


伝統を背負う覚悟
東さんは、和歌山で100年以上続く桐箪笥職人の家に生まれた。しかし幼い頃から家業を継ぐ気持ちはなく、むしろ「美容師になろうか」と考えたこともあるという。小学校の卒業アルバムには「世界一の桐箪笥職人になる」と書いたものの、それは父親を喜ばせたいがために記したものだったと振り返る。
転機となったのは、父の病と師匠との出会いでした。東さんが20代後半の頃、父が血液のがんで余命を宣告される。父はその直前まで桐材の買い付けや職人仲間との仕事に奔走していた。その姿を目の当たりにした東さんは、「自分の代で100年以上の歴史を終わらせるのはあまりに惜しい」と強く感じ、五代目を継ぐ決意を固めた。
「歴史って、人間の思いが点になって、それがつながって線になる。その線を途切れさせるわけにはいかないんです」と東さんは語る。プレッシャーよりも、「誇り」と「責任感」が彼を突き動かした。
師匠から学んだ“究極の手技”と素材への眼差し
東さんは父の仲間であり、「漆の神様」と呼ばれた職人から、素手で漆を塗るという特殊技法を学んだ。通常漆はかぶれを引き起こすため、多くの職人が手袋をして扱う。しかし、東さんは体質的に漆でかぶれず、さらに手のひらの細かなシワを生かすことで、刷毛では出せない独特の風合いを生み出すことができる。
また、材料を見る目については祖父と父から強く教えを受けました。桐の丸太を割る瞬間まで、木目の美しさは分からない。桐の丸太の買い付けは、外からの表情を見て中身の状態を判断して商いを行います。和牛の買い付けとかと似てると思います。まるで宝くじのようですよね。何年たっても勉強です。
さらに、父は「材料をケチるな。いい素材を使ってこそ究極の仕事ができる」と繰り返しました。東さん自身は、その教えを継ぎながらも「B級やC級とされる木材を、自分の技術でS級に仕立て直す」挑戦を続けている。捨てられるはずの木を生かす発想は、伝統を守るだけでなく、新しい価値を創り出す原動力となっている。

伝統からブランドへ
家業を継いだ当初、桐箪笥は百貨店でほとんど売れず、価格競争に巻き込まれる苦しい状況が続いていた。そんななか、東京を訪れた東さんは衝撃的な体験をする。六本木のセレクトショップで、若者たちが100万円近いベッドを次々と購入していく様子を目にしたのだ。一方で、他百貨店で見ていた箪笥は伝統工芸品でありながらは20万円を切っても売れない。そこで東さんは気づく。「これは“ブランドの力”だ」と。
その後、試行錯誤を重ね、桐の木で世界初の厚み1mmの桐のロックグラスを作り出しました。これが思いがけず大ヒットし、クラウドファンディング「Makuake」で工芸品として初めてプロジェクトの目標を達成した。
「誰にも頼まずに出したんです。知り合いに買ってもらって、形だけ達成しても意味がない。でも開始7時間で達成したことで、工芸品でもいけるんだと確信しました」
こうして東さんの桐箪笥が、“伝統工芸品”としてではなく、「家具のあづま」というブランドの価値として求められるようになっていった。

出会いが開いた世界──LEXUS NEW TAKUMI PROJECTから広がるネットワーク
東さんの名を広める大きな契機となったのが、トヨタ自動車が行っていたプロジェクトの「LEXUS NEW TAKUMI PROJECT」でした。2017年、ここで日本一に選ばれたことで全国の匠やデザイナーとのネットワークが広がり、大手企業との協働にもつながっていく。
たとえば、バッグブランドgentenの20周年モデルでは、着物生地の下地に漆染めを用い、1日で完売。MARKS&WEBとのコラボでは桐の手鏡や石鹸トレイを生み出し、日常使いできる工芸品の魅力を広めた。
さらに、ミラノサローネではレクサスのブース展示への出展をきっかけにフィリップモリスと出会い、世界初のメーカーズギャラリーやCM出演につながった。グローバルブランドと伝統工芸が交差する場に立ち会うことで、「工芸の可能性は世界に広がる」と確信したという。
また、南部鉄器の名匠やモメンタムファクトリー・Oriiの折居社長、陶芸家・辻村史朗氏といった錚々たる職人・芸術家たちとの交流も深まった。そうした“異能との出会い”が、東さん自身のものづくりの哲学を磨き上げていった。

技術とAI、そして次世代へ
「ものづくりの全盛期は50歳まで」と語る東さんは、体力が衰えるその先を見据え、AIやデジタル技術を活用した新しい継承の形を構想している。自らの手の動きを機械に学習させ、3Dスキャニングで技法をデータ化する。動画やAIを教材として残せば、100年後の職人がその技を再現できるのではないかと考えている。
ただし東さんは、「AIにできること」と「人間にしかできないこと」を明確に区別している。木の繊維の抵抗を瞬時に感じ取り、力加減を調整する感覚は人間の手にしか宿らない、と強調する。
一方で、東さんの視線は自らの子どもや弟子たちにも注がれている。3人の息子には小遣いを与えず、仕事を手伝えば大人と同じように「給料」を払う。中学生の3男ですら一晩中工房を手伝い、朝日を喜ぶ姿を見て「ものづくりを通じて人生を学んでほしい」と語る。
また、弟子やインターンには独立を奨励し、材料や機械を無償で提供して背中を押している。「誰かがかぶらないと、次の世代は残っていけない。僕に来たチャンスを若い世代につなげたい」と語る姿には、伝統工芸を未来へと橋渡しする使命感がにじむ。







