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【第3回】人間国宝・前田昭博の挫折と挑戦
2025.12.14
【第3回】人間国宝・前田昭博の挫折と挑戦

前田 昭博

重要無形文化財「白磁」保持者。日本工芸会参与・大阪芸術大学客員教授。白磁の制作を通じて、ろくろ技術による造形表現を追求している。

白磁

ろくろを用いて成形し焼成する工程で作られる磁器で、白色の素地と釉薬による光沢が特徴。主に陶石を原料とし、不純物を取り除いた白い素材を使用する。器や美術作品として用いられ、鑑賞および日常使用の両面で価値を持つ。

大学の卒業制作で白磁壺を仕上げた前田昭博さんは、卒業後に地元鳥取市に工房を構えたが、大きな壁に直面する。第3回では、陶芸家として歩み始めた前田さんが、大学では気づかなかった厳しさと向き合う姿を描く。
【第3回】人間国宝・前田昭博の挫折と挑戦
大学の卒業制作で白磁壺を仕上げた前田昭博さんは、卒業後、満を持して工房を地元鳥取市に構えた。ここから精力的に白磁を制作していくかと思いきや、これまでの自信を失うような大きな壁に直面することになる。だがその失敗が、前田さんにとってはひとつの転機となった。
第3回では、前田さんが陶芸家としての道を歩み始め、大学生活では気づかなかった陶芸の厳しさと向き合う姿を見ていく。陶芸家の家系でもなく、窯業地でもない場所で、陶芸家としてやっていける実力をいかにして証明してきたのか。
<前回は、大学での陶芸経験を通じて前田さんが白磁を極める決意に至る過程をお伝えしました。詳しくはこちらをご覧ください。>

試行錯誤の毎日

制作工程のすべてをひとりで担わなければならない。そうした過酷な現実に直面した前田さんは、一心不乱に白磁と向き合った。誰かに頼ることもせず、わからないことはわからないなりに、試行錯誤しながら取り組むしかなかった。時間はかかるが、失敗から学ぶことで、自分の中の悩みをひとつずつ解決してきた。

だがある日、これまでの努力が水の泡になるような、大きな挫折を味わったという。

「自分なりに失敗を重ねながら技術を身につけてきたと思います。そういった日々のなかで一番堪えたのは、独り立ちして10年ほど経った頃のことですかね。

僕が使っている窯は、3ヶ月分の制作物が一度に入る大きさなんですよ。焼成をしている最中は内部を見ることができないものですから、いつも祈るような気持ちで窯を焚きます。

焼成が終わって窯出ししたときに、自分でも想像できないような美しい白磁が出てきてほしいと願います。火を止めてから3日ほどかけて冷まし、窯を開けるときは待ちきれずに朝一で取り出します。

するとね、ほんとに今でも思い出したくもないのですが、その3ヶ月分の作品すべてにヒビが入っていたんですよ。あのときは本当に堪えましたね」

これまでの努力が一瞬にして水の泡になった瞬間だった。最後の最後で作品がボツになってしまう辛さは、想像を絶するものだろう。前田さんも、どうしたらヒビが入らなくなるのかということを考える以前に、そのときはもはや制作に取り組む気力すらも失ったと心中を吐露してくれた。

二度と失敗はしないという覚悟

今でこそ若き日の思い出なのだろうが、当時の前田さんはこの失敗を機に、あらためて白磁に対する思いを確認したという。

「本当に辛い経験でした。3ヶ月って、時間としては長いですよ。その期間のうちには、夜なべをして作ったものもありますから。

だからといって、ここで白磁を投げ出そうという気持ちにはならなかったですね。他にやりたい仕事があったわけじゃないし、むしろ本当に白磁が好きなんだってことに気づかされました。

そこでふと考えたんですね。陶芸家として一生を白磁に捧げるなら、3ヶ月って実は点くらいのものでしかないのではと。それなら二度と同じ失敗をすることがないようにと覚悟を決めました。作家生活の早い段階で作品にヒビが入るという経験ができたのは、今となっては儲けものだったと思っています」

白磁を愛する気持ちが前田さんを鼓舞した。大学に入学して、真摯に轆轤(ろくろ)に取り組んだ姿を思い出すように、今度は白磁のすべてを知ろうと向き合っていく。そしてこの出来事が、白磁作家としてのプライドを掻き立てることになった。

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技術を極限まで磨き上げた前田さんの作業場
技術を極限まで磨き上げた前田さんの作業場

全国コンクールへの挑戦

前田さんは作品づくりにおいて、2つの目標を掲げてきた。ひとつは、毎年、ギャラリーなどで作品を発表すること。もうひとつは、全国規模のコンクールに出品して、自分の実力を世に問うことだった。

そうした目標を自らに課すのは、前田さん自身の活動環境や出自が大きく関係している。窯業地ではなく、陶芸一家の出身でもないという不利な状況において、はたして陶芸家としてやっていけるのかという不安が心の奥底にあったようだ。だからこそコンクールでの入賞が、他者から陶芸家として認められたことを実感する唯一の手段となっていた。

ひとつの転機を迎えたのが、37歳のときに出品した日本陶芸展だった。

「この陶芸展は日本で一番大きく、2年に1度しか開催されないものでした。出品者のほとんどが、プロの作家です。

入選することすら難しいにもかかわらず、大賞に次ぐ優秀賞をいただくことができました。このコンクールで賞を取れたとき、もしかしたら一生陶芸をやっていけるのではと思えた瞬間でもありましたね」

前田さんは、当時の状況をマラソンに例えてくれた。「マラソンで言うと、最後尾にいたようなものです。後ろから数えたほうが早い位置にいて、棄権する可能性すらありました」と振り返る。

優秀賞を取れたことに驚きと喜びを感じながらも、前田さんは浮き足立つこともなく自身の白磁に対する向き合い方を客観視していた。

「あらためて思うのは、僕は技術がなかったけれど、白磁を作りたいという情熱だけは誰にも負けていませんでした。

大学を出て、もう15年くらいになっていましたかね。その間に何度も失敗し、挫折して挫けそうになりました。普通だったら誰かに相談すると思います。どうするんだって聞いたほうが早いですからね。

でも、そうじゃなくて僕は白磁に必要な知識や技術を時間をかけながら独自に身につけてきました。それが結果的に良かったのかな」

誰かの下で、体系的に焼き物の歴史や技術を学べば、ずっと簡単に知識は身についただろう。だが、その作品が人の心を捉えるかは、また別の問題だ。

前田さんの作品が優秀賞を取れたのも、その作品の背後にある作家の葛藤や作品への強い想いが審査員には感じ取れたのだろう。

1995 白瓷捻面取壺 撮影:斎城卓
1995 白瓷捻面取壺 撮影:斎城卓

(第4回では、前田さんの白磁に見られる美の根源をお送りする)

#Artisan#人間国宝#鳥取#伝統工芸#白瓷#歴史#日本文化#技術
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