

名尾手すき和紙の原点は“農民の知恵”から始まった
名尾手すき和紙の歴史は、約330年前にこの土地の農民が、福岡・筑後で学んだ和紙技術を持ち帰ったことから始まる。名尾は平地が少なく、農業だけでは生計を立てにくい地域だった。農耕地不足を補うために身につけたのが、紙づくりという新たな技術だった。
その際、名尾に自生していた梶が原料として適していたことが、名尾ならではの和紙文化を育んだ。
紙を漉き、売り先を探し、仕事をつくる——すべてを自ら行う必要があったため、名尾では早い時期から“開かれた工房文化”が育った。提灯職人といった職人とともに、その用途に応じて紙の厚みや表情を調整してきた歴史は、現在の共創的な姿勢にもつながっている。
伝統を守ろうと肩肘を張るのではなく、「生活の延長として紙をつくり続けてきただけ」という自然体の姿勢こそ、名尾手すき和紙の原点だ。
300年生き続ける素材、梶と共にある和紙づくり
名尾で使われる原料は、クワ科コウゾ属の梶。一般的に和紙の原料として耳にする楮(こうぞ)と同じ分類だ。「私たちは原料のことを『梶(かご)』と呼びます。植物の学術的な分類が重要なわけではなく、私たちにとって名尾で育つ『梶(かご)』であることが本質」と語る。
人は代替わりするが、ここにある梶は300年も前から同じ土地で生き続けてきた存在だ。
名尾の職人にとって、梶はただの原料ではなく、「記憶を持つパートナー」のような存在である。
季節ごとに葉は姿を変え、台風が来れば自然に枝は整理される。農薬を使わず草を刈る程度の世話しかしないという梶は、土地そのもののリズムで育ち、加工され、紙になる。
植物の変化を見つめる時間そのものが、名尾の紙づくりに欠かせない「季節の観察」であり、仕事の根幹を形づくっている。

和紙を取り巻く“環境そのもの”を作品にする
名尾手すき和紙の工房を訪れると、空間自体が紙づくりの世界観に包まれている。和紙を漉く音や工房周辺の自然音を録音し、それらをもとに“アンビエント音”を流すなど、紙という素材を超えた表現が展開されている。
漉き込む素材も多様だ。有田焼の陶石、畑の泥、縄文遺跡から出土した貝殻など、土地に眠る素材を微粉末にして紙とともに漉き込むことで、色や質感が劇的に変化する。
光の入り方や湿度によっても紙の表情は変わり、同じ空間でも朝と夕方でまったく違う風景が立ち上がる。
奥へ進むと一面に和紙が使用された部屋があり、訪れた人が紙の上に座り、触れ、踏みしめ、部屋の変化を体験できるのは、名尾が「紙はストーリーと環境を伴って初めて完成するもの」と考えているからだ。紙の裏側に宿る土地の記憶まで含めて“作品”として扱う姿勢は、伝統工芸の枠を軽々と超えている。
外部との協業が名尾のアーカイブを呼び覚ます
名尾手すき和紙には、紙だけを購入する客はほとんどいない。必ず工房を訪れ、土地の環境を感じ、職人と会話しながら紙の構想を練る。
この「一緒に紙を考える」プロセスが、名尾にとって重要な創作の源泉となっている。
驚くべきことに、過去に名尾で行われていた昭和の技法やアーカイブ的なサンプルが、外部のデザイナーや職人に“新鮮な発見”として受け取られることが多いという。谷口さんは「外の視点が、自分たちの歴史を掘り起こしてくれる」と語る。
共創は名尾の制作の幅を広げるだけでなく、眠っていた歴史を再び作品として甦らせる役割も果たしている。

野生の思考で未来をつくる 素材屋として生きる名尾のこれから
谷口さんが紙づくりを「楽しいから続いている」と語る背景には、大学時代に出会ったレヴィ=ストロースの『野生の思考』がある。
身近な素材を組み合わせ、生活をつくっていく“ブリコラージュ”という考え方は、名尾のものづくりと深く重なる。
名尾の紙づくりは、道具も工程もプリミティブで、電気がなくとも成立するほど原始的だ。
「根っこがしっかりあるから、新しいことをしても揺らぐことなく枝葉を伸ばしていける」
谷口さんはそう語り、紙づくりを通じて“民具のような日用品”を自分たちの手でつくり出す未来を描いている。
伝統を守るのではなく、楽しみながら変化する。300年以上変わらず名尾に根を張る梶のように、名尾手すき和紙はこれからも自由な発想で進化し続けるだろう。






