


初めての轆轤挽き
大学で陶芸を専攻すると、避けて通れない技術のひとつに轆轤(ろくろ)成形があった。陶磁器の制作においては、これがすべての要となる。これまで図画工作や絵画に取り組んできた前田さんは、轆轤に触れるのが初めての経験だった。
「初めはなかなか轆轤をうまく挽くことができなかったんですよ。諦めようかと思ったくらいですから。でも、課題を提出しないと進級できませんから、必死になって取り組みました。そうするうちに、少しずつその楽しさがわかってきました」
一度コツを掴めば、あとは練習するのみだった。毎回の課題が楽しみになるほど、前田さんは轆轤挽きに惹かれていったという。大学の講義では基礎的なものしか学ばなかったが、3年生の夏には、高さ30cmを超えるほどの壺も挽けるようになっていた。
「僕は田舎から出てきたので、お金もなかったし、友達付き合いも得意じゃありませんでした。ですから、実習室でひたすら轆轤に向き合っていたら、いつの間にか上手になっていたんだと思います」
黙々と目の前の轆轤に向き合っていると、運命的な出会いが前田さんに訪れた。
白磁との出会いとその衝撃
転機が訪れたのは、前田さんが大学3年生の秋学期のことだった。
「講師の先生が、教室で真っ白な粘土で轆轤を挽いておられたんですよ。小柄な先生でしたけれど、体全体でひとつの土の塊を挽き上げている姿は、すごく感動的でした」と前田さんは当時の状況を描写してくれた。
「窯から出てきた作品を見ると、本当に真っ白な焼き物だったんです。今まで見た焼き物にはない魅力を感じたのをはっきりと覚えています。
先生が、磁器の轆轤は陶器とは違う大変さがあると言われるんですよ。その頃は、僕も轆轤が挽けるようになっていたので、興味本位で磁器土を取り寄せてみたら本当に難しかった。粘土のように土が上に伸びていかないし、力任せにするとクニャクニャになってしまって」
苦手だった轆轤挽きがようやく身についたと思った直後の出来事だったため、その衝撃は前田さんにとって大きなものだった。打ち砕かれた自信を取り戻すため、轆轤を挽き続ける日々が再び始まった。
「4年生になると、卒業制作の準備が始まります。僕は白磁で出来るだけ大きな壺を作ろうと決めていたので、高度な轆轤の技術を身につける必要がありました。そして、技術力を磨くと同時に、美しい壺とはどんな形なのかと考えるようになりました」
そうして前田さんなりの最高の技術を注ぎ込んだ白磁が完成し、卒業制作として大学に提出した。これが、後の人間国宝 前田昭博の作品の第1弾だった。


卒業前の個展と恩師の言葉
「もう時効だから」と、前田さんは当時の裏話を語ってくれた。大学に内緒で卒業展を開いたというのだ。自身の作品だけでなく、父親の版画も飾ったという。
「陶芸が楽しくて仕方なかった時期でした。ですが、僕は陶芸の家系や窯業地の出身ではなかったので、将来の道が拓ければと卒業前にこっそり個展を開いたんですよ」
この行動は、前田さんが陶芸家として本気でやっていきたいという気持ちの現れであった。モヤモヤした気持ちが晴れなかった前田さんは、転機となった白磁の先生に相談したという。厳しい世界だとはわかっているが、それでも焼き物を続けたいと、包み隠さず思いを告白した。
「先生がね、『好きなものがあれば、やれるところまでやってみたら』と助言をしてくれました。そのうえで興味深いことを話してくれたんです。
『戦後この方、好きなことをして飢え死にした人はいないらしい。もし前田くんが本当に陶芸が好きで、まっしぐらに取り組んで飢え死にすることになれば、それは記録として第1号になるのではないか』と言われたんですよ。そんな話をされたら、なぜか勇気が出てきて、やっていけるんじゃないかって気になりました」
恩師からの逸話に心を打たれた前田さん。「今思えば、みんな飢え死にする前に職を変えていたはず」と笑いながら語ってくれたが、それでも前田さんの背中を後押ししてくれたことに違いはなかった。
白磁と向き合う覚悟
卒業後も陶芸を続けたい、それを応援してくれた恩師の言葉も相まって、鳥取市河原町に工房を構えた。大学生の頃は轆轤に夢中になっていた前田さんも、独り立ちしてみると新たな課題に直面した。
「焼き物は、完成までにいくつもの工程があります。轆轤だけでなく、素焼きをした後には、釉(うわぐすり)を掛けねばならないし、その後さらに焼成を行います。すべての工程をひとりでやるとなると、新たな課題が見えてくるのですが、だからといって解決策を聞ける人は僕の周りにはいませんでした」
かつて前田さんが初めて轆轤の難しさに直面したとき、無我夢中で挽き続けて技術を磨き、陶芸家への道を拓いていった。しかし卒業してからの日々が、陶芸家前田昭博としての本当の第一歩となるのだった。
(第3回は、独り立ちした前田さんの日々の葛藤とコンクールへの挑戦をお送りする)







