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極細の糸で生まれる極上の触感:武藤株式会社
2024.08.05
極細の糸で生まれる極上の触感:武藤株式会社

山梨県西桂町

武藤株式会社
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極細の糸で生まれる極上の触感:武藤株式会社
品質の良さが伝わる美しい風合いと柔らかな触り心地。「触れば分かる」をモットーに、世界一の極細糸から極太糸まで多様な糸を紡ぎ、ファッションからインテリアまで手がける武藤株式会社
OEMから自社ブランドまで展開を行ない、そして日本の伝統的な技術を世界に伝えている。「産地があり、技術が伝わり、それが伝統となる」という想いとともに、私たちの日常生活を上質にするオンリーワンの製品を目指す。その現地工場を取材し、同社・武藤英之社長と息子の圭亮さんに話を伺った。

よそには真似できない、極細糸へのこだわり

事業の始まりやこれまでの経緯について教えてください。

英之 「戦後父が満州から復員し、昭和22年から事業を始めました。その頃は着物の羽織生地を作っていました。そして着物の生地から傘の生地を作り始めるようになります。また、嫁入り道具の夜具座布(やぐざぶ)を作っていました。布団生地の場合は地元に問屋があり、その問屋に納品をしてから全国の小売業者、そして消費者へという長い流通を経ていました。甲斐絹を使った夜具座布を作る期間が長かったのですが、羽毛布団が出始めて、これで世の中変わるんじゃないかと思い始めていたところ、羽毛布団の事業は失敗。デパートにマフラーが置いてあるのを見て作ってみたいと思ったのがきっかけで、マフラーやストールを製造することとなります。

その後事業は回復し、バブルの影響もありディオールやサンローラン、ケンゾーといったハイブランドのマフラーやストールの製造の仕事を受けていました。しかしバブル崩壊後、日本企業が持っていたハイブランドのライセンス契約を全て手放したことから、一転して経営状況は厳しくなります。
そこで、世界で戦うために天然繊維で世界で一番細い糸を作ろうと徹底的にストールの研究をし始めました。良い原料はロロピアーナさんに抑えられているため、糸の細さで勝負したいと世界一の細い糸を作ったのです」

圭亮 「なぜ細い糸にこだわったかというと、バブルが崩壊してファストファッションが流行り始めた頃で、生産拠点が軒並み日本から中国へ移動したため、中国の生産技術が向上していきました。中国でも織れないレベルのものを作るしかないと開発したのがこの糸です。
糸が細くなればなるほど、原料が良くないと作れません。その分手触りも非常に良い製品ができます。美しいシルクの光沢感も特徴です。展示会に出した際にハイブランドやメゾン系のご担当の方の目に留まったことから、この糸を使っていただくことになりました」

細部にこだわり、オンリーワンのブランドを目指す

どういったきっかけで、自社ブランドを立ち上げたのですか?

英之 「その頃から自社ブランドを立ち上げようという構想が頭にありました。
バブル崩壊後にOEM(他社ブランドの製品を製造すること)の仕事が激減しました。すぐに自社ブランドを立ち上げればよかったのですが、当時はまだその発想がまるっきりありませんでした。一応、OEMの残糸で織ったものを自社商品として出してはいました。ブランドとは言えませんが、OMEとは別の形ではありました。それからオンリーワンの会社になるにはどうしたらいいのかを考え始め、最近では特許関係で試験場の方といろいろ工夫しながら挑戦しています」

圭亮さんは建築設計からキャリアをスタートされましたが、異業種から現職に就いたきっかけは?

圭亮 「以前ハウスメーカーで設計をやっていましたが、お客様と間取りを考えるような部門ではなく、ある程度決まった間取りをより具体的に設計していく仕事で、お客様とやりとりする機会がありませんでした。お客様が喜んでくださるところを見られない環境で設計業務をやっていることが、面白くないと思っていました。実家に戻ったとき、実際にお客様が喜んでくださる生地作りを提案できることが、面白そうだなと思ったことがきっかけです。
当初は工場に缶詰めで機械についてひたすら学んで、今の営業になるまで約3年間、工場で機械の直し方、織り方など生地作りの根幹となる部分に携わっていました。最近では、直接アパレルに営業をかけるなど、良い生地を提案しているという実感があり楽しいです」

武藤の製品には素材への強いこだわりを感じます。他社とは一線を画す独自のものづくりについての視点や考えをお伺いできますか。

圭亮 「極細の天然繊維でストールを織るのはとても難しいです。糸自体が繊細で弱く、普通では織れない糸を使用しているので、その糸を水溶性繊維のソルブロンで巻いて補強しないと生地が織れません。この補強の工程も自社で行っています。生地になった後もソルブロンが残ったままかと思われるかもしれませんが、水溶性のため、水につけると流れ落ちます。ソルブロンを巻く機械も自社にあり、その糸でストールを織ることができるのです。
ここまでの工程を自社で行えるからこそ、当社でしか作れない生地ができあがり、他社からも真似されにくいと考えています」

英之 「1キロ分加工するのに普通は2〜3日で終わる作業も、当社では2週間以上かかるので、なかなか大変です。他社からすればこんな糸は扱えない、それが逆にチャンスです。プロが嫌がる糸です。機械だけあればいいというわけではなく、機械に手を加える必要があります」

圭亮 「元々は別の糸を作るための機械(強い糸を加工するための機械)で、その機械をどう工夫すればよいかパーツを外して構造を変えてみたりと試行錯誤して、糸を加工できるようになったのは機械を購入してから約1年半後です。それぐらい向き合うことが重要ですね。
入社して3年間で機械や織機に詳しくなりましたが、糸を自社で加工することになって以来、撚糸の機械にもだいぶ詳しくなりました。原料から細い糸にこだわっていたり、経糸の加工から行なったりする機屋(はたや)はほとんどないと思います。糸の加工はアウトソーシングしているところが多いですからね」

muto(武藤ストールブランド)を立ち上げる際に苦労されたことは?

圭亮 「OEMしかやっていなかったので、まずどんな見せ方にするのか、どこにどういう風に自社ブランドを売っていくのか苦労しています。この地域(山梨県西桂町)ではOEMだけでやっていては衰退していくので、この地域でやっている機屋さんたちに声をかけて、自分たちの名前をつけたものを販売してみようという活動が始まりました。

その時はストール店、ネクタイ店、オーガニックコットン専門の雑貨店などが出店し、そこにバイヤーさんからお声がけがあったりと少しずつ広がっていって、新宿伊勢丹に期間限定でポップアップストアを出店しました。
実際に物は作れますが、今でもどう販売するかが難しいと感じています。ポップアップストアをやると商品は売れますが、オンラインでは見せ方や伝え方が難しいですよね。畑が違うため、少しずつやり方をシフトしていった方がいいかなと感じます。百貨店で一度購入したり触ったりして『muto』を覚えていただいて、リピーターとしてECでも購入できるという認知を広めたり、宣伝も含めてポップアップストアには注力しています」

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ものづくりへの姿勢が紡いだ、世界とのつながり

パリで毎年2回開かれる世界で最高峰のテキスタイル国際見本市「プルミエール・ヴィジョン」に出展することになった経緯ついて、お聞かせいただけますか。

英之 「当時、海外へ出るには展示会に出なければと思っていました。その頃は自社ブランドというよりもOEMがメインで。最初はジェトロ(日本貿易振興機構)経由でアメリカへ行きました。その後、ジェトロにプルミエール・ヴィジョンに出たいと相談しましたが、ジェトロは関わっておらず別の方面から紹介してもらったんです。そこに連絡をして実際に当社を見に来てもらったり、プルミエール・ヴィジョンの本部にサンプルを送ったりしました。するとプルミエール・ヴィジョンの会長が当社に興味を持ち、リサーチに来ました。
その際、『この生地は武藤でしか作れないのか?』などの質問もありましたが、『ここの産地だったらどこでもできますよ』と答えたんです。『なんだあなたの会社はすごくないのか?』『すごくないかどうかはあなたが決めるもんでしょ、私が決めることじゃないよ』と。『あなたは自分のことを一つも自慢しないな』と言われ『それが日本人なんだよ』と答えたら、そういった姿勢を気にいってくれたようで。それが出展につながりました。最初の出展の際、会長自ら私たちのブースを探して来てくれたんですよ」

自社製品ではなく産地全体を推されたんですね。それはなぜですか?

英之 「産地のいろいろな人の力を借りなければものづくりはできません。伝統の力も必要です。技術は伝統ですからね。産地の技術や伝統があって、続いてきているわけです。そういったことを会長に説明したらとても感激してくれて、一緒に天ぷらを食べたり、実筆で手紙をくれたり、良い付き合いが続いています」

圭亮 「売り上げも着々と伸びてきています。自社ブランドとしてはポップアップストアを軸に考えていますが、ECやセレクトショップなど購入いただくお客様の活動範囲に営業をかけたり、少しずつ知名度をあげていきたいと思っています。より多くの人に知ってもらえたらいいなと思っています」

ファッションだけでなく、ライフスタイルそのものを上質に

これから技術的にチャレンジしたいことや、今後の展望はどのように考えていらっしゃいますか?

英之 「個人的には極細の糸はもうやり切ったと思っているので、 今度は逆に極太の糸でちょっとニッチなマーケットを狙うのも面白いと思っています。手触りのいい糸を織りこなすという技術や素材選びのノウハウもあるので、太い糸の織り方を習得していければと思っています。インテリア市場に少しずつ生地を提案しています」

圭亮 「テキスタイルメーカーとしてこの技術を活用してファッションのみならず別の市場への進出の必要性を感じ、インテリアカーテンやソファーなどにも挑戦しています。OEMとしても自社ブランドとしても良い素材を使い、ライフスタイルにおいて武藤は素晴らしいものを作っていると多くの方々に思ってもらえるようになりたいと思っています。上質な生活そのものを提案できるような会社にしていきたいです」

英之 「技術を基本にしておくと、市場の開拓は早くなると思っています。インテリア業界を攻めるのであれば、その市場にない生地を作ればいいと考えています。『触れば分かる』がコンセプトですから、当社ではストールを実際にこう巻いてください、触れてみてくださいと紹介すると、『こんなの触ったことない』と言ってお買い上げいただくお客様が多いです。触ってもらえば分かることが強みですが、オンラインだと伝わらないのですよね」

業界的な課題はありますか?

圭亮 「各工程の設備はありますが、さらにもっと掘り下げると分業化している部分があります。染色をする前の糸を束状にする作業があるのですが、担当している方がもう84歳。自社で機械を入れるにしても1人従業員が必要になりますし、各工程で関わってくれている人がどんどん引退していく可能性があります。我々ももっと大きな規模になれば人も雇えるし、設備投資もできる。ここからが勝負です。当社の場合、いろんな織機を集めていることもあるので、50〜100年ぐらいは織機的には問題ないと思いますし、部品なども20年前から集めているので修理して使っていくことも可能です」

英之 「本当に人の問題ですね。技術ですから、人を呼んできてすぐに習得できるわけではありません。10〜20年かかりますからね。面白い技術が詰まっているものが世の中には数多くありますが、最近のSNSは浅い情報だけが拡散されたり、そういう情報を間に受けてしまったりする人も多い印象ですね」

最後に、読者に伝えたいメッセージがあればお聞かせください。

圭亮 「当社のストールや生地は本当に『触れば分かる』というのがモットーなので、実際に体感していただきたいです。購入していただけたら産地・技術の貢献や支援にもつながると思います。
また、私たちのいる西桂町の隣りの富士吉田市が始めた、この地域の織物の素晴らしさを伝えるイベント「ハタフェス」が毎年開催されています。最初は小規模でしたが、今では動員が20万人規模の大きなイベントになりつつあります。富士吉田市の3大イベントの1つになっているんですよ。このハタフェスにも出店して、ストール・ワンピース・バックなどの『muto』のものづくりに触れてもらう機会を作っています。ぜひご都合が合えば、足をお運びください」

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Text by Riko

#Artisan#職人#武藤#ストール#山梨#日本文化#伝統工芸#技術#歴史
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