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赤穂緞通の新たな価値を:トランペット講師・池上和子が受け継ぐ伝統と挑戦
2025.02.27
赤穂緞通の新たな価値を:トランペット講師・池上和子が受け継ぐ伝統と挑戦

兵庫県赤穂市

赤穂緞通工房 ギャラリー東浜
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赤穂緞通の新たな価値を:トランペット講師・池上和子が受け継ぐ伝統と挑戦
兵庫県赤穂市。古くから塩業が盛んだったこの町では、兵庫県伝統的工芸品に指定されている、赤穂緞通という敷物の産地だ。この地で赤穂緞通に関する活動を勢力的に行っているのが赤穂緞通工房 ギャラリー東浜。運営されている池上さんはトランペット講師として活動する傍ら、現在は赤穂の地で緞通制作を行っている。
なぜ池上さんは赤穂緞通の制作を始めたのか?そこには祖母との想い出が深く関係しているという。今回は同社が活動を始めた経緯や赤穂緞通の歴史、池上さんと赤穂緞通との出会い、そして赤穂緞通に込める想いについて、お話を伺った。

赤穂緞通の価値を伝える“ギャラリー東浜”

最初に創業の背景について教えてください。

赤穂緞通を制作・販売する赤穂緞通工房 ギャラリー東浜(以下・ギャラリー東浜)ができたのは2016年のことです。

この地域では赤穂緞通が作られており、私の祖母は赤穂緞通の織元として活動していました。
時代とともに赤穂緞通が衰退していくなかで、最後まで織元として稼働していたのですが、日に日に悪化する状況には勝てず、やがて閉鎖してしまったそうです。そのような背景から、作り手はいつしか祖母の工房で働いてくださっていた1人の方を残すのみとなってしまったといいます。

その後、その職人さんである阪口キリエさんは赤穂市が開いた講習で赤穂緞通の作り方を伝えました。そして赤穂緞通は、その弟子となった方々が個人的に制作するものとして親しまれるようになっていったのです。

また私は、その弟子の柳田緑先生から技法を学び、東浜という会社で赤穂緞通の価値の保存、継承を行っていくこととなりました。2016年に赤穂緞通のギャラリー兼工房をオープンさせ、活動を始めました。

赤穂緞通の特徴はその模様です。吉祥文様という縁起を担いだ模様が多く、ギャラリー東浜でもその伝統を大切にしています。

職人が8ヶ月かけて織る赤穂段通の魅力

赤穂緞通にはどういった歴史があるのでしょう?

赤穂の町は塩業が盛んで、男性はみんな塩作りに行っていたといいます。しかし塩業は天候に左右される仕事であり、仕事ができない日もありました。
そのため安定した仕事が必要だったことから赤穂緞通を女性が手がけるようになったのです。

やがて赤穂緞通は海外にも輸出されるほど人気となりました。しかし戦争で綿花が手に入りにくくなり、勢いは衰えていったそうです。
素材を獣毛で代用した時代もあったといいますが、それでも海外から安価な敷物が輸入され価格競争に。だんだんと作り手の数は減っていき、一度は絶えかけた赤穂緞通でしたが、先ほどお話しした新たな担い手によって現代に受け継がれています。

赤穂緞通は握りばさみ一つで模様を作る工程が特徴的です。この工程を「摘み」といい、模様の輪郭に溝を付ける「筋摘み」、厚さを均等にする「地摘み」、そして「仕上げ摘み」の3工程が存在します。
糸を同じ長さに切り揃えなければならないため、制作のほとんどの時間をこの摘みの作業に割いています。

この工程があるがゆえに赤穂緞通の制作には多くの時間がかかります。大きいものだとベテランさんでも約8ヶ月かかります。また生地は温度や湿度で長さが変わるので、慎重に作業を進めなければなりません。

柳田緑先生からは「一人前になるには相当な時間がかかるでしょう」といわれ技術を習いましたが、本当の意味で納得いく作品は、数えるほどしかありません。まだまだ道半ばだと感じています。

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赤穂緞通に通ずる学び──トランペットから得た、毎日の積み重ねの大切さ

池上さんはどんな想いを持って赤穂緞通を制作されているのでしょう?

私の想いは赤穂緞通の認知度を上げていきたいということにつきます。

私の祖母は織元だったこともあり、家には常に赤穂緞通がありました。玄関に敷かれていた光景は今でも覚えています。
祖母は私のことをとても可愛がってくれました。オルゴールや、トランペットを買ってくれたり……。
その祖母が亡くなったとき、お葬式をしていくなかで改めて、祖母が赤穂緞通の織元だったことに思い至りました。

自分にとって生活の中にあるのが当たり前の赤穂緞通。改めてその魅力がなんなのかを理解するために私は赤穂緞通を始めたのです。

タイミングもあったと思います。当時私はトランペットを仕事にしようと考えていました。しかしその道は大変険しいものでした。
トランペットは楽しい。でも仕事にするためには才能だけではなく、精神力や演奏家として人前で演奏することを楽しめる性格が必要だったのです。

トランペットが好きなのに、仕事にしたせいでトランペットを嫌いになりそうな自分がいた。
祖母を亡くしたのはそんなタイミングでした。

今は赤穂緞通制作をメインに、夜はトランペットを教えるという働き方をしています。

またトランペットを通して身につけた力は、赤穂緞通制作においても私の力となってくれています。

赤穂緞通は制作期間が長く、毎日の積み重ねが大切です。必然的に、自分を律する心が求められてきます。実はそれはトランペットも同じなのです。

トランペットも、とにかく毎日練習をしないと技術が向上しない。

祖母がくれたトランペットを通して、赤穂緞通で大切な取り組み方が自然にできるようになったと思います。

今の私にとって赤穂緞通は生活の一部といえる存在です。お休みの日でも珍しいものを見ると「緞通のデザインに生かせるな」と考えてしまうくらいです。

そうやって出来上がった作品がお客様のもとに届き、その感想を聞く。ギャラリーでは祖母がくれたオルゴールを聞きながらお茶を楽しんでもらい、気持ちの良い時間を過ごしていただく。それが私の一番の喜びとなっています。

だからこそ、もっと赤穂緞通の魅力をお客様に伝えたい、もっと求めてもらいたい。

そのために赤穂緞通を広めていきたい。それが私の想いなのです。

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赤穂緞通を手にとりやすいものに

これから挑戦したいことはありますか。

最近は活動や発信などをきっかけにギャラリー東浜に興味を持ってくださる若い方が増えてきています。
たとえば今いる研修生は、Instagramで発信した募集を見て岡山県からきてくれました。また20代のお客様も多いです。これまでは60代や70代の方が普通だったのですが、今はいろいろな世代の方にお越しいただいています。

また去年フランスの展示会に出展する機会があり、多くの方に赤穂緞通にすごく興味を持っていただくことができました。

産地全体の課題でもありますが、もっと赤穂緞通を広めていきたいです。赤穂緞通は手の届きやすい価格ではないので、お客様が購入するにはハードルが高い商品だと想像できます。そのため、常に興味を持ってくださる方を増やすことを意識しなければなりません。

伝統の模様に込められた想いを大切にしつつ、一方では現代の方にも受け入れていただけるような模様やサイズ、アイテムを展開していく、それが今、私の挑戦していることです。
文房具や手拭いといった商品はその一例です。また緞通自体の美しさを楽しむために絵画のように飾るという方もいらっしゃいますね。

もっとたくさんの方に赤穂緞通を広めるために、これからも活動を続けていきたいと思います。

Text by タカハシ コウキ

#Artisan#職人#兵庫#伝統工芸#赤穂緞通#歴史#日本文化#技術
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