for fontplus
Illust 3
Illust 1
岐路に立つ日本の芸術と文化 -国家のアイデンティティの源泉としての、日本の伝統保存と進化-(デビット・スタンリー・ヒューエット)
2024.07.31
岐路に立つ日本の芸術と文化 -国家のアイデンティティの源泉としての、日本の伝統保存と進化-(デビット・スタンリー・ヒューエット)

デビット・スタンリー・ヒューエット

「武士道シリーズ」をはじめ、日本史をテーマにした作品制作を行い、日本の芸術家や職人とのコラボレーションを続けている。

デビット・スタンリー・ヒューエットは、日本文化や伝統工芸の保護と継承を国家のアイデンティティに関わる重要なテーマとして語る。30年以上にわたり日本各地を巡り、職人や芸術家との交流を重ねながら創作活動を続けてきた。輪島漆器や酒井硝子との協業では、日本の工芸技術を取り入れた作品制作にも取り組んでいる。
岐路に立つ日本の芸術と文化 -国家のアイデンティティの源泉としての、日本の伝統保存と進化-(デビット・スタンリー・ヒューエット)

国家安全保障としての文化

1961年、ジョン・F・ケネディは就任演説で「あなたの国があなたのために何ができるかを問うのではなく、あなたがあなたの国のために何ができるかを問うてほしい」と述べた。この言葉は、日本の文化財や文化的な習慣の保護と活性化に関して、今日の日本国民に投げかけるべき問いであると考える。

日本の文化財や儀礼の保護と活性化は、国家の安全保障に関わる問題である。少々危機感を煽るように聞こえるかもしれないが、私は日本独自の歴史、芸術、食文化、礼儀作法の重要性を再評価する必要があると心から信じている。これらは観光がもたらす経済効果としてだけでなく、強くたくましい文化がもたらす日本国民としてのアイデンティティや誇り、喜びといった感覚にとっても重要なのだ。

日本の歴史、芸術、文化は、国のアイデンティティや日本人のアイデンティティと切り離せない。物理的な文化財、神社、寺院、城、芸術品、工芸品だけでなく、礼儀作法、話し方、ジェスチャー、そして日本人のコミュニケーションに浸透している謙虚さなど、すべてが日本文化のアイデンティティに不可欠な要素である。

日本文化への長年の愛と尊敬

アメリカで育った10代の頃、初めて日本文化に触れた瞬間から、私はその魅力に引き込まれ、日本文化についてもっと知りたいと思うようになった。その情熱は、日本での30年の生活を経て、さらに強くなっている。
私は、日本をはじめ世界中のアーティストやブランドとコラボレーションし、日本の素晴らしいアーティストや職人にスポットライトを当てることをライフワークとしてきた。

アーティストとして、また新米の歴史家として、30年にわたり日本全国を旅して、展覧会を開催してきた。九州から北海道まで、神社仏閣やアーティストのアトリエを訪れることができるのは、とても幸運なことだ。日本には実にさまざまな工芸品があり、職人たちの仕事に対するひたむきさや鍛錬に畏敬の念を抱かずにはいられない。この30年間、日本のアーティストたちからインスピレーションを受け、多くの素晴らしいクリエイターと時間をともにしたことで、私自身もより良いアーティストになりたいと強く願うようになった。

昨年、私は世界最大のジャパニーズ・ウイスキーのオンライン販売会社である「デカンタ」から、20年熟成の軽井沢ウイスキーの販売を記念したアート作品の制作を依頼された。そこで、石川・輪島の「田谷漆器店」と共同で、漆器職人と大阪にある「酒井硝子」とのチームを結集し、軽井沢ウイスキーが入ったボトル3本を展示する「アクレイム・ウイスキー・ステージ」を作り上げた。これらは50セット製作され、昨年の3月にニューヨークでオークションにかけられた。

デビット・スタンリー・ヒューエット氏と「アクレイム・ウイスキー・ステージ」
デビット・スタンリー・ヒューエット氏と「アクレイム・ウイスキー・ステージ」

また、2017年からはオーストリアのワイングラスメーカー「リーデル」のグラスとデキャンタのデザインを行っている。毎年、金沢の「箔一」が作る金箔を用いた新シリーズをデザインしており、グラスは日本全国の店舗で販売されている。

Illust 2

2022年、東京でプーマが開催するファッションショー(PUMA 75th Anniversary “Forever.Faster.” THE SHOW)のための靴のデザインを依頼された。世界中の人々が集まったこのショーにあわせて、私は金沢の金箔を使った靴を制作した。箱も靴紐も、そしてもちろん金箔も、すべてのパーツが日本製だ。

このようなコラボレーションは、日本の職人技を際立たせながら、若い観客にも関心を持たれ続けるための素晴らしい方法である。

前へ進むための3つの方法

社会的、経済的、技術的、環境的な変化は、社会のあらゆる側面に影響を与え、日本の各分野におけるリーダーたちに対して、日本文化をどのように継承していくかを意識的に決定するよう求めている。この大きな変革の時代に対応し、今後何世紀にもわたって日本文化が繁栄していくために、以下の3つの戦略を謹んで提案する。

1.日本文化の奥深さを守る観光への対応
先日、文化庁の会議で京都を訪れた。その際、京都で事業を営む多くの人々と、京都を訪れる外国人観光客の波について話をすることができた。私が話した人たちは皆、観光が日本にもたらす経済効果に感謝する一方で、観光が京都の生活様式や文化財に与える影響について深刻な懸念を抱いていた。

過剰な観光促進は、インフラへの負担、環境の悪化、文化財の損耗、神聖な儀式の中断、過密状態による観光客の体験の質低下など、多くの問題をもたらす。

しかし私にとっての最大のリスクは、日本の文化財や儀式の過度な商品化によって、日本文化を表面的にしか理解できなくなることだ。観光客数が膨大になることで日本の文化や伝統に対する理解が浅くなると、観光客の心の中ではそれらの文化財の魅力が低下し、文化的誤情報が生まれては広まるという誰も得をしないサイクルを生み出す危険性がある。より多くのリソースが、伝統的で近代的な文化様式を豊かにし、発展させることよりも、「市場に対応する」ことに労力を費やすことになるだろう。

私は決して観光そのものが悪いとか、観光客の来日を控えるべきだなどと言っているのではない。私はただ、経済的目標と文化保護の目標との間でバランスを取りながら、持続可能な観光アプローチに到達するためには、政府、地域社会、産業界の間でよく考えられた協力が必要だと述べたいのである。

2.グローバルな舞台での文化大使の活用
日本の歴史や文化財の保存は、単なるノスタルジーのためのものではなく、国のアイデンティティや社会的一体感を生み出し、維持するために不可欠なものである。歴史と文化は、国家の生きた集合的記憶である。伝統や文化財の維持に貢献し、その進化に積極的に参加することは、日本国民や私のような移住者の責任である。私たちは、来訪者に対してもお互いに文化大使となり、自分たちが知っていること、経験してきたことを真摯な態度で伝えなければならない。

日本の人口動態を見るにつけ、食文化や芸術・工芸を含む日本の伝統文化の存続には、少なくとも外国人の教育にその一端があると、私はますます確信している。日本のアーティストや職人、料理人の顧客を創造するためには、国際的な芸術文化の中心地に、純粋な日本文化を持ち込むことが不可欠なのだ。

今年の初め、私たちはニューヨークに開店した「すし匠」のオープンを祝った。すし匠のニューヨーク店は、日本の人間国宝、陶芸家、木工職人の作品で埋め尽くされた素晴らしい場所だ。私は光栄にも、そのすし匠のために2枚の絵を描いた。店内は日本の職人技と芸術の博物館のようで、すし匠で食事をした幸運なゲストは、フィルターがかかっていない最高の日本文化を体験し、その体験を友人や家族と分かち合うだろう。このような体験を通して、日本文化はこれからも発展し続けるのである。

今年の3月には、人間国宝の井上萬二氏とニューヨークのチェルシーにある「大西ギャラリー」で合同展を開催することができた。ギャラリー側はオープニング・レセプションに80人の来場者を見込んでいたが、実際には500人以上が来場し、非常に感激したし、うれしい驚きを隠せなかった。日本に対するニューヨーカーの関心の高さに勇気づけられたのだ。来場者の多くは、ウイスキーから着物、茶道、陶芸に至るまで、日本文化の一面に詳しい専門家であった。

会期中、私は来場者に、金沢の金箔と金箔の歴史、人間国宝の称号と日本におけるその意味、井上萬二氏の半生と陶芸についての情報を伝えることができた。来場者は魅了され、少なくとも何人かは日本への初来訪を実現させることだろう。

Illust 3

3.アートビジネスによる若手アーティストの育成
この議論と密接に関係しているのが、日本のアーティストや職人の経済的な安定だ。日本の職人を訪ねると、経済的困難の話をよく耳にする。日本の美術学校では、学生にビジネススキルを教えることはほとんどない。若いアーティストたちは、ギャラリーへの売り込み方、予算の立て方、作品の価格の決め方などを理解しないまま卒業していく。私が出会うアーティストの多くは、いや、ほとんどは、ウェブサイトもアートカタログも持っていない。彼らは素晴らしいアートや工芸品を制作しているにもかかわらず、作品を販売する方法を確立していないのだ。これでは、アーティストが会社勤めをしながら、夜や週末に芸術の夢を追い求めるという状況になってしまう。

美術大学が基本的なビジネス・スキルやプレゼンテーション・スキルを教えることは、学生にとって大きな助けとなるだろう。アートギャラリーがアーティストのアトリエを訪れ、契約を結ぶというような、アーティストとして「発掘される」時代は終わった。アーティストはクリエイターであり、マーケッターであり、会計士であり、ソーシャルメディアの魔術師でなければならない。謙虚さが重んじられ、アーティストが自分の作品について控えめになりがちな日本では、これは特に難しいことだ。

私が日本で初めて開催した展覧会は、吉祥寺の小さなギャラリーだった。そのギャラリーが個展の開催を決定するまで、私は6ヶ月間、スライド一式とほとんど空白の履歴書を持って40軒ほどのギャラリーにアプローチした。23歳でこれだけの拒絶を受けるのは辛かったが、決意は固かった。最初の展覧会では19点を出品し、17点が売れた。自信はついたが、大変な経験だった。
若い画家は苦しまなければ良い画家にはなれないという見方があるが、それはナンセンスだと思う。経験上、経済的に苦労したからといって、より良い絵が描けるようになったり、より美しい茶碗が作れるようになったりはすることはなかった。

結論として、日本の文化や芸術の保存と再生は、集団的責任である。政府が果たすべき役割は確かに大きいが、私たちは政府にすべてを求めることはできない。私たち市民は、日本人であれ外国からの移住者であれ、芸術を支援し、知識を他者と共有し、共通の文化的生活を繁栄させ存続させるために、チームとして協力する責任があるのだ。

#Artisan#職人#アート#長野#掛け軸#日本文化#伝統工芸#技術#歴史#リレーコラム
よろしければ、記事の感想を教えてください
シェア
関連する記事
Crossing Perspectivesシリーズの記事