



電子レンジや食洗機に対応した漆器「URUSHICA」。現代の暮らしに沿う画期的な機能を備えた漆器だが、その誕生の背景には、伝統工芸の職人とテクノロジーの専門家が対話を重ねた開発の物語がある。
寛政5年創業の老舗漆器メーカー・漆琳堂は、約10年前に大学との共同研究を通じて新たな漆器づくりの可能性を模索していた。一方、ZOZO NEXTは、デザインやテクノロジーを通じてものづくりに新たな価値を生み出す研究開発に取り組んでいた。
異なる領域で挑戦を続けてきた両者は、どのように出会い、互いの知見をどう掛け合わせながら、これまでにないプロダクトを形にしていったのだろうか。
漆琳堂8代目代表・内田徹氏と、ZOZO NEXTのプロダクトデザイナー・彭梓涵氏へのインタビューをもとに、「URUSHICA」が生まれるまでの試行錯誤と、伝統工芸とテクノロジーが交わることで見えてきた新たな可能性を紐解いていく。

「次のステップ」を探した日々、出会いは撮影現場での雑談から
福井県鯖江市。1500年の歴史を持つ越前漆器の産地で、漆琳堂は寛政5年の創業以来、長きにわたって漆器業を営んできた。8代目代表の内田氏は、食洗機に対応する「越前硬漆」を大学と共同開発するなど、革新的な取り組みを続けてきた。しかし、約10年前に行ったその研究から、次の一歩をどう踏み出すべきか、漠然とした停滞感を抱えていたという。
転機は、ZOZO NEXTとの仕事で訪れた。Artisanの取材・撮影で初めて顔を合わせた両者。2日間の撮影を終え、まさに帰り際というタイミングだった。担当から社内で研究開発を行っているという話を耳にした内田氏の中で、心に引っかかっていた点と点がつながった。
「私たちも産学官連携といったかたちで漆の研究を進めてはいたんですが、それももう10年ぐらい前の話で。そこから今まで、あまり次のステップに踏み出せていなかったので、そういう状況についてZOZO NEXTさんと話をしたら、じゃあちょっと一緒にやりたいですねと話が盛り上がって、一緒にスタートさせる方向になりました」(内田)
この偶然の対話が、伝統工芸の老舗とテクノロジー企業という異色のタッグを生み出すきっかけとなった。それは、漆琳堂が長年探し求めていた「次のステップ」への扉を開く瞬間でもあった。

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デザインの壁——「やりすぎ」を避けるための引き算
共同研究の末に生まれたプロダクト「URUSHICA」。そのデザインを手がけたのは、ZOZO NEXTのプロダクトデザイナー、彭氏だ。彼は、食器のデザインの難しさを「機能が単一でサイズも小さいため、限られたボリュームの中で美しさを表現しなければならない」点にあると語る。象徴的な要素を安易に取り入れれば、過度な装飾に陥りやすい。
そこで彭氏が着目したのは、奇をてらった形ではなく、漆器そのものの「表面」だった。記号的なデザイン表現をあえて避け、器の表面を3次曲面で構成することで、漆の美しさを最大限に引き出すというアプローチを選択したのだ。
「限られた体積の中で象徴的な要素をデザインするのは容易ではなく、装飾要素が過度になりがちです。そのため今回は漆器の表面処理に重点を置きました。3次曲面によって光と影の流れを際立たせることで、漆器の美しさを最大限に表現しています」(彭)
このデザイン哲学は、プロダクトに静かな、しかし確かな存在感を与えた。流れるような曲線が生む光と影のグラデーションは、漆が本来持つ深い艶や質感を際立たせ、見る者に多様な表情を見せる。それは、足し算ではなく引き算によって本質的な美を追求する、洗練された答えだった。

製造の壁——0.1mm単位でせめぎ合う、理想と現実
ただし彭氏が描いた流麗なデザインは、製造現場に新たな挑戦を突きつけた。そもそも、今回ベース素材に採用されたのは木地ではなく耐熱性樹脂。それに漆を密着させること自体が、従来の常識を覆す試みだ。共同研究によって新しい塗装プロセスが開発されたものの、それを美しい製品として結実させるには、デザイナーと職人の間で幾度となく「せめぎ合い」が繰り返された。
特に困難を極めたのが、有機的な曲面形状への塗装だった。普段の塗りとは異なる技術が求められる挑戦だったが、漆琳堂の職人たちは、その挑戦が漆の新たな魅力を引き出すと感じていた。
「そういう曲線が、漆の艶や塗膜の光沢といった面白さを引き出してくれているように感じました。独特な陰影によって、漆の持つ魅力や良さがより際立った商品になったと思っています」(内田)
デザインの実現には、0.1mm単位での形状設計が求められた。彭氏は、製造上の制約と自身のデザインとのバランスを取る難しさをこう語る。
「最大の難しさは、自分の思い描くデザインとそれが実際に製造可能かどうかというところのバランスを取ることです。最終的には、自分が納得し、塗りを施す漆琳堂さんも製造可能と判断し、さらに耐熱樹脂の成形を担当する側も実現可能と判断する案に仕上げなければなりません。これは非常に難しい作業です」(彭)
デザイナーの理想、漆器製造の知見、そして素材の特性。3者の対話と妥協点を探る粘り強い作業の末に、「URUSHICA」の唯一無二のフォルムは生み出されたのだ。


協業が拓いた地平——「科学」が裏付けた漆のポテンシャル
このプロジェクトは、単に新しい製品を生み出しただけではない。ZOZO NEXTとの共同研究は、これまで職人の経験と感覚に頼ってきた漆の特性を、科学的に解き明かすという副産物をもたらした。漆が潜在的に持つ耐久性や耐熱性がデータによって裏付けられ、従来は塗りにくかった素材への密着性も向上させることができた。
この発見は、漆の可能性を大きく広げるものだ。漆琳堂にとっても、伝統的な器だけでなく、さまざまなプロダクトに漆の価値を付加できる道筋が見えてきた瞬間だった。
内田氏も、漆が持つ本質的な価値に改めて光が当たったと感じている。天然素材であり、循環型であること。漆は、現代社会が求めるサステナビリティという価値観を、何百年も前から体現してきた素材なのだ。
「漆ってそもそもが天然の素材で、循環型のサステナブルな塗料でもあります。そうした点は、これからの環境を考えた上でも非常に貴重な材料だと考えています。単にその特性を売りにするのではなく、何らかのプロダクトに施すことで、付加価値として『このような素材である』ということを示すのは、漆器のこれからの未来を語る上で重要な要素になると思います」(内田)
テクノロジーとの融合は、伝統を過去のものとして保存するのではなく、未来へとつなぐための強力な推進力となる。今回の協業は、その事実を明確に示していた。
漆琳堂とZOZO NEXTの旅は、一つのプロダクトの完成では終わらない。むしろ、ここからが新たな始まりだ。来たる展示会への出展を前に、内田氏の言葉は期待に満ちている。彼がそこで求めるのは、単なる商談相手ではない。新たな化学反応を生む、未知のパートナーだ。
「私たちが普段参加する展示会は、主にバイヤーとの商談や新規顧客の獲得を目的としたものが中心です。一方で、今回のように新しい技術やデザイナー、アーティストとともに展示を行う機会は初めてでした。だからこそ、とても楽しみにしていますし、漆という素材にどのような新しい可能性が見えてくるのか、大きな期待を抱いています」(内田)
一つの偶然の出会いが、約10年に及ぶ停滞感を打ち破り、伝統工芸の新たな地平を切り拓いた。この「最初の一滴」は、次にどんな豊かな水を呼び込むのだろうか。「URUSHICA」の挑戦は、未来の作り手たちへの力強いエールでもある。


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