

職人が作るからこそ叶う“切れ味”
黒鳥鍛造工場は、土佐を代表する鍛冶屋だと伝えられている本家黒鳥(川島家)の分家として創業した。当時は、造林鎌・枝打ち鉈など、地域の人々の生活に必要な林業用の刃物を主に製造していたそうだ。
農具や漁具、生活用具などを作る鍛冶屋は「野鍛冶」と呼ばれ、使う人の用途に合わせて大きさや重さなどを考えて道具を作るのが特徴だ。同社も野鍛冶スタイルで、製造からメンテナンスまで一貫して対応している。
「弊社の根底にある、林業用刃物の丈夫な作りや切れ味を生み出す技術を生かし、野鍛冶として地域の人々の要望に応えながら進化してきました。現在は、形状や重心の変更などの細かな要望にも対応しながら、その方のニーズに合う実用的な刃物を製造しています」
コロナ禍以降、インバウンド需要も高まっており、依頼内容によっては2年待ちになることもあるそうだ。
というのも、同社では必要に応じて機械を取り入れつつも、製造のほとんどを手作業で行う。1日あたり鍛造は50本、焼きは200本ほど対応するそうだが、熱処理をして研ぐ作業に少し時間がかかるため、1日に完成するのは10本ほどだという。
機械化しない理由を尋ねると、梶原さんは「持ち味が出せないから」だと教えてくれた。
「機械化して大量生産される包丁は、プレス機で型抜きをするので先端から手元の部分まで刃の厚みが均一になるのです。また、金属が柔らかくて研ぎにくいため、切れ味が長く持ちません。
一方で、職人が作る包丁は、刃の先に近づくにつれて薄くなります。焼きにもこだわって刃の硬さを調整しているので、切れ味も長持ちします」
職人が作り上げる刃物は、プレスで抜く刃物では叶えられない品質の高さがある。もちろん数千円で手に入れられる刃物に比べると高価になるのだが、その値段に値するだけの大きな価値を持つ。
150年という長い歴史の中で、変わらないのは「使う人に寄り添う刃物を作る」という信念。その精神が、現代においても支持され続ける理由だ。

切れ味の決め手は、材料・形・厚み
黒鳥鍛造工場の刃物製造は、材料選び、鍛造、荒研ぎ・整形、熱処理(焼鈍し・焼入れ・焼戻し)、水研ぎ、刃付け、柄付け、の約7工程で進められる。切れ味の秘密は使用する鋼材と、刃の形・厚みだそうだ。
「何を切るかにもよりますが、ものにミートしやすい刃の角度があるのです。たとえば、丸いものを切るときは、少し刃先が丸い方が切るものの中心を捉えることができます。
また、包丁には反っているものと真っ直ぐなものがあると思いますが、身長が高い方だと台に対して上から力を加えるようになるので、反っているものの方が切りやすくなります。反対に、身長が低い方は真っ直ぐなものの方が使いやすいのです」
狩猟用なら地べたでの作業を想定して、より低い位置で扱いやすい構造にする——使う人の身長や作業環境に応じて反り具合や角度を変える、そんな細やかな配慮が同工場の刃物一本一本に込められている。
「包丁は柔らかくても硬すぎても研ぎにくくなるので、切れ味が悪くなってしまいます。適した硬度にするためには、熱処理が欠かせません。
熱処理の工程には、鍛造によってストレスのかかった金属の粒子を整える『焼鈍し』、鋼の硬度を引き出す『焼入れ』、硬度のバランスを整えるために油で煮る『焼戻し』の3つがあり、これによって刃物の性能が決まります」
さらに、仕上げの研ぎでは刃先の見えないバリ(かえり)を丁寧に取り除き、厚みを調整。新聞紙もスパッと切れる滑らかな切れ味を実現している。切れ味の良い包丁で玉ねぎを切ると、繊維をつぶすことなく切れるため目に染みない。また、フルーツがのったケーキを切るときも、ケーキをつぶすことなくきれいに切れるという。
ただ、刃はかなり繊細で、プラスチックのまな板だと切れ味が落ちやすいため、木のまな板の方がおすすめだそうだ。
機械か、職人の手作りかによって刃物の性能は変わるが、産地ならではの特徴もある。
「金属は冷えると欠けたり折れたりしやすい特性があるため、寒い地域では柔らかめに仕上げることが多いですが、その分切れ味が落ちてしまいます。高知は比較的温暖な気候なので、硬めに仕上げることができます。それゆえ、切れ味がいいと評判なのです」

お客様とは切っても切れない関係を築きたい
梶原さんは、開発を行うこともあるそうだ。以前、キャンプでバトニング(ナイフで木を割る技術)が流行ったときには、鉈と出刃包丁のいいところを併せ持った「ブッチャーナイフ」を開発した。
「ブッチャーナイフを作ったのは、ライフハックとしてバトニングが流行ったときに、『用途の違うナイフで薪を割ると、ナイフが壊れるし、刃先もダメになってしまう』と思ったのがきっかけでした。ちょっとした発想から作ったアイテムでしたが、第37回 高知県地場産業奨励賞をいただくことができました」
刃物の製造のみを担う鍛冶屋もあるが、黒鳥鍛造工場では昔から製造も販売も行っている。だからこそ、ユーザーからのよりリアルな声を聞くことができている。「ネガティブな声をいただくと、それを改善したより良い製品を作れます。職人としての腕が上がっていくのでありがたい」のだそうだ。
「2年待ちの注文もあります。作り手が足りなくて追いつかないのです」と梶原さんは言う。現在、同工場では弟子を増やしているが、需要に対して生産が追いつかない状況が続いている。また、価格面での課題もある。
「ホームセンターなどで売られている安価な包丁と、伝統的工芸品としての土佐打刃物では価格に大きな開きがあります。大量生産品と比較して『高い』と感じられてしまうこともあるのですが、“本当に切れる刃物”は長く使えるので、実はコストパフォーマンスが高いのです」
こうした“誤解”をなくすため、SNSや動画などでの情報発信にも力を入れ始めているそうだ。
今後は、「工場を広げて生産量を上げ、お客さんにできるだけ早く届けたい」と話す梶原さんだが、他にもやりたいことがあるという。
「今、社宅を作っているのですが、ゲストハウスもやりたいなと。そこへ来てくれた人たちに、刃物製造の体験をしてもらいたいと考えています。刃物はよく切れても、お客様とは切っても切れない関係を築いていけるとうれしいです」
刃物は、生活に欠かすことのできないアイテムのひとつ。「本当にいい刃物とは何か?」その答えを求めて今日も叩き続けるその姿は、伝統工芸の未来を照らす光と言えるだろう。

Text by 奥山 りか







