for fontplus
Illust 3
Illust 1
紀州箪笥に魅せられて──女性初の伝統工芸士、東ちあきの歩み
2025.11.25
紀州箪笥に魅せられて──女性初の伝統工芸士、東ちあきの歩み

東ちあき

紀州箪笥の塗装部門に所属する伝統工芸士。結婚を機に工房に入り、桐箪笥の塗装技術を習得し、女性初の伝統工芸士として活動している。

紀州箪笥

木地の成形後に研磨を重ね、下地処理を施したうえで漆や塗料を何層にも塗り重ねて仕上げる工程を持つ。素材には軽量で防湿性に優れた桐材が用いられ、衣類や着物を保管する家具として使用される。

紀州箪笥の塗装部門で、全国で初めて女性として桐箪笥部門で伝統工芸士に認定された東ちあきさん。かつてはアパレル業界で働いていた彼女が、結婚を機に工房に入り、職人としての道を歩むまでの経緯が描かれる。
紀州箪笥に魅せられて──女性初の伝統工芸士、東ちあきの歩み
紀州箪笥の塗装部門で、全国で初めて女性として桐箪笥部門で伝統工芸士に認定された東ちあきさん。かつてはアパレル業界で深夜まで働き、ものづくりとは別の世界に生きていた彼女が、結婚を機に紀州箪笥の工房に飛び込んだ。
見知らぬ土地、初めて触れる伝統工芸、そして子育てとの両立──。「自分には関わることのない世界だと思っていた」という彼女が、桐に魅せられ、職人としての誇りを手にするまでの道のりには、嫁いだからこそ見えてきた喜びと葛藤があった。

出会いから始まった、思いがけない縁

京都で服飾の専門学校を卒業後、アパレル販売員として働いていたちあきさん。深夜まで続く販売の現場は体力勝負で、慌ただしい日々を送っていました。そんななか偶然出会ったのが、のちに夫となる紀州箪笥職人の東福太郎さんでした。

「最初はアプローチされていることにも気づかなくて(笑)。でも、自然とご縁が重なっていきました」

結婚を機に和歌山へ嫁ぎ、夫の実家が紀州箪笥の工房を営んでいることを知ります。滋賀出身のちあきさんにとって、桐箪笥は身近な存在ではなく、「母が1棹持っていた程度で、どこで作られているのかも知らなかった」と言います。

「まさか自分がその工房に入るなんて、想像もしていませんでした。嫁いでから“こんな有名な工房なんだ”と知って鳥肌が立ったんです」

東さんご夫婦の結婚式
東さんご夫婦の結婚式

嫁いでからの生活の変化

新しい土地での生活は、戸惑いと葛藤の連続でした。アパレル時代は売り上げノルマに追われ、休みの日までその数字が頭から離れなかった日々。「自分で商品を買って数字を作ることもあり、正直しんどかった」と振り返ります。

一方、和歌山での暮らしはまるで別世界。「お客様に喜ばれるものを作り続けなければならない」という責任は大きいけれど、数字だけに縛られない。ものづくりの本質に触れることは、むしろ自分を救ってくれました。

「販売のときは、達成感よりもプレッシャーの方が強かった。でも工房では、お客様が喜ぶ顔を想像しながら仕事ができる。それが自分には心地よかったんです」

ただ、育児と仕事の両立は簡単ではありませんでした。知らない土地で子どもと2人きりになる孤独感や、男性中心の工房に入る不安。

「本当はがっつり働きたい気持ちがあり、子どもが小さくて家にこもるのもつらかった。そんな時、義母が“見ていてあげるから工房においで”と言ってくれて。あの言葉がなかったら、私は職人としての道を歩めなかったと思います」

Illust 2
東さんご家族
東さんご家族

子育てと職人の道──女性初の伝統工芸士に

工房に入った当初はお茶出しや掃除といった雑務からのスタートでした。ですが、作業を手伝ううちに、自然と塗装や板張りなどの工程も任されるように。

「夕方に顔を出したら“これお願い”と仕事を頼まれるようになって、だんだんと任される作業が増えていきました。給料が出るとか出ないとかではなく、“気づいたら私も職人になっていた”という感じです」

やがて、全国で初めて「箪笥業界の女性伝統工芸士(塗装部門)」に認定されました。

「最初はそんなつもりはなかったんです。主人を支えられれば十分だと思っていました。でも、“女性でも取れるよ”と背中を押してもらって、自分でも挑戦できるんだと気づきました」

男性中心の業界で「女性初」という肩書きは大きな重みを伴いました。それでも、「工芸士という名があることで、自信を持って“職人です”と堂々と言えるようになった」とちあきさんは語ります。

桐に魅せられて

ちあきさんが桐に惹かれるようになったきっかけは、生活の中の小さな出来事でした。

「同じブランドの服を同じように洗濯していたのに、桐箪笥に入れていた主人の服は虫に食われず、私の服だけが食われたんです。“桐ってすごい!”と衝撃を受けました」

そこから桐への興味が深まっていきます。桐の花の香りを確かめるために山へ出かけ、紫の花を探して歩いたことも。「ヒノキや杉は想像できるけど、桐の香りを知っている人はほとんどいない。だからこそ、香りをお香にして届けたい」と新しい挑戦も始めています。

「木は生きている。扱うのが難しい生き物であるからこそ、木目を読み取り、削りながら向き合う。その難しさが面白いんです。桐と向き合う日々は、まるで子どもの成長を見守るような感覚です」

夫とは、工房でも家庭でも「阿吽の呼吸」で仕事を進める。

「1人ではできない作業が多いからこそ、自然にペアになって作業ができる。仕事の話ばかりで喧嘩することもあるけれど、それは夫婦ともに職人である証しなんだと思います」

工房でも家庭でも「阿吽の呼吸」で進めているそう
工房でも家庭でも「阿吽の呼吸」で進めているそう

伝統をつなぐ責任

今、ちあきさんが強く感じているのは「桐の可能性を広げ、次世代へつなげること」です。

「伝統工芸士は、ただ物を作るだけではなく、後継者を育てる責任もあると思います。桐をもっと身近に、雑貨や香りといった新しい形で伝えていきたい」

嫁ぎ、迷い、葛藤しながらも、自分らしい役割を見つけたちあきさん。

「将来はもっと楽しいよ、と昔の自分に伝えたい。嫁いだからこそ出会えた桐の世界。誇りを持って“職人です”と言える今があるのは、家族とこの仕事のおかげです」

桐とともに歩み、伝統に新しい風を吹き込むその挑戦は、紀州箪笥の未来をひらく確かな光になっている。

#Artisan#職人#和歌山#桐家具#伝統#歴史#日本文化#技術#伝統工芸#伝統工芸士#紀州箪笥#伝統のそばで暮らす
よろしければ、記事の感想を教えてください
シェア
関連する記事
伝統のそばで暮らすシリーズの記事