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日本工芸の未来を照らす鍵となる“匠”の継承(バイメル・スティーブエン)
2025.04.30
日本工芸の未来を照らす鍵となる“匠”の継承(バイメル・スティーブエン)
日本工芸の未来を照らす鍵となる“匠”の継承(バイメル・スティーブエン)

1971年3月9日、私は23歳で初めて日本を訪れました。飛行機の階段を下り、羽田空港の滑走路に足が触れた瞬間、何かが起きそうな感覚を覚えました。「カチッ」という音とともに、何かが変わっていく感覚。これが新しい人生の始まりであることを直感しました。

背後で扉が閉まったのと同時に、目の前に新たな扉が開かれたような気がしました。そこには、まるでバラ色の眼鏡をかけたような想像もできなかった美しい世界が広がっていたのです。その世界は、次の半世紀にわたって刺激や感動、活力を与えてくれることを予感させました。

仙台にあった新居のアパートに入ったとき、畳の床や襖、障子の窓がある部屋は、まるでおもちゃの家のようだと感じました。昼間は布団を押し入れにしまい、持ち物はすべて棚に収められたので、小さなアパートながらシンプルで余白のある生活空間を作り出せていました。夜になると、押し入れから布団と毛布を取り出し、昼間はこたつで足を温めていました。

コンパクトな台所には多くの驚きがありました。戸棚を開けると、そこには日本中の窯元で作られた陶磁器が並んでいました。ファッショナブルなメルマック(メラミン樹脂製)の食器を使ってきた私は、これほど多種多様な器があることに心を奪われました。

木製の精緻な椀には、私が後に「漆」と知ることになる神秘的な塗料が施されていました。漆は、日本人が9,000年もの間、食器に塗り続けてきた魔法のような素材です。それ以外にも、竹でできたカッターや茶筅(ちゃせん)、箸置き、ひょうたん型の薬味入れなど、次々に日本工芸における巧みな工夫に気づかされました。さらに別の棚には、醤油皿、陶器のおちょこと徳利、コースター、そして小さな急須が並べられていました。

指物作家 兵働知也さんによる茶箱
指物作家 兵働知也さんによる茶箱

何年住んでも日本での生活は驚きの連続で、新たな発見に魅了され続けてきました。やがて私は、もっと多くの人に日本の歴史と文化を伝えたいと思い、旅行会社を設立しました。30年以上にわたって外国人に日本を案内しながら、日本の歴史と文化がいかに長い時間をかけて磨き抜かれてきたものかを実感する日々でした。

「匠」の考え方は、特に日本の工芸を理解する上で重要でした。「匠」の持つエネルギーは、名工が手掛けた工芸品に触れたり、それらを使ったりすることで感じられます。これこそが、日本の工芸品が「自ら語る」と言われる所以です。

このような卓越した質へのこだわりは世界でも珍しいことではありませんが、日本のように1,950種類もの工芸にその精神が及んでいるのは、世界的にも類を見ないスケールです。

1854年の開国以降、日本の美しい工芸品はその品質、創造性、技術力、バリエーションで世界を驚かせました。そしてその後、世界中の職人の新たなインスピレーション源として認められるようになりました。日本は西洋諸国よりも遅れて産業革命を迎え、その後も工芸文化を守り続ける数少ない国となっています。

しかし残念なことに、日本の工芸は今、大きな危機に直面しています。1980年に約30万人いた職人は、今や約5万人にまで減り、2028年にはさらに減少する見込みです。

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町家大工塾の様子
町家大工塾の様子

2025年現在では、熟練の染めや織りの職人たちが困難に立ち向かう一方で、海外から輸入された機械印刷の着物が市場を変えつつあります。また、漆器の売り上げは過去20年で80%も減少しました。

巧みな技を持つ籠職人たちが次々と引退していくなかで、その後を継ぐ若者はほとんどいません。電動の釘打ち機を使う若い大工たちも、もはや木組みの技術を教わることはなくなりました。こうした現状は、枚挙にいとまがありません。さらに、工芸を支える道具を作る職人や染料の調合師、小紋の型を掘る職人なども姿を消しつつあります。

日本の伝統工芸を支えてきた文化的な基盤が衰退するなか、工芸そのものへの需要も減少しています。仏教もまた人々の支持を失いつつあり、企業が担う葬儀ビジネスへと関心が移っています。茶道や華道、書道といった伝統的な道も、オンラインゲームやエンタメには太刀打ちできません。企業の経営者たちもかつてのように文化の後援者ではなくなり、いまではゴルフなど別の娯楽に興じています。

伝統的な木造住宅を手掛ける工務店は、大手の建築企業との激しい競争に苦しみ、伝統的な織りや染めの職人たちも、莫大な広告費で流行をつくる大手アパレルブランドの影に追いやられています。

若い世代の多くは、自国の文化の豊かさにあまり関心を持っておらず、長年にわたり日本の工芸を敬愛し、学び、収集してきた外国人たちほどには、その危機的状況を深刻に受け止めていません。たとえば、国内での関心の低さゆえに、海外のコレクターは日本の現代陶芸には割安感があると感じています。

町家大工塾の様子
町家大工塾の様子

長年、日本の工芸品や文化と親密な関わりを持ってきた私にとって、それらが急速に衰退していくのを目の当たりにするのは辛いものでした。そこで何か行動を起こさなければと思い、仲間たちと一緒に「JapanCraft21」を立ち上げました。

現在は、NPO法人として賛助会員約200名を擁しており、「日本の工芸文化に関わる問題をひとつずつ特定し、それを解決するための適切な戦略を立て、実行していく」というシンプルなアプローチで活動を続けています。

たとえば、伝統的な建築技術を学ぶ機会がない木工職人のために学校を開設したり、高齢の染色職人の後継者育成を支援したりしています。さらに日本の伝統工芸の価値を世界に発信する活動も行っています。

日本における卓越した手仕事の粋、まさに人類の手による技の極致ともいえるこの「匠の力」が、いま消滅の危機に瀕しています。この類まれなる文化的遺産は、日本だけでなく、地球上すべての人々にとっての財産である──その事実を、私たちは世界に伝えなければなりません。

近年は、「日本伝統工芸再生コンテスト」を1年に1度開催しています。5回目となる今年のコンテストは5月1日より募集が始まります。

このコンテストは、21世紀に工芸を再生する才能と情熱を持つ人物を見出すことを目的としており、最優秀賞である「ロニー賞」の受賞者には、プロジェクト実現のために500万円の支援金を贈っています。

第1回目のコンテストでロニー賞を受賞した堤卓也さん
第1回目のコンテストでロニー賞を受賞した堤卓也さん

私たちは、美しいものを作る力だけでは、工芸の再興は成し得ないと考えました。そのため、工芸品の完成度を競うコンテストではなく、「アイデアを競うコンテスト」に踏み切ったのです。受賞者には、日本の伝統工芸の技法に深く携わっていること、高度な製作技術を持っていること、そして明確な再興戦略があることが求められます。この先の工芸は、現代の生活に根ざし、将来に発展可能性を持つ「機能性のある工芸」でなければなりません。

審査においては、作品のデザイン性や展開性を特に重視しています。また、単に賞を与えるだけでは、工芸の未来は支えられません。だからこそ、授賞式の後は、ファイナリスト全員を「クラフト・リーダー・プログラム」に迎え入れ、継続的に支援しています。

そのひとつの成功事例が、着物プロデューサーの武美朝子さんとの取り組みです。京都の染職人たちが次々に引退していくことに危機感を覚えていた武美さんは、その技術を未来につなぐため、職人を育てるプログラムを立ち上げました。現在、高度な技術を持つ70代から90代の職人10人が師匠として、30代の染職人4人の弟子を指導しています。

武美さんの着物や洋服のデザインは高く評価され、修行中の4人にも仕事の機会が期待できます。

JapanCraft21では、このような職人見習い制度の拡大を検討しています。現在は4名の職人を支援していますが、1年以内に15名まで増やすことを目指しています。また、若手大工の高度な木工技術の育成にも力を入れています。

武美朝子さん
武美朝子さん

協業している「祗園内藤工務店」では、90年ぶりに釘を使わない木造の町屋の建設を進めています。環境に優しい現代的な設計になる予定です。
さらに、日本全国で作られている工芸品の持続可能性と、その技術の実行可能性について、信頼性のある分析を進めています。

今、私たちの「クラフトリーダー」グループには36名が在籍していますが、今後も成長を続けていき、現代の暮らしにふさわしい「手仕事の精神」を共有していけたらと思っています。

日本の工芸は、150年以上にわたり世界中の人々を豊かにし、感動を与えてきた宝物です。この文化遺産は、この星に生きる私たち全員のものであり、今が工芸を未来へつなぐ「最後のチャンス」になるかもしれません。

私たちは、小さな民間団体であっても、工夫と努力によって大きな変化を生み出せるのだということを示したいと思っています。

職人の手で生み出された有機的な作品こそが、自然や作り手とのつながりを感じさせ、使用することで大きな感動をもたらしてくれることを忘れないようにしましょう。その気持ちが、無機質なAI生産物に対する答えです。

私たちは、職人としてのキャリアが再び、才能ある若者たちにとっての目標となってほしいと考えています。そして、職人たちがもっと注目され、正当な評価と称賛を受けられるようになることを願っています。

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ヘッダー/プロフィールキャプション:Photo by Taishi Yokotsuka

#Artisan#職人#京都#日本文化#伝統工芸#技術#歴史#リレーコラム
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