



ものづくりへの情熱が、職人の扉を開いた
音楽を愛する家に生まれ、幼い頃からバイオリンを弾き、大学で外国語を学んでいた恵実さん。彫金職人として生きる道に出会ったのは、大学4年生のときだという。
「会社で働く未来を想像してみても、ぴんとこなくて。ものづくりやキラキラしたものが好きだと思い出して、彫金をやってみたい! と思ったんです」
しかし、周りに職人などはいない。卒業後お金を貯めて専門学校への進学も考えたが「すぐに始めたい」という想いから、一般企業に就職しつつ、会社帰りに彫金教室に通いだした。
「みるみるのめり込んでいきましたね。教室を掛け持ちして、いろいろな工具屋さんや職人さんを訪ねて、がむしゃらに学びました」
仕事後に終電まで学び、有休や夏休みを使って、ときにはバリ島に銀線細工を学びに行く。給料とボーナスは工具に消え、自宅には3畳ほどの工房スペースができるまでに。その情熱が実を結び、作品を展示会で販売するようになり、次第に職人としての道が開けていった。
「一生懸命やっていると、誰かがチャンスをくれるんです。学び始めて3年ほど経ったとき、鎌倉のデザイナーの工房と、御徒町でロストワックス原型のチームに誘われて、会社を辞めて職人として生きることを決意しました」
そこでチームメイトとして出会ったのが、夫となる真一さんだ。金工を営む家に生まれ、ロストワックス職人に弟子入りしていた真一さんは、恵実さんの良き相談相手だったという。
「納期が迫り夜中に作業をしていると、心配して『大丈夫?』とよく電話をかけてきてくれました。食べ物の好みなど、不思議と気の合うところもあって、仕事帰りにご飯を食べたり、上野公園を散歩したりして、少しずつ仲良くなりました」

子育て・介護・職人の両立。途切れながらも積み重ねた時間
やがて2人は結婚。恵実さんが嫁いだ家は、江東区で3代続く金工職人。家族から親戚まで、みんな金工職人という一家だった。
「私は自分で環境を作らなくてはいけなかったけれど、彼の家には工具もあるし、金工のお家なので音を出してもご近所様に怒られることもない。最高ですよね。でも、代々地域に根ざしてきたお家柄で、みんな知っているので悪いことはできないなと、内心ドキドキすることもありました」
すぐに3人のお子さんに恵まれた佐生さんご夫婦。しかし、子育てと仕事の両立は、簡単な道のりではなかったという。
「次女が川崎病という心臓疾患にかかり、さらに長男も胎便吸引症候群で生後間もなく入院したかと思えば、目の怪我で緊急手術し、通院の日々。子どもたちのことをずっと心配してきました」
さらに、ここまでジュエリーサショウを引っ張ってきたお義父さんが脳出血で倒れて、その後、肺がんを患ってしまう。
「お義父さんは入退院を繰り返し、コロナ禍で病院の面会ができなくなり、最後は家で看取ったんです。夫は引き継いだ仕事で早朝から深夜まで働きながらも、お義父さんの容体が悪化すると、深夜も救急車に同乗し、病院に付き添っていて。私も業者回りや仕事の買い出しなどのサポートをして。あの頃は、本当に大変でした」
恵実さんの忙しい日々は続く。職人として働きながら、食事の準備、雨が降りそうになれば洗濯を取り込み、子どもたちの宿題を見たり、公園で息子と虫取りをしたりする。しかしそんな集中して仕事に取り組むことができない細切れの日々の中で、鍛えられたことがあるのだという。
「仕事を何度も中断しなければならないとき、以前はイライラしていたんです。今はエンジンがかかるスピードが速くなり、切り替えて短時間で集中できる。同時作業もできるようになり、毎日子どもたちの学校の話を聞きながら、工房で仕事をしています」


手仕事の面白さが、彫金もバイオリンにもある
忙しい日々の中で「息抜きはなんですか?」と聞くと「息抜きは基本的には必要ないんです」と答える恵実さん。「職人の仕事がとにかく楽しい」のだという。
「ものづくりは、毎回発見があって、経験が自分に積み重なっていく。そこが好きなんです。たとえばジュエリーの石留めは、きちんと留めないと外れてしまうけれど、加減を間違えると石が割れてしまう。その塩梅が難しい。コンピューターのように戻るボタンもありません。いろいろ悩みうまくいった経験は、何ものにも変えがたいです」
経験が重なって形になる手仕事の面白さは、3歳から続けているというバイオリンにも通じる。恵実さんは、自らの両親にしてもらったように、忙しい合間を縫って、子どもたちにもバイオリンを教えている。
「バイオリンも彫金と同じです。練習すればするほど引き出しが増えて、どんどん上手になっていく。難しいフレーズが弾けるようになった瞬間はうれしいですよね。それは、人が自らの手で行うことで生まれてくる面白さだと思うんです。
今はコンピューターのCADで製作した作品も増えているし、生成AIも拡がっています。でも、人間の手でしかできないことは絶対にある。機械にはまだまだ負けたくない。出せる能力をすべて出していこうと思います」

技術を極めようと懸命に生きる背中を、子どもたちに見せたい
2022年、ジュエリーサショウはおしゃれなディスプレイを取り入れ、お客様が立ち寄りやすい内装にリニューアルした。金工職人の工房らしい先代の良さを受け継ぎながら、2人らしい新たなスタートを切ったのだという。
公私を共にする夫の真一さんとは、どのような関係なのでしょう? そう尋ねると「いつも隣にいる人です」と恵実さんは答える。
「苦楽を共にしてきました。だからこれからも2人で乗り越えられると、夫は力強い言葉をくれます。職人としても尊敬しあい、相乗効果も生まれています。彼は3代続く技術を受け継ぎ、私はハングリー精神で学んだので、異なる視点で意見が言える。結束は強いと思います」
子どもたちも成長して、自分のことが自分でできるようになってきた。最近では家事分担も変化して、真一さんが朝ご飯づくりを担当してくれる。少しずつ自分の時間もできてきた恵実さんに、これから挑戦したいことを尋ねた。
「職人として、彫金の模様彫りの技術を極めたいと思っています。工具の研ぎにもこだわるほど、彫りは高度で繊細な技術。私は彫りが好きでしたが、子育てや介護で集中できず、ブランクができてしまったのです。技術を磨き、自分の作品の幅を拡げたいです」
職人として生きる両親を見て、小学3年生の息子さんは「将来は、お父さんとお母さんと一緒に働きたい」と言ってくれている。恵実さんは「何かを極めようと懸命に生きることは楽しいと、子どもたちに背中で伝えていきたい」と言う。
守りから挑戦へ。これまで積み上げてきた手仕事の時間が、今、新しい光を放ち始めている。


Text by 荒田 詩乃





