


人間国宝としての心境の変化
2013年にその功績が認められ、前田さんは人間国宝になった。伝統工芸に携わる者としてこれ以上ない評価だが、あるとき前田さんは、小学生から投げかけられた「前田さんの最終目標は何ですか」という問いにハッとさせられたという。
「人間国宝になって、かつてのグループ・サウンズのようになりたいと思いました。一昔前グループ・サウンズの演奏ライブを鑑賞した人たちが、そのカリスマ性に感化されて、涙を流していましたよね。
それと同じように、僕の作品に見惚れて、その場に何分も立ち止まるような白磁を作りたいと思っています。それが初心でもあったのですが、あらためて小学生の言葉に気づかされました」
この小学生の質問はある種のお叱りだったと振り返る前田さんは、白磁に向き合いながらも、人間国宝として工芸全体の活性化に向けた活動も展開するようになる。

若手や地域への恩返し
最近は伝統工芸に限らず、後継者不足や地方の過疎化が問題視されている。前田さんは、若い頃に多くの人に支えられた恩返しをしようと、現在「工芸村」の創出に携わっている。
「この地域では、空き家の増加が問題になっています。そこで市や県と協力して、県外から若い工芸家を呼び込む補助金制度を開始しました。かれこれ10年になり、現在では十数人の工芸家が集まる地域となりました。毎年工芸祭りを開催して、日本だけでなく、世界に伝統工芸を発信していく取り組みを行っています」
やる気のあふれる作家だけでなく、近隣住民も皆、芸術活動や工芸活動を積極的に応援している。この活動には、前田さんの若手に対する支援の気持ちも含まれていた。
「若いときは本当にお金も技術もなく、周りの人に支えられてここまでやってこられました。ですから、今度は僕が若い世代の意欲的な人たちのお手伝いができれば、と思って活動をしています」
とはいえ、最終的にはその人自身に覚悟があるかどうかだと話してくれたが、自分がやりたいことができるだけでも幸せだという思いもあり、作家ならではのもどかしさに似た気持ちもあるようだった。

提供:一般社団法人西郷工芸の郷あまんじゃく 撮影:長谷裕太郎
伝統工芸の現場と未来
前田さんの活動の裏には、伝統工芸を取り巻く環境の変化があった。
昔は日本の伝統工芸を応援したいというファン層が一定数あり、工芸展を開催すると作品が売れ、作家は次の作品づくりに向かうことができた。ところが、現在はそうした余裕のある社会ではなくなり、展示会に足を運ぶ人も少なくなったという。
「作家さんも生活をしなければなりません。そのため、自分の作品を作るよりも、注文を受けて量産品を作る機会が大きくなります。僅かな時間を見つけては作品を作り、展示会に出すという苦しい生活を強いられている現状があります」
少しでも作家が作品づくりに集中できる環境を作り上げる。それが前田さんの思い描く伝統工芸の未来だ。
「自分の作った作品が売れる、応援してくれる人がいるという成功体験があれば、陶芸家になって良かったと思えますし、自分の作品が残っていく実感が湧きます」と前田さんは語ってくれた。この状態が続けば、伝統工芸の技術が受け継がれないという問題も起こってくる。

将来への希望
伝統工芸を取り巻く環境は、決して明るいとはいえない。それでも、前田さんの目は未来を見つめていた。それは「夢を持つ」ことが人間の原動力だからだという。これまで前田さんが出会ってきた人たちは、伝統工芸に魅せられたからこそ、そのすべての過程を受け入れていた。
「皆さん、苦しいとかお金がないなどと言いながらも、どこかで楽しんでいるんだと思います。ものづくりを最後まで諦めずに、自分がイメージした作品に一歩でも近づきたいという気持ちが勝ってしまうのでしょうね」
その諦めずに続けてきた成功例として、前田さんは自身の歩みを語り継いでいる。「僕でもやれたから」と勇気を与えるという意味合いもあるというが、若手に向けての大切なメッセージをいただいた。
「僕は相撲取りが四股を踏むように、日々白磁に向き合っています。何も考えずに過ごしていたら、何の進歩もない一日になってしまいます。少しでも前に進んでいかなければなりません」
白磁への思い
白磁に出会い、人間国宝にまで上り詰めた前田さん。今、彼は白磁に対してどのような思いを寄せているのだろうか。
「今でも白磁の魅力に取り憑かれています。器って、毎日使うものもあれば、年に1度しか使わないものもあります。いつかこれに花を生けようと思って選んでくれたものも、結局は使われなかったものも、どれも素敵だなと思っています。
これに出会えて本当に良かったと思っていただけるような器。それを選んでくれる人にも、これからも出会っていきたいです」
人間国宝になると、どうしても対外的な活動も増えてしまう。そういったなかで作品づくりに向き合う時間は、やはり至高のようだ。
「やはり仕事場で白磁づくりをしているときが、自分が自分でいられる時間だと感じますし、仮に良いものができなくても、自分の生きている時間を白磁に充てられたら最高ですね。仕事をしているというよりも、白磁が私の人生そのものという思いです」
幼少期に興味を持った版画から始まり、さまざまな出会いを経て人間国宝にまで上り詰めた前田さん。その制作活動の裏には、昨今の生成AI時代とは逆を行くような内省と試行錯誤という自己との向き合いがあった。自身の心に耳を傾ける純粋な気持ちが、前田さんを人間国宝まで、そしてその先へと導くのだった。
取材協力:GALLERY JAPAN





