


想像力を喚起する白磁
私たちが前田さんの白磁に対峙するとき、その造形美は作品のほうから語りかけてくるように感じる。心眼と言えばいいのか、目には見えない風景がそこには浮かび上がるのだ。白磁という存在は単なる器ではなく、人々の想像を掻き立てる芸術品であり、それこそが前田さんの狙いでもあった。
「白磁の白さの中には、五彩があると思っています。さらには、色を感じるだけでなく、朝昼晩と差し込む光の変化によってもたらされる陰影から、その時々でさまざまなイメージを喚起させてくれる作品が最高のものだと感じますし、そこに近づくために毎日白磁に向き合っています」
中国の唐の時代から、絵を描くだけが表現ではなく、あえて描かないという技法が確立され、それが高い評価を受けてきた。前田さんは、白い器の造形に余白の美を感じさせ心を豊かにする何かがあるという。
「たとえば、モノクロ-ムの版画や水墨画などで、雪が積もった木々や山道を表現しますよね。描かれない余白が和紙の白さと相まって、雪が積もっているように見えるのが魅力的ですし、その雪の下には、春の訪れを知らせる芽が出てきているだろうなどと想像するのも素晴らしいですね」
余白の美学は、決して絵画に限定されるものではなかった。むしろ白磁の白さが余白そのものであり、そこからは無数のイメージや感情が呼び起こされることに前田さんは気づいていた。
鳥取の自然からインスピレーションを受ける
前田さんが理想とする白磁のイメージを確立するためには、これまでの経験もさることながら、鳥取という場所の情景が不可欠だった。前田さんが白磁でやっていけると確信した時、そこには目を奪われるような光景が広がっていたという。
「鳥取は曇天の日が多く、柔らかい日差しが障子を通して入ってくるんですね。その日の光が磁器に当たり、光と影による陰影が時間と共に移り変わっていくのを見て、私には白磁しかないと思いました」
この場所が前田さんに与えた影響は、それだけではなかった。土地の風土も作品づくりにおいて重要な要素なのだ。たとえば沖縄で制作すれば沖縄のカラッとした明るい日差しや文化が反映され、佐賀の有田町で制作すれば、有田焼のひとつとして認知されてしまう。
だが、前田さんが工房を構える鳥取市は、そうしたものとは無縁の場所だった。それは挑戦的なことでもあったが、有利に働いた側面もあったようだ。
「ここは民芸の盛んな地で、しっとりとした土物にあふれている所です。僕にとって心地のよい焼き物を作りたいという想いが、陶器から磁器までそれぞれの良いところを取り込みながら制作していくことに繋がりました。
東京からも距離がありますので、はやりのものに惑わされず、自分の好きなものに向き合える環境も大きかったと思います」
自然が魅せる官能的な美を作品に反映させる。そのために前田さんが見出したのが、今では彼の代表的な技法である「面取り」だ。


常識を打ち破る技法
前田さんが制作する白磁が魅せる佇まいの秘密は、これまで誰も行ってこなかった「白磁で面取りをする」というものだった。従来、そうした大胆に面を取ると作品にヒビが入るため、ご法度とされてきた。常識にとらわれない自由な発想が得られた理由を、前田さんはこの鳥取という場所にあると語ってくれた。
「ひとりで白磁に向き合ってきたのが大きいかもしれないですね。アドバイスをしてくれる人が周りにいなかったので、とにかく自分が表現したいことをやってきました。傷が出るものもあれば、まったく出ないものもあって、どうしたら上手くできるのかを考えていくうちに、今の形になっていきました」
前田さんは失敗を繰り返しすぎて、このままでは陶芸家として生計を立てていくのは難しいのではないかとも考えたという。だが「創造する作業において、失敗は必ずしも失敗ではなく、新たなものを生み出すための必然的なことだ」と気づけたのが大きな転機だったと振り返る。
あえて教わらないという選択
通常、陶芸学校の先生や作家に弟子入りをして、その歴史や技法を学んでいくというのが伝統工芸の世界の出世ルートだった。だが、前田さんは誰の下にも入らなかった。
その経緯を聞かれるたびに、前田さんはこのように考えていると話す。
「よく言われるのが、師匠の下で身につけた技術を自分のものに昇華するまでには10年以上はかかると言います。作品づくりをしても、師匠の技ですねと見られてしまうので、そこから抜け出すのがまた一苦労です。
僕の場合はそれがない代わりに、よちよち歩きで始めるしかなかったんです。ですがそれは遅かれ早かれ誰しもが歩む道であり、僕はただ早いうちからひたすらに自分の道を歩み続けました。最終的に、作家は誰も作ったことがない、自分だけのものを創作していくアーティストですから」
この考えは年々強くなっていったようだ。前田さんが数年ほど前に読んだ本の中に「芸術とは素材を形にすること」とあり、妙に納得したという。
「磁器や陶器、漆などの伝統工芸においては、技術もさることながら、素材の持っている特徴や魅力をうまく引き出せるかどうかが、良い作品になるかの分かれ目になります。何度か繰り返していると、あるとき作家独自の個性が作品の中に溶け込んでいく瞬間というのがあるんですよ」
自分と作品が一体となる。それが伝統工芸のひとつの到達点だった。そこにたどり着いたとき、人間国宝 前田昭博が誕生する。

(最終回では、人間国宝となり、あらためて伝統工芸の現状や白磁に対して巡らせた思いを語っていただく)





