイナスな印象を抱いていたという。その心が180度変わったのは、2009年の秋。父親に同行した訪問先でのことだった。父が相手先の社長と突如として始めた「お蚕談義」。そこで語られたのは、彼女が今まで知らなかった絹の奥深い世界だった。
蚕は「1頭、2頭」と敬意を込めて数えられること。その糸のアミノ酸組成は人肌に極めて近く、体内で溶ける手術糸にもなること。汗や尿の臭い成分を吸着し、優れた調湿機能まで持つこと——。
衰退産業どころではない、無限の可能性を秘めた素材であると知った瞬間、「目の前がキラキラとして、はじめて携わりたいと思いました」と紀子さんは振り返る。
その熱意はすぐに行動へと移る。帰省した正月に、父へ「戻ってきたい」と想いを伝えたのだ。自らの意志で見出した絹の可能性を胸に、彼女の挑戦が始まった。
2頭の蚕が紡ぐ、偶然の美「しけ絹」
松井機業のアイデンティティともいえる「しけ絹」。それは、2頭の蚕が共同で一つの繭をつくることによって生まれる、極めて特殊な糸から織られる絹織物だ。この糸は太さが不均一で、ところどころに節がある。その糸を織り上げることで、自然な「まだら」や「ゆらぎ」といった、唯一無二の表情が生まれるのだ。
現在、このしけ絹を織る技術を持つのは、国内でわずか2軒のみとされている。
「太さの異なる糸を組み合わせて織ることで、自然な表情が生まれます。このランダムさを意図的にコントロールするのが非常に難しく、熟練の技術が求められます」
風合いを損なわないための織機の調整や糸のテンション管理も極めて繊細だ。シャットル織機はしけ絹のような自然な乱れの表現に、ドビー織機は複雑で意匠性の高いテキスタイルのためと、目的によって使い分けることで素材の可能性を最大限に引き出している。
さらに、そのしけ絹を和紙と貼り合わせた「しけ絹紙」は、松井機業の技術の結晶ともいえる製品だ。精練、染色、そして貼り合わせという工程の中でも、特に難易度が高いのが「貼り合わせ」だと紀子さんは言う。
「絹と和紙という性質の異なる素材を、美しく、かつ均一に重ね合わせる必要があります。湿度や気温によって紙の伸縮加減が微妙に変わるため、今も職人が勘を頼りに手作業で貼り合わせています」
風合いを損なわない接着剤の選定にも細心の注意を払う。こうした妥協なきものづくりを支えているのが、糸繰りから、機織り、精練、染色までを一貫して行う生産体制だ。これにより、品質を安定させ、顧客の細やかな要望に応えることが可能になる。一方で、設備投資や職人の技術継承といった課題も常に抱えている。
「一貫でやるからこそ、妥協しないものづくりが可能になる——その価値を信じて続けています」
その言葉に、作り手としての矜持がにじむ。

伝統から革新へ。絹の可能性を拓く挑戦
かつては高級な反物として広く知られた城端絹だが、現代ではその価値は「素材としての芸術品」へと変化を遂げている。その独特の意匠性や風合いが、国内外の感度の高い建築家やデザイナーから再評価されているのだ。
松井機業は、この流れを的確に捉え、インテリア(壁紙・照明・ブラインド)と服飾の両軸で事業を展開する。一見、異なる分野に見えるが、そこには明確な狙いとシナジーがある。
「絹の風合いは、空間にも着る人にも豊かな体験をもたらします。インテリアと服飾、それぞれの分野で得た知見を相互に生かせるのが大きな利点です」
その象徴的な取り組みが、自社ブランド「JOHANAS(ヨハナス)」だ。このブランドでは、しけ絹が持つ自然な肌触りや通気性を生かし、美容・セルフケアの領域へと踏み出した。その背景には、紀子さん自身の経験もあった。
「私自身、重度の生理不順だったのですが、絹のお蔭で治ったので、健康面における絹の働きにも着目しています。美しさは内側から生まれるという考えのもと、女性の生活に寄り添うプロダクトとして、新たな価値を提案していきたい」
「しけ絹で、未来を織る」——産地の課題と、その先の夢
多くの伝統産業がそうであるように、松井機業もまた、後継者不足や原材料の調達難といった深刻な課題に直面している。
「特に高品質な国産の絹糸が減少しており、安定供給が難しくなっています。また、織機を扱える職人も年々減っており、技術の継承が喫緊の課題です」
と紀子さんは危機感を募らせる。
しかし、彼女はただ手をこまねいているわけではない。産地や大学と連携する一方、若手に自由な試作を任せるなど、技術だけでなく「考える感性」の継承にも力を注ぐ。
そんな彼女が見据える未来は、壮大で、そして温かい。
1つ目はすべてシルクのお宿をつくること。壁紙、照明、パジャマ、ベッドシーツまで、すべてをシルクでつくり、シルクを丸ごと体験できる場所だ。2つ目は、富山県民1人につき3頭ずつ、お蚕を育ててもらうことである。
さらに、文化財である旧城端織物組合事務棟の管理も担うことになり、そこを拠点に地元の人も観光客も一体となれる体験の場づくりを仕掛けていきたいと語る。

人と自然、過去と未来をつなぐ一本の糸
紀子さんにとって、しけ絹とはどのような存在なのだろうか。最後にそう尋ねると、彼女は少し考えてから、こう答えた。
「人と人、自然と人、過去と未来...をつないでくれる素材だと感じています。2頭の蚕が奇跡的に出会ってつくる絹には、それだけの力が備わっていると感じています。私にはなくてはならない大きな存在です」
伝統を守るだけではない。「しけ絹で、未来を織る」。その言葉通り、環境への配慮、心の豊かさ、そして地域経済への貢献といった社会課題にも寄与できる素材として、絹の可能性を信じている。お蚕のライフサイクルそのものが、彼女にとってのお手本なのだという。
城端の地で、今日もまた機の音が響く。それは、148年の伝統を未来へと織りなす、力強く、そして優しい音色だ。一本の糸が、人と自然、過去と未来をつなぎながら、新たな物語を紡いでいく。







