



私が日本の芸術・工芸に感銘を受ける理由
いつから日本に興味を持ったのかは覚えていません。私が日本に惹かれるのは、人々が自然に対して深い敬意を抱いているからに違いありません。心を落ち着かせる力、その強さ、そして私たちに与えてくれるすべてのものに対する敬意です。
日本の芸術的遺産は、陶芸における土、和紙における楮(こうぞ)、建築におけるさまざまな木材といった自然素材と、先祖代々受け継がれてきた知恵との誠実な結びつきの賜物です。
私が日本の芸術や工芸を素晴らしいと思う理由はいくつかあります。
・職人や芸術家の卓越した技術と厳格な仕事によって、シンプルな素材が「やりすぎ」にならない程度に洗練された、純粋な線を持つ作品へと昇華されている点。
・繊細さにつながる創意工夫と、細部へのこだわり。
・インスピレーションの源としての自然。
・時代を超越したそのビジョン。
・「間」や「余白」への配慮。
仕事を丁寧に仕上げるという姿勢は、家族から受け継いだものです。自分の完璧主義な性格と向き合うのは大変なこともありますが、そのおかげで細部へのこだわりを反映した作品群を生み出すことができました。日本人は「ディテールの芸術」において、その線は非常に洗練され、そして色の選択において、まさに巨匠であると私は信じています。
なぜ、日本美術に影響を受けたフランスの芸術家たちの作品は私の心に響くのか?
19世紀末、広重、歌麿、北斎の浮世絵がフランスに伝わり、異なる線や曲線、そして自然の要素を取り入れたこの新しい美学の発見は、「ナビ派」の芸術家たちに影響を与えることになります。私はアーティストとしてのキャリアを歩み始めた当初から、このナビ派に興味を抱いてきました。
エドゥアール・ヴュイヤール、フェリックス・ヴァロットン、ポール・セリュジエといった芸術家たちは、当時の日本の作品のように、自然や日常生活をインスピレーションの源としていました。
感情を表現し、鑑賞者の心を揺さぶるのに、多くの要素は必要ないのです。浮世絵のミニマルな構図、美意識、色彩の範囲と配置、そして主題は、心地よい静けさを私に与えてくれます。
キャリアの初期に粘土を選んだ理由
幼い頃、私は考古学者に憧れ、人類の歴史を明らかにするような形を土の中から掘り出したいと思っていました。しかし残念ながら、数学の成績がその道を阻みました。
それでもしばらくして、私は自分なりの方法を見つけたことに気づきました。それは、動物を多用しながら、人々の関係や日々の暮らしの物語を語る土の形を創造することです。
見習い期間中、私は職人のようにろくろを回し、釉薬を作ることを学びましたが、同じ形を量産する決まりきった仕事は自分には合わないとすぐに気づき、彫刻の道へ進むことを選びました。その過程で、茶道で使われる日本の炻器(せっき)の芸術に出会いました。「冬茶碗」と「夏茶碗」という区別があり、そこには素材の持つ粗削りな表情と、儀式で使われる道具としての繊細な配慮が両立するという、奥深さがあります。
私は特に、黒の濃淡が豊かに現れる天目釉に惹かれます。長い観察と実践を重ねてきた結果、そのシンプルさこそが偉大さである実用的なオブジェを完成させる日本の陶芸家たちに、私は深い称賛の念を抱いています。余計な効果を加えない抑制と卓越した技術は、作品を自然が生み出したものと同じレベルにまで高めていると私は思います。
西洋では完璧さを求めて対象をコントロールしようとしますが、日本では偶然生まれるものも受け入れられます。誰もがその時々の気分に合わせて茶碗を選ぶことができる…土を選び、準備し、形作り、乾かし、焼き、釉薬をかける陶芸家の時間とインスピレーションに思いを馳せながら。

2008年、日本でのアーティスト・イン・レジデンスという機会
滋賀県立陶芸の森から、私のアーティスト・イン・レジデンスの申請が受理されたという知らせが届きました。アトリエ・ダール・ド・フランスからは助成金も授与されました。
3人の子どもの母親にとって、4週間の関西への旅支度はちょっとした冒険でした。これは、31歳で選んだこの道での10年間の経験が認められた証しでもあります。家族が応援してくれていることが、何よりも力になりました。
バスが渓流に沿って進むうち、「日本のアリエージュ(フランスの自然豊かな地方)」と呼ぶ風景が広がり、陶芸の森がある信楽に到着しました。私の隣人はフランドル人のトゥレース、他にもアイスランド人、オランダ人、韓国人のミョンジュ、そしてプロジェクトのために最低1年間滞在する若い日本人アーティストたちがいました。私が作ったブルターニュ風クレープを、彼らは日本のビールと共にとても気に入ってくれました。
彼らに同行して陶芸家たちの工房公開に足を運び、大きな登り窯を見たり、何人かと話をしたりすることができました。しかし、まだ課題が残っています。それは、自分のアトリエですでに形を練り上げてきた、大きな彫刻作品を制作することです。

私はそこで3週間、夜遅くまで作業に没頭しました。夜警さんがやってきて、時計を見せながら「もうやめるように」と合図するほどでした。毎日、粘土のひもを積み上げて壁を作っていきますが、形が崩れてしまうため一度に多くは積めません。乾燥具合にも常に気を配る必要がありました。重い作品を持ち上げるのは、アシスタントのマツナミさんとイシガミさんの役目です。
私が作品に脚をつけたいと言うと、彼らはそれを不思議に思いました。私にとってそれは、作品を軽やかに見せるために必要なことでした。羊をかたどった古代のフォルム、つまり4本の脚で支えられた緊張感のある胴体を持つ作品を手がけて以来、私が続けていることです。
私の作品において、「空虚(Emptiness)」つまり「間」や「余白」は非常に重要です。20年前、私は岡倉覚三(天心)の言葉(1906年)に出会いました。「『空虚』は、すべてを内包できるがゆえに、全能である」。「間」は形を引き立て、力強さを与えるのです。

大作を焼成するため、信楽へ戻る
アシスタントの助けを借りて、大きな彫刻作品を大型のガス窯に設置しました。私にはガス窯での焼成経験がほとんどなかったため、トゥレースのパートナーであるマルニックスに手伝ってもらいながら、約10時間かけて焼成を行いました。夜、一人で温度の上昇を見守るよう任されたことには、大きな感銘を受けました。
焼成はうまくいきました。彫刻は完成し、私はそれを、誰もがトンネルの中にいる一匹の羊にメッセージを残せる「大きな郵便受け」にすることにしました。
私はこの大きな作品を陶芸の森のコレクションに寄贈することに決めました。ここでの時間は、制作、出会い、そして感情の面で素晴らしい経験であり、私の思考に影響を与え続けるでしょう。

信楽からの創造、そして未来へ
現在、トゥールーズのアートセンター「le Salon reçoit」で「SHIGARAMA」と題した展覧会の準備を進めており、そこで初めて、滋賀県立陶芸の森で制作した作品を展示する予定です。
帰国する前に、陶芸の森の「ちりとり」を集めさせてもらえないかとお願いしました。ブランコにも似たこの日用品の形の優雅さに、私は心を打たれたのです。そのちりとりを使って、「P.A.P SHIGA」というインスタレーションを制作しました。これからも日本でのさまざまな経験を重ね、その文化にさらに深く浸り、日本の職人や芸術家の方々と出会いたいと願っています。

.jpg?w=1200&fm=webp)





