

日本画家にとって最低限必要な画材がいくつかあります。紙、岩絵具、膠(にかわ)、筆などですが、その中でもっとも神聖なものとして、私は紙を挙げたいと思います。今年は大河ドラマ「光る君へ」の中で幾度となく「越前の美しい紙」という表現が出てきて、平安時代はいかに紙が高価なものであったかが注目され、一般の方々にも越前紙と呼ばれる福井県越前市で作られた紙が知られるところとなっています。
その中でも和紙のひとつである鳥の子紙は、金箔や銀箔を多用する私にとっては欠かせない紙の一種です。今から40年ほど前にこの鶏の卵のように白い紙に出会ってから、その美しさと丈夫さに魅了されています。和紙との出会い以前は量産されている紙しか知らなかったので、紙そのものに特に関心を持つこともありませんでした。しかし、日本画で掛け軸や屏風絵を手がけるようになってからは、紙そのものへの関心が高まり、それまでの紙に対する意識とはだいぶ変わったように思います。
よく日本は「資源のない国」と表現されることがありますが、他国にはない日本独自の資源というものがあると私は感じています。その中でももっとも優れた資源は、いにしえからの知恵と幾代にもわたって継承されてきた職人の技ではないでしょうか。そして、越前紙も、長い歴史の中で受け継がれ磨かれてきた職人さんたちの結晶として現代まで生きてきていると感じています。越前紙は全て自然の素材からできていて、その素材のことを知り尽くしている職人さんたちだからこそ作り上げることのできる美しい和紙なのです。それは普段の生活で使われている、さまざまな用途のために作られた一般の紙類とは一線を画したものです。
少し専門的な話になりますが、越前紙は楮(こうぞ)と呼ばれる桑の木と、三椏(みつまた)、雁皮(がんぴ)と呼ばれる沈丁花科の木から取れる、1メートルほどもある絹のような繊維を水槽の中に沈ませて、水中で複雑に絡み合わせ、そこから水を抜くことで3次元から2次元のものとなり、布よりも丈夫な紙ができるのです。
そして興味深いことに、この技術は神様より授かったとされています。それが越前市の岡太(おかもと)神社・大瀧神社に祀られている紙の神様とされている川上御前です。その起源は1500年前とされ、50年に1度、川上御前に感謝を捧げるための大祭が行われます。私は運良く、いつも掛け軸や屏風絵などの表具でお世話になっている株式会社マスミの横尾社長からのお誘いで、2018年の大祭に越前紙を使う者として参加する機会に恵まれました。仕事柄、特に鳥の子紙にはいつもお世話になっているので、その感謝の気持ちを紙の神様に直接お伝えすることができるとあって、かなり気持ちが高揚しました。そこに参加させていただいた3日間の特別な経験をここで少しご紹介したいと思います。


初日は、白装束に身を包んだ50名の神主さんたちによって、お神輿に乗せられた川上御前がゆっくりと山から降ろされ岡太神社に移されました。宮内庁による雅楽が奏でられ、厳かにお能の仕舞も披露されました。その後、敬宮愛子内親王より、日本における和紙についてのご報告が川上御前にご挨拶として述べられました。
2日目は黒い袈裟を着た30人のお坊さんたちが焼香を炊きながらお経を唱えました。選ばれた和紙職人たちが順番に川上御前にご挨拶をし、その後、製紙会社の頭取や私のように和紙を使わせていただいている書家や画家たちが続き、それぞれが二拝二拍手一拝して大きな鈴を鳴らし、また一拝、そのまま内陣に背を向けないように後ろに下がりました。
そして最終日はお琴と三味線の演奏、その後に願い事を書いた杉のお札が大きな水瓶の下で焚かれました。神主さんが沸騰しているお湯の中に榊の枝を入れ、それを参拝者に威勢よく振りながら祝詞を捧げました。燃える杉のお札から上がる煙と頭上から降り注がれる熱い水滴の中で、それまでに経験したことのないような厳かな気持ちになりました。紙の神様であられる川上御前に心の中で感謝の気持ちをお伝えしました。このような素晴らしい技術をこの地の人々に教え授けてくだり、ありがとうございます、と。やがて日が暮れて、その大きな焚き火が炭の燃えさしほどになった頃、狩衣に着替えた神主さんたちはマスクと手袋をして、御神酒を口に含むと、和紙に包まれた川上御前をお神輿に移し、ゆっくりとした足取りで山の頂上まで担いでお戻しになりました。
御前の姿がその場からなくなった後は、同じ場所が急に俗世に戻ったようでした。来賓客やその他の参加者たちは電車の時刻表などを調べ始め、名残惜しそうに徐々にその場から去っていきました。残ったのは地元の人たちです。地元の高校の合唱団の演奏や楽器演奏、その後で歌合戦が始まったり、ひょっとことおかめの踊りが披露されたりで、先ほどまでの神聖な空気が一気に地元民のお祭り騒ぎでにぎわい始めました。気がつけば境内の外ではいつの間にかカルメ焼きやら、イカ焼き、お好み焼きなどの屋台も出ています。
楽しそうな雰囲気につられて辺りを眺めながら歩いていると、思いがけないうれしい出会いがありました。鉄板焼きで麺を広げていたのは、人間国宝である雁皮紙職人の谷野氏でした。谷野氏はその比類無き艶、軽さ、薄さ、そしてその強度の確かさでは右に出るものがいないと言われるほど雁皮紙を極めた職人として有名な方です。私は尊敬の念を言葉では表すことができず、ただただ手を強く握って握手を求めることしかできませんでした。憧れの職人さんにお会いできるという機会をいただいたことも紙の神様のお計らいかと、この特別な出会いに心から感謝しました。
1500年の紙の歴史と技術が残るこの越前和紙の里、五箇地区に暮らす人々が50年に1度のお祝いを心から楽しんでいる様子を間近に見られたことは本当に素晴らしい経験でした。
おそらく1000年も前に紫式部が越前の紙を手にし、その美しい白い紙の上に黒い墨を使って物語を書き綴っていった作業は心躍る瞬間だったことでしょう。そして現代に生きる私も1000年前の紫式部と同じように、美しく丈夫な越前紙に箔を押す一瞬一瞬に心躍らせながら、今日も創作活動をさせていただいています。そしてその上に筆を滑らすたびに深い感動と感謝の念を覚えるのです。神様から授かったとされるこの神聖な和紙が、末永くこの地で受け継がれていくことを願ってやみません。





