



深く澄んだ藍色は、職人の技術だけで生まれるわけではない。自然の営みに寄り添い、日々変化する染液と向き合い続ける時間が、その一色を育てている。約250年続く津軽天然藍染川﨑染工場を訪ね、その手仕事の本質に触れた。

江戸時代から続く「津軽天然藍染」
青森県弘前市。弘前城のほど近くに、江戸時代後期から時を刻む一軒の染物屋がある。津軽天然藍染 川﨑染工場だ。
店舗兼工房の奥へ足を踏み入れると、黒光りする梁や柱が今も残り、発酵した藍が放つ独特の香りがふわりと鼻をくすぐる。ここでは、先祖から伝わる天然藍染の技法が、約250年にわたって守り継がれてきた。
江戸時代、津軽藩がこの地を治めていた頃、弘前には100軒を超える藍染の紺屋が軒を連ねていた。武士の羽織袴や庶民の暮らしを支える染物として、天然藍は人々の生活に欠かせない存在だったのだ。
しかし、明治時代の廃藩置県や化学染料の普及により、天然藍染は次第にその姿を消していく。川崎家も例外ではなく、一度は暖簾を下ろした過去がある。
復活のきっかけとなったのは、1991年の台風19号だ。強風で建物の一部が損壊したことで、奇しくも床下から、江戸時代に使われていた11基の藍甕(あいがめ)が見つかったのだ。
その発見を機に、11代目が復活を決意。建物を修復し、途絶えていた天然藍染をよみがえらせた。現在は13代目・川崎有哉さんへと受け継がれ、商品の販売を行うほか、藍染体験を通して、藍染のある暮らしや文化を伝えている。


藍は、生き物だ
工房には、江戸時代から使われてきた藍甕が並ぶ。その中で育てられているのは、植物からつくられた天然藍の染液だ。
天然藍染は、タデ科の植物「藍」の葉を発酵させてつくる「すくも」を原料に、灰汁(あく)を加えながら藍甕の中でさらに発酵を重ねる。目には見えない微生物の働きによって、ようやく布を染められる染液が生まれる。
その微生物たちを川崎さんは、親しみを込めて「藍ちゃん」と呼ぶ。藍は、川崎さんにとって日々世話をする“生き物”なのだ。
液面の中央に「藍の花」と呼ばれる泡がしっかりと現れるのは、微生物が元気に働いているサインだ。元気がなくなれば、小麦の外皮「ふすま」をエサとして与え、ときには日本酒を与えることもあるという。働かせすぎても、休ませすぎても機嫌を損ねてしまうため、毎日、色や泡、香りを確かめながら状態を見極めている。寒ければ活動が鈍くなり、暑すぎれば美しい色が出ない。
「風邪をひくことだってあるんですよ」
藍の状態は、原料となる「すくも」の出来にも大きく左右されるという。
「だから、藍染ってどこまでいっても植物との対話なんです。自然相手なので、ごまかせないんですよね。藍の体調を毎日観察しながら、日々向き合っています」
染液の寿命は約1年。その中でも、もっとも濃く美しい藍色を生み出せるのは、わずか2〜3ヶ月ほど。職人が毎日手間と愛情をかけ、自然の力が重なり合うことで、深く美しい藍色が生まれるのだ。

世界に一枚だけの藍色ができるまで
その藍色が、どのように生まれるのか。実際に藍染を体験させてもらった。
まずは、4種類ある見本の中から「銀河花火」という技法を選んだ。真っ白なハンカチをつまんでねじり、かごに入れたらゆっくりと藍甕の中へ沈めていく。
「このまま2分待ちます。動かさないでくださいね」
中腰の姿勢でじっと待ち、ゆっくりと引き上げる。すると、ハンカチはまだ深い緑がかった色をしていた。
「空気に触れると酸化して青くなります」
その言葉どおり、空気に触れた布はみるみるうちに色を変え、緑から藍色へと変わっていく。まるで布が呼吸をしているかのようだ。
この工程を3回繰り返すことで、少しずつ藍の色が深まっていく。甕の中に長く浸ければ濃く染まるというわけではない。空気に触れて酸化させる時間があってこそ、美しい藍色が生まれるのだ。
最後は井戸水で何度も洗い流す。流れ出るのは、植物や灰汁などの余分な成分だけ。水に溶けない性質を持つ藍の青だけが布に残り、洗うほどに澄んだ色合いになっていく。これが水道水だと、塩素の影響で色が抜けてしまうのだそうだ。
乾燥を終えて手元に戻ってきたハンカチは、澄んだ藍色に染まっていた。天然藍だからこそ生まれるその色は、自然相手ゆえに二度と同じ仕上がりにはならない。


天然藍染を次の世代へ手渡していきたい
「天然藍染は自然の力を借りたもので、虫除けや抗菌作用があるんです。汗をかいても臭くなりにくいですし、布の繊維も丈夫になります」
天然藍染は、美しい色合いだけでなく、暮らしの中で使われる実用品として親しまれてきた。武士の羽織袴や庶民の仕事着に使われてきたのも、その実用性があったからだ。
抗菌性や防臭性、耐久性は、現代の暮らしにおいても魅力的だ。ストールやハンカチ、衣類など、日常で使うほどに天然藍の良さを感じられる。
一方で、生き物を育てる天然藍染は、気の遠くなるような時間と労力がかかる。実際に藍染を体験したからこそ、その積み重ねを実感した。
それでも、なぜ川崎さんは昔ながらのやり方を貫き続けるのだろう。
「当たり前にあったものが、なくなってしまうのは寂しいです。私たちは先祖から受け継いだものを預かっているだけ。だから、このやり方を次の世代にもつないでいきたいと考えています。効率だけを考えれば、ほかにも方法はいくらでもあります。でも一番大切なのは、先人たちがしてきたように、この天然藍染を次の世代へ手渡していくことです」
その深い藍色には、人から人へ受け継がれてきた想いも宿っている。
Text by 奥村 サヤ









