



江戸以前から続く、機織りの家系
事業について、また事業の始まりについても教えてください。
江戸時代、機織りは奈良唯一の産業で、奈良町に住む約9割は機織りに関わっていたといわれています。岡井家も代々機織りをして、1863年に岡井麻布商店の屋号を掲げ、主に武士の上下(かみしも)や茶巾、数寄屋袋など茶道に関わるものを織っていました。問屋への卸をしていましたが、茶道具の需要が減って、このままでは衰退していくと感じました。そこで手紡ぎの糸を使った手織りの奈良晒で現代のライフスタイルに合うものづくりを目指し、20年前に店舗をオープンしました。
家業を継いだきっかけや経緯について教えてください。
後々役立つだろうと、京都の大学で経営学を専攻していました。いつかは家業を継ぐつもりでしたが、一旦社会に出て他の領域を知った方がよいのではないかと思っていたなかで、ちょうど卒業のタイミングで店舗を出すことになったため、すぐに家業に携わることに決めました。最初は店長として働き始め、機織り以外にも接客や販売など、スタッフと共に学びました。

自然の風合いを生かす、つつましやかな魅力
奈良晒の魅力についてお聞かせください。
簡素であることが一番の魅力です。麻生地に色を付けて表現するのではなく、染色していない麻生地そのままの生成り色の糸を見て感じてもらえると、素材の美しさが伝わると思います。水に浸して叩き色素を飛ばして白く晒しても、麻の皮の部分が残り真っ白にはなりません。自然の風合いを生かし、生地に麻の皮の部分も見てとれる不均一で自然のままであることが魅力です。
製作工程を簡単に教えていただけますか? また技術的に難易度が高い作業や特にこだわりのある工程などがありましたら、教えてください。
生産工程は大きく分けて「苧うみ(おうみ)」、「織布」、「晒し」の3工程です。栃木県から仕入れた野州麻を糸にし(苧うみ)、撚りをかけて経糸(たていと)を作り、これを度数に応じて整経します。そして、糊づけ、もじり入れなどを行い、機(はた)にかけます。 次に、へそ巻きした緯糸(よこいと)を底杼(そこひ)に入れ、機にかけた経糸の綾の間に杼を通して織り上げます。織り上がった麻布を、数回の晒工程を経て仕上げます。この生地で茶道各流派の茶巾を手縫いしたり、型染めを中心に、のれん・タペストリー・袋小物などを製作したりしています。織りに注目されがちですが、その前の工程でしっかりと準備しなければ、織り上がった生地の美しさに差が出てしまいます。
大麻の茎から皮を剥いで干した状態で仕入れ、裂いて糸にしますが、祖母の時代に糸の状態にしたものを大量に作ってあり、蔵に保管しています。裂いた人によって糸の太さが違うため、それぞれの糸の束には裂いた人の名前が記載されています。製作するものにより太さの異なる糸を使い分けています。
独自の特徴や競合優位性があれば、教えてください。
昔の技術のままの奈良晒を今も織り続けて商品を販売するのは、当社だけになりました。以前は生地の織巾が32cm〜40cmでしたが、機から作り直して45cmなどこれまでにない織巾も織っています。幅を広げたことで、のれんや日傘など商品のバリエーションが増えました。


思考を具現化できる、職人ネットワーク
アイディアの源、参考にしているものやことなどがありましたら教えてください。
ネットで得られる情報だけでなく、自分の足でいろいろと見にいきます。特に美術館などでは、昔から継承され、今でも何一つ色褪せることのない表現に触れることができ、勉強になります。また奈良県には奈良ブランド開発支援事業があり、製造業の中小企業21社が集まって定期的にミーティングなどを行っています。彼らとはよくコミュニケーションを取り、刺激を受けています。たとえばスツールの試作を思い立つと、近隣の知り合いの革張り職人にすぐに依頼することができるので、思考を具現化しやすい環境があります。また、松屋銀座に来るお客様は見る目が厳しく、ブランドの組み立て方など奈良にいては分からなかったことに気づくきっかけにもなっています。
オリジナルブランド「Mafu a Mano」を始めたきっかけや経緯について教えてください。
「麻布おかい」というお店を2店舗構えていますが、それぞれ商品展開を変えてもっと自分らしい表現がしたいという想いがありました。そこでよくお土産で見かける奈良らしいものではなく、麻本来の色である生成と白のみのシンプルで心が動かされるような商品を追求したいと考えました。たとえば、コーヒーは麻袋に入って保存されていることから思いつき、ネルドリップ用のコーヒーフィルターを開発しました。一般的な綿のフィルターよりも麻は乾きが早く、臭いもつきにくいです。また紙のようにコーヒーの油分を取りすぎず、香りがしっかりと出ます。フィルターに合わせて、自転車のカゴ製造会社にドリッパーを、またスタンドは鉄工所の知り合いに頼みました。

大切なのは、遊び心とコミュニケーション
業界の課題は何かありますか。また、その課題を解決するためには、どのようなことが必要だと考えていますか。
奈良晒の認知度の低さが課題です。需要がないと後継者も育たず、ものづくりを支える道具を作る職人もいなくなり、必要なものが揃えられなくなってしまいます。またブランドとしての知名度が低いため、時間をかけて織り上げても価格を上げられません。
まずは奈良晒を知ってもらうための努力が必要と考えています。茶道具としては有名でも、アパレルやインテリア業界では知られていません。さまざまな商品を通して、またSNS、メディアやワークショップを通して、普及活動をしています。麻布おかいは玄関口として親しみやすい商品を取り揃え、Mafu a Manoでは、美意識を追求したブランド化を目指しており、差別化を図っています。
織物業界のPR活動やブランディングについて感じていることやお考えをお聞かせください。
今はオンライン通販が一般化していますが、奈良晒の色目の違いや糸の太さなどが画面では伝わりにくいです。奈良晒は、麻布の密度も違うためもとの生地の色が一定ではなく、同じ色に染めるのはほぼ不可能です。注釈で記載した文言では伝わらないので、実際に見て触れてほしいと思っています。実際にネットよりも実店舗で商品を購入したお客様の方が、圧倒的に多くリピーターになっています。コミュニケーションを大切にして、いいものを作り続けたいと思っています。


今後どのようなイノベーションや新しい技術への取り組みを計画されていますか? 将来的な展望があれば教えてください。
奈良晒をライフスタイルに落とし込んだ商品を考えています。無理と思われていることに挑戦して、試行錯誤しているときが楽しいです。
今は空間デザインやアパレルに興味があります。麻は通気性がよくひんやりして気持ちのよい素材です。アパレルで使用される麻のほとんどは機械織りですが、手織りの奈良晒でシャツを作ってみたいです。また、人の気配は感じつつもプライベート空間を保つことができる、蚊帳のような空間の間仕切りを作りたいと考えています。コロナ禍で在宅ワークが増えたり、子どもが学校に行けなかったりするとき、家族が一つの場所で別々の作業に集中できる空間を麻蚊帳生地を使ってデザインできないかと考えました。災害時などにも利用できるかもしれません。
伝統あるものを日常に浸透させ、多くの方々に知っていただくことで、よりよいものづくりと作り手が育っていくと思います。数百年前から受け継いできた「奈良晒らしさ」を、この先の未来にもつないでいきます。

Text & Photo by Riko






