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300年続く名尾手すき和紙:梶の木が支える和紙文化
2026.02.11
300年続く名尾手すき和紙:梶の木が支える和紙文化

佐賀県佐賀市

名尾手すき和紙株式会社
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谷口 弦

名尾手すき和紙 七代目。服飾業界を経て家業を継ぎ、和紙制作と作家活動を行い、国内外で個展やグループ展に参加している。

名尾手すき和紙

梶の木を自ら栽培し、その繊維を原料に手作業で紙を漉き、用途に応じて厚みや表情を調整する工程で作られる。素材は名尾に自生する梶を中心とした植物繊維で、提灯などの工芸用途やプロダクトとして使われる。

佐賀県の山あいにある名尾地区で、約330年にわたり受け継がれてきた名尾手すき和紙。和紙の原料となる梶を自ら栽培し、紙を漉き、プロダクトまで手がける希少な存在だ。伝統工芸の枠に収まらない自由な発想と、土地の素材を使いこなす姿勢は、和紙の未来に新たな光を投げかけている。
300年続く名尾手すき和紙:梶の木が支える和紙文化
佐賀県の山あいにある名尾地区で、約330年にわたり受け継がれてきた名尾手すき和紙。和紙の原料となる梶を自ら栽培し、紙を漉き、プロダクトまで手がける希少な存在だ。伝統工芸の枠に収まらない自由な発想と、土地の素材を使いこなす姿勢は、和紙の未来に新たな光を投げかけている。和紙を「楽しむもの」と語る谷口弦さんに、その思想と実践、そして名尾手すき和紙がつくる“これから”を聞いた。

名尾手すき和紙の原点は“農民の知恵”から始まった

名尾手すき和紙の歴史は、約330年前にこの土地の農民が、福岡・筑後で学んだ和紙技術を持ち帰ったことから始まる。名尾は平地が少なく、農業だけでは生計を立てにくい地域だった。農耕地不足を補うために身につけたのが、紙づくりという新たな技術だった。

その際、名尾に自生していた梶が原料として適していたことが、名尾ならではの和紙文化を育んだ。

紙を漉き、売り先を探し、仕事をつくる——すべてを自ら行う必要があったため、名尾では早い時期から“開かれた工房文化”が育った。提灯職人といった職人とともに、その用途に応じて紙の厚みや表情を調整してきた歴史は、現在の共創的な姿勢にもつながっている。

伝統を守ろうと肩肘を張るのではなく、「生活の延長として紙をつくり続けてきただけ」という自然体の姿勢こそ、名尾手すき和紙の原点だ。

店舗や工房には当時の写真がいくつも飾られている
店舗や工房には当時の写真がいくつも飾られている

300年生き続ける素材、梶と共にある和紙づくり

名尾で使われる原料は、クワ科コウゾ属の梶。一般的に和紙の原料として耳にする楮(こうぞ)と同じ分類だ。「私たちは原料のことを『梶(かご)』と呼びます。植物の学術的な分類が重要なわけではなく、私たちにとって名尾で育つ『梶(かご)』であることが本質」と語る。

人は代替わりするが、ここにある梶は300年も前から同じ土地で生き続けてきた存在だ。

名尾の職人にとって、梶はただの原料ではなく、「記憶を持つパートナー」のような存在である。

季節ごとに葉は姿を変え、台風が来れば自然に枝は整理される。農薬を使わず草を刈る程度の世話しかしないという梶は、土地そのもののリズムで育ち、加工され、紙になる。

植物の変化を見つめる時間そのものが、名尾の紙づくりに欠かせない「季節の観察」であり、仕事の根幹を形づくっている。

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和紙の原料となる梶の木
和紙の原料となる梶の木

和紙を取り巻く“環境そのもの”を作品にする

名尾手すき和紙の工房を訪れると、空間自体が紙づくりの世界観に包まれている。和紙を漉く音や工房周辺の自然音を録音し、それらをもとに“アンビエント音”を流すなど、紙という素材を超えた表現が展開されている。

漉き込む素材も多様だ。有田焼の陶石、畑の泥、縄文遺跡から出土した貝殻など、土地に眠る素材を微粉末にして紙とともに漉き込むことで、色や質感が劇的に変化する。

光の入り方や湿度によっても紙の表情は変わり、同じ空間でも朝と夕方でまったく違う風景が立ち上がる。

奥へ進むと一面に和紙が使用された部屋があり、訪れた人が紙の上に座り、触れ、踏みしめ、部屋の変化を体験できるのは、名尾が「紙はストーリーと環境を伴って初めて完成するもの」と考えているからだ。紙の裏側に宿る土地の記憶まで含めて“作品”として扱う姿勢は、伝統工芸の枠を軽々と超えている。

部屋一面に和紙の貼られた部屋
部屋一面に和紙の貼られた部屋

外部との協業が名尾のアーカイブを呼び覚ます

名尾手すき和紙には、紙だけを購入する客はほとんどいない。必ず工房を訪れ、土地の環境を感じ、職人と会話しながら紙の構想を練る。

この「一緒に紙を考える」プロセスが、名尾にとって重要な創作の源泉となっている。

驚くべきことに、過去に名尾で行われていた昭和の技法やアーカイブ的なサンプルが、外部のデザイナーや職人に“新鮮な発見”として受け取られることが多いという。谷口さんは「外の視点が、自分たちの歴史を掘り起こしてくれる」と語る。

共創は名尾の制作の幅を広げるだけでなく、眠っていた歴史を再び作品として甦らせる役割も果たしている。

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野生の思考で未来をつくる 素材屋として生きる名尾のこれから

谷口さんが紙づくりを「楽しいから続いている」と語る背景には、大学時代に出会ったレヴィ=ストロースの『野生の思考』がある。
身近な素材を組み合わせ、生活をつくっていく“ブリコラージュ”という考え方は、名尾のものづくりと深く重なる。

名尾の紙づくりは、道具も工程もプリミティブで、電気がなくとも成立するほど原始的だ。

「根っこがしっかりあるから、新しいことをしても揺らぐことなく枝葉を伸ばしていける」

谷口さんはそう語り、紙づくりを通じて“民具のような日用品”を自分たちの手でつくり出す未来を描いている。

伝統を守るのではなく、楽しみながら変化する。300年以上変わらず名尾に根を張る梶のように、名尾手すき和紙はこれからも自由な発想で進化し続けるだろう。

名尾手すき和紙の工房には、和紙という素材を超えた豊かな世界が広がっている。梶の木の成長を見つめ、土地の素材をすくい取り、来訪者とともに紙を形づくる。そのすべては「楽しむため」にある。伝統は守るものではなく、楽しさによって自然に続いていく——名尾の紙はその考え方を静かに証明している。
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