



和紙との出会い 、一枚の紙が変えた世界
私は、一枚の紙が自分の「アートの見方」や「空間の捉え方」、そして「静けさ」への感じ方までを変えてしまうとは思ってもみませんでした。けれど、まさにそれが起こったのです。私が初めて「和紙」という存在に出会ったときに。
それまでの私にとって紙とは、ただ「描くためのキャンバス」でしかありませんでした。確かに美しい素材ではありましたが、受け身で、その存在を意識することはほとんどありませんでした。けれど、和紙は違いました。そこには「存在感」があります。内側から光を放ち、空気や質感、そして軽やかさを内包しています。和紙を通じて、私は瞑想や自分自身の創作過程との深いつながりを見出すことができたのです。
ニューヨークでの気づき、呼吸のように生まれる和紙
大学で美術を学び、卒業後すぐに日本へ渡った私ですが、最初に和紙と出会ったのは1986年、ニューヨークのある紙工房を訪れたときでした。職人たちが水の中から繊細な繊維をすくい上げ、静かな確かさでスクリーンの上に重ねていく様子を見ました。その作業のリズムは、まるで呼吸のようにゆっくりと、意図的で、落ち着いていました。繊維はスクリーンの上で踊り、紙が乾くと、それは柔らかくも強靭で、ほのかに光を放つものへと変化しました。
和紙は単なる紙ではなく、静けさの中から深く探求できる「芸術」そのものでした。その工房で私は心の中で思いました──「これを日本でやりたい!」と。紙で作品を作るための場所を日本で探そうと、胸が高鳴ったことを今でも覚えています。

越前で今も続く、表現への探求
京都に戻った私はすぐに、自分の和紙を作る場所を探し始めました。いつも親切にしてくれる和紙屋の店主がいて、私の拙い日本語もよく理解してくれていました。彼に相談すると、快く越前・今立にある彼の家族の紙工房へ連れていってくれることになりました。
200年の歴史をもつその工房で、私は和紙を単なる素材としてではなく、「表現の手段」としてどう生かせるかを模索し始めました。それ以来、私はずっとこの場所で制作を続けています。
もちろん、最初は多くの壁にぶつかりました。思い描くアイディアに対して、技術がまったく追いつかなかったのです。しかし、越前の紙職人たちは、私の発想を形にするために、丁寧に、優しく導いてくれました。彼らの誠実な姿勢と、素材への研ぎ澄まされた感覚に触れ、私は自分の内面を深く見つめ、繊維という素材を通してさまざまな表現を試みるようになりました。
和紙の本質的な魅力は、「相反するものを内包する力」にあります。強くありながら繊細であり、光を取り込みながら影を生む。長い伝統を尊びつつ、革新を受け入れる。西洋出身の私の目には、その可能性は限りなく広がって見えました。初期の作品では、空や水、大気の中に見られる風景や色のグラデーションをテーマにしていました。


静けさの中に現れる創造
長年にわたって私は瞑想を続けています。それは、心が落ち着かず、ざわつきを感じていた頃に始めたことでした。私が求めていたのは、外の静けさだけでなく、内なる静寂でした。呼吸に意識を向け、反応せずにただ観察する「静けさに身を置く」ことを学ぶなかで、私は初めて「今、この瞬間」に本当に存在するという感覚を得ました。
そして驚いたことに、その「存在する感覚」が、和紙の作品を作る過程においても現れ始めたのです。流し込む繊維の動きの中に、私は瞑想と同じリズムを見出すようになりました。
和紙と瞑想とのつながりを強く実感したのは、京都・東福寺の塔頭である「光明院」を訪れたときでした。静寂に包まれた禅寺であり、その極めてミニマルな枯山水庭園で知られています。あるとき、住職から「水の要素を取り入れ、修行の場を支えるような和紙の襖絵を制作してほしい」と依頼をいただきました。それは私にとって大変な名誉でした。
こうして2022年、「ラピスの滝(Lapis Waterfall)」襖が誕生しました。襖のための和紙を制作しているあいだ、私は深い瞑想状態に入り、呼吸と空間のリズムに溶け込んでいきました。幾重にも重なった和紙の質感は、自分の思考の層が浮かんでは消える様子を映し出すようでした。深い青の色調は、落ちる水、深み、そして水の流れを思わせました。
完成した作品が寺に設置されたとき、庭の岩と作品中の「水の要素」が響き合い、ひとつの静謐な調和が生まれました。
私の和紙との旅は、今も続いています。光明院で感じたあの感覚は、今でも心の中で響き続けています。喧騒とスピードに満ちた現代において、この優しく、光を宿した素材は、自然の中の光を表現するためのかけがえのない手段です。
和紙を通して、私はこれからも光と静けさを、そしてアートの可能性を世界に伝えていきたいと思っています。






