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妻として、母として、伝統工芸を支える─久留米絣の池田絣工房・池田清香さん
2025.06.05
妻として、母として、伝統工芸を支える─久留米絣の池田絣工房・池田清香さん
妻として、母として、伝統工芸を支える─久留米絣の池田絣工房・池田清香さん
日本の伝統工芸を支えるのは、技を受け継ぐ職人たちだけではない。その家族、特に「妻」の存在も欠かせない。工房を支え、地域との繋がりを大切にしながら、新たな役割を担うこともある。しかし、そこに至るまでにはさまざまな葛藤や思いもあったという。
Artisanでも以前取材させていただいた池田絣工房。国の重要無形文化財である久留米絣の織元として、約100年の歴史を紡いできたこの工房に、4代目・池田大悟さんの妻、清香さんの姿があった。会社員生活を経て、結婚を機に福岡県筑後市に移り住み、久留米絣の世界に飛び込んだ彼女の目には、今どんな景色が映っているのだろうか。

「結婚して引っ越してきたばかりの頃は、おとぎ話の国に迷い込んだような感覚でした。久留米絣の作り方も、作るのがどれほど大変かも知らないまま飛び込んだんです」

そう語るのは、池田絣工房4代目・池田大悟さんの妻、清香さん。

千葉県出身の清香さんは、中学生の頃に父親の地元である福岡市へ転居。社会人になってからは仕事のため他県に移り住むこともあった。そんななか、共通の知人の紹介で大悟さんと出会った。

「同僚が夫の遠い親戚で、私が映画や音楽、本が好きだったので『趣味が合うんじゃない?』と夫を紹介してくれたんです。いきなり結婚などといった話ではなく、気の合う友達ができればいいな、くらいの感覚でした」

やがて結婚を意識するようになった頃、大悟さんの家業が久留米絣の織元であることを知る。当時はどんな印象を受けたのだろうか。

「久留米絣の名前はなんとなく知っていましたが、ネットで調べるうちに重要無形文化財にも指定されていることを知りました。でも、その時は伝統工芸の世界がどれほど奥深いのか分かっていませんでした。未知の世界のため想像するにも限界があり、色々と悩んだ挙句、とにかく『自分にできることで手伝えたらいいな』と、結婚を決めました」

しかし、初めて工房を訪れた際、その規模感に圧倒されたという。

「主人とは外で会うことが多かったので、工房を見るのは初めて。実際に足を踏み入れてみると手織り機や藍染の甕もたくさんあり、想像以上の規模感で、正直どうしようと思いました。やっていけるのかな、と内心は焦りでいっぱいでした」

不安を抱えながらも、清香さんは伝統を受け継ぐ家族の一員としての一歩を踏み出した。

仕事も家庭も“完璧”を手放す

夫である大悟さんは、ものづくりの作業に加え、展示会や出張で1〜2週間不在にすることも多い。一方の清香さんは、経理や店舗でのお客様対応に加え、織り子さんが織る糸を準備する管巻きや整経など、多岐にわたる業務を担っており、夫婦ともに忙しい日々を送っている。

最初にぶつかった壁は「空気」に適応することだった、と振り返る。

「織り子さんたちは昔ながらの家族のようなものですし、工房では、みんなが気配の中で動いています。阿吽の呼吸というか、業務内容のやりとりや伝達も、詳しく言葉にしなくても一言二言で自然と伝わる空気感がある。その空気の中に自分も入っていかなければならないことが、一番難しかったです」

結婚前に会社員として働いていた頃は、半年ほどで仕事に慣れ、1年も経てば一人前としてみなされていた。しかし、工房では技術そのものだけでなく、今までとは違った生活や地域の慣習を理解し、受け入れる必要があった。

仕事のマニュアルがあるわけではないので、仕事はとにかく見て覚えないといけない。しかし、目の前にあるこの作業が何の意味があるのか、何がどう繋がっているのか…ひとつひとつの理解が全く追いつかない中、ただただ反復的に作業する日々だった。

「ここでは5年、10年、ときには15年といった長期的な視点を持たないと、自分の心が潰れてしまうと思いました」

また、育児と家事、ものづくりを両立する日々は想像以上にハードだったという。

「私は一つのことにしっかり向き合いたいタイプなのですが、ここではそれが叶わないことも多くて。5割、6割の完成度で納得し、次に進まなければならないことが多々あります」

子どもが生まれたばかりの頃、工房に子どもを連れていき、一日中仕事と育児を両立させることは、精神的にも体力的にも辛い時期だった。それでも、子どもが少しずつ自分のことをできるようになり、仕事に集中できる時間が確保できるようになると、徐々に進歩を実感できるようになった。

そんな清香さんの息抜きは、夜中に睡眠時間を削ってでも観る映画だという。

「自分の好きなことに触れる時間は、何よりも癒やしになります」

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今の暮らしに合う形で久留米絣を繋ぐ

池田絣工房の一員となって5年。仕事に少し慣れてきた今も、清香さんはいち消費者としての視点を忘れないようにしている。

「主人にとって絣は、幼い頃からの原風景そのもの。祖父母や両親が働いている姿が、絣と重なって見えているのだと思います。私にはその視点はないけれど、だからこそ客観的に見ることができるのかもしれません」

清香さんは、伝統工芸が未来に価値を持ち続けるためには、現代の暮らしに必要とされるものでなければならないと考えている。

「家族をはじめ、多くの方々が久留米絣を繋いでいこうとする姿を見て、伝統工芸として受け継がれている意味を実感します。ただ、伝統というだけでは未来は保証されません。今の時代に必要とされなければ、生き残ることはできないと思うんです。今の時代に役立つものとして絣が生き続けてほしい。その可能性を感じているからこそ、工夫しながら未来へと繋げていきたいのです」

絣の実用性にも強い関心を寄せる。

「絣は乾きが速くて、肌触りも優しい。藍染めには天然の抗菌防臭効果や日よけ効果もあるので、アウトドアシーンにも適しているなと思うんです。こんなふうに新たな方向から、現代の暮らしの中でもっと絣の良さを生かせる方法を探していきたいですね」

一方で、清香さん自身、音楽や映画といったインプットの時間も大切にしたいと話す。

「以前は音楽フェスなどにもよく行っていたのですが、今はなかなか難しいですね。ものづくりは日々、常にアウトプットしているような感覚。だから、意識的にインプットの時間も持つようにして、自分の中に新しい感覚を取り込むことが、ものづくりにとっても大切だと感じています」

信頼できる人たちとともに、自分の気持ちを大事に

「嫁ぐ前の自分に声をかけるとしたら?」という問いに対し、清香さんはこう答える。

「未知の世界に飛び込む不安は当然あります。私自身、転職も経験し、ある程度の社会人経験があったものの、ここではまったくのゼロからのスタート。積み上げていかなければならないものが山ほどありました。だからこそ、過去の自分には『人生は一生勉強だよ』と伝えたいですね」

挑戦の場に踏み出すなかで、清香さんは友人の存在に支えられたという。

「持つべきものは友、という言葉がありますが、自分一人で頑張っているわけではなく、背後には応援してくれる人たちがいると感じられました。

最近は友人と直接会う機会は減りましたが、スマホがあればどこでも繋がれます。メッセージのやりとりだけでも心の支えになることがありますよね。女性は理解よりも共感を求めるもの。共感してもらえるだけで、心がふっと軽くなることもあります。

信頼できる人に相談しながら、自分の気持ちを大切にして前へ進む。抜け出せなくなるわけではないので、少しでもチャレンジしてみたい気持ちがあるなら、その一歩を踏み出してみてほしいです」

清香さんの言葉の端々からは、池田絣工房が生み出す絣のように、しなやかさと力強さが感じられた。彼女の一歩引いた視点とものづくりへの真摯な思いは、伝統に根ざしつつも久留米絣を進化させる原動力となるだろう。

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Text by 寺田 さおり

#Artisan#職人#福岡#伝統工芸#久留米絣#日本文化#伝統のそばで暮らす
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