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3人の夢は、3人とも違う。吉野の茶農家3姉妹が「茶ノ吉」に込めたもの
2026.08.31
3人の夢は、3人とも違う。吉野の茶農家3姉妹が「茶ノ吉」に込めたもの

奈良県吉野郡

嘉兵衛本舗
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上野知佳・堤有佳・井川恵里佳

奈良・吉野で長年続く伝統製法を受け継ぐ茶農家。自然の恵みと手仕事からなる天日干し番茶など、こだわりのお茶づくりを行う。近年、伝統的な製法を守りつつ現代のライフスタイルに寄り添う新ブランド「茶の吉」を立ち上げ、より多くの方にお茶の魅力と豊かな時間を届けるべく取り組んでいる。三姉妹を中心とした温かみのある手仕事と丁寧なものづくりを通じ、吉野の自然と歴史が息づく味わいを発信している。

吉野大淀日干番茶

奈良県吉野郡で受け継がれてきた茶づくり。蒸した茶葉を天日で乾燥させ、揉まずに深蒸しで仕上げる製法を守り、まろやかな味わいと香ばしさを引き出す。日常のお茶として飲まれるほか、茶粥や料理、菓子などにも用いられている。

奈良県吉野郡の茶農家・嘉兵衛本舗は、3姉妹を中心に天日干し番茶の伝統製法を守りながら、新ブランド「茶ノ吉」で多彩な茶づくりにも挑戦している。土地の個性を生かした栽培と手間を惜しまない製法を軸に、吉野のお茶を未来へつなぐ取り組みを続けている。
3人の夢は、3人とも違う。吉野の茶農家3姉妹が「茶ノ吉」に込めたもの

奈良県吉野郡の山あいに、天日干しの茶葉が日差しを浴びて並んでいる。雨雲レーダーを睨みながら、空の様子が変わればすぐにシートをかける。かつては雲の動きや雨のにおいで判断していたその仕事を、3姉妹が引き継いでいる。

江戸時代から続く茶農家、嘉兵衛本舗。効率化が進む日本茶業界の中で、あえて手間のかかる製法を選び続ける理由を聞いた。

空の表情で天気を読んでいた。天日干し番茶ができるまで

嘉兵衛本舗の歴史は古い。記録をたどれるのは天保年間までだが、それ以前から吉野は大規模な茶の産地として機能していたとされる。弘法大師が高野山から室生寺へ向かう途中、この地で茶の種を配ったという伝承も残る。1963年に専業の茶農家となり、現在は3姉妹を中心に茶畑を管理している。

看板商品は、天日干し番茶だ。一般的な番茶は機械で乾燥させるが、嘉兵衛本舗では蒸した茶葉をシートに広げ、太陽の光と風にゆっくりとさらす。表面が日焼けしたら裏返し、内側の青い面を再び日に当てる。この工程を繰り返すことで、まろやかで渋みが少なく、やさしい味わいが生まれる。揉みの工程がないのも特徴で、深蒸しで仕上げる製法は昔から変わっていない。

しかし、この作業は過酷を極める。夏場の炎天下に手作業で茶葉をかき混ぜる工程は、熱中症のリスクと隣り合わせだ。近年は空調服を導入するなどの対策を講じているが、体力的な負担は年々大きくなる。天候にも大きく左右され、今は雨雲レーダーをチェックしながら工程を組んでいるが、急に湧いてくる雨雲にはいつも振り回される。かつては天気予報を頼りにしつつ、雲の動きや雨のにおいを感じながら茶づくりに励んでいた名残が、今も作業のそこかしこにうかがえる。

気候変動の影響も深刻だ。毎年決まった数量の確保が難しくなっており、梅雨入りが平均より1ヶ月早かった年には機械で刈り取りができないほど枝が伸びてしまい、人力で収穫せざるを得なかった。山里という土地柄、交通の便も限られ、若い世代の移住も少ないため、人手の確保は年々難しくなっている。

それでもこの製法を続けるのは、天日干しでしか出せない風味があるからだ。機械乾燥と比較しても、香りの違いは明確。自然のリズムに合わせた手間のかかる方法だからこそ生まれる、嘉兵衛本舗だけの味がある。

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番茶だけでは続かない。「茶ノ吉」が生まれた理由

天日干し番茶は日常使いの茶として根強い人気がある。吉野では茶粥を「おかいさん」と呼び、日常の食卓に溶け込んだ郷土料理として親しまれてきた。嘉兵衛本舗の番茶は、その文化と深く結びついている。

一方で、農家としての経営課題も抱えていた。番茶は単価が低く、生産量を増やしても収益への貢献は限定的だ。茶農家にとってもっとも価値が高いのは春に収穫される一番茶だが、嘉兵衛本舗では番茶の需要が突出しており、一番茶の販売促進が課題になっていた。天日干し番茶の生産体制を維持するには、一番茶や二番茶を適正な価格で販売し、年間を通じた安定した収益基盤をつくる必要があった。

この課題を解決するために立ち上げたのが、新ブランド「茶ノ吉」だ。中川政七商店が主催する合同展示会「大日本市」に向けたセミナーへの参加がきっかけとなり、パートナーブランド契約を結ぶことで営業や広報の支援を受け、製造に専念できる体制を整えた。ギフト商材は「茶ノ吉」ブランドで展開し、お土産としては嘉兵衛本舗のシリーズが道の駅やふるさと納税の返礼品にも採用されている。

販路についても明確な方針がある。父の代に築いた直販顧客の減少を新規で取り戻したいと考え、販売店も徐々に増やしてきた。ただし、置いてもらえればどこでもいいわけではない。コンセプトショップやライフスタイルショップなど、日常を豊かにする文脈を持つお店で取り扱ってほしいという思いがある。

海外展開の話についても卸先からPOPUPの提案が来ることがあるが、基本的にはまず日本人に飲んでもらいたいという考えだ。地元の年配の生産者に「日本で売り切るほど売ってから海外を考えろ」と言われたことが、今も指針になっている。

畑の個性を生かす。露地栽培と季節のクラフトティー

嘉兵衛本舗のものづくりの根底にあるのは、「吉野の山育ち、てまひま仕上げ」という言葉だ。土地の力を生かして手間を惜しまず、昔ながらの製法を守ること。一日のどんな場面にも寄り添えるお茶をつくることを、自分たちのミッションとしている。

栽培は基本的に露地栽培にこだわる。吉野の土地と気候が育てる茶葉の個性を大切にしたいという思いからだ。太陽と風をしっかり浴びることで、茶葉に力強い味と香りが宿り、その土地ならではの風味が生まれる。被覆栽培はごく限られた範囲でのみ行い、収穫時期や製造工程を考慮した合理的な選択として取り入れている。露地栽培の力強さと被覆栽培のやわらかさ、どちらも茶葉の個性を引き出すための工夫であり、畑ごとの状態を見ながら判断している。

特別栽培を採用しているが、完全な無農薬では畑が枯れてしまう場合もある。異常気象が続く昨今はその見極めがとりわけ難しく、収穫から加工まで手間暇をかけることを大切にしている。

「茶ノ吉」では、一年を通して季節ごとの旬の茶葉を最適な製法で届けることをコンセプトにしている。春に収穫した茶葉は半年間寝かせて熟成させ、甘みや旨味がもっとも引き出されたタイミングで送り出す。新芽が出始めてから約10日間だけ手摘みできる白茶、「べにふうき」を使った和紅茶など、収穫時期の特性に合わせた多様な茶を少量ずつ製造する。

ハーブと日本茶を組み合わせたブレンドティーシリーズも展開している。ハーブの香りに日本茶の旨味を重ね、香りが強く立ちすぎないよう、お茶のやさしさを生かした配合にこだわる。近隣で採れるハーブや柑橘など、季節の素材を選ぶ時間は姉妹自身にとっても楽しい工程だという。若い世代にも手に取りやすいようパッケージにも気を配り、プチギフトとしても提案している。

変わらないものと、変えたもの。番茶の製法は天日干し乾燥、揉みなし、深蒸しという3つの柱を守り続ける一方で、かつて煎茶に仕上げていた茶葉の一部は、紅茶や釜炒り煎茶、烏龍茶へと姿を変えた。台湾に赴いて烏龍茶の製法を学ぶ計画も立てており、現状に満足することなく技術の幅を広げ続けている。

年間を通じて多様な茶を製造することには、もう一つの意味がある。季節労働に依存せず、通年で雇用を維持できる体制をつくることだ。

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トップシェフが見つけた、番茶の「食材」としての可能性

嘉兵衛本舗の茶葉が持つ深い味わいは、吉野特有の土壌によって育まれている。山間部の茶畑は赤土が多く、農作物の栽培に適した環境だ。さらに、昔から熊野から大阪へと抜ける街道沿いで魚の運搬が行われていた歴史から、魚粉を中心とした有機肥料を使う文化が根付いている。この施肥体系が土壌の栄養分を豊かにし、茶葉に強い旨味を蓄積させる。

日本各地には、ゆでてから干す岡山県の美作番茶や、後発酵させる四国の碁石茶など多様な番茶がある。その中でも嘉兵衛本舗の天日干し番茶は、独自の旨味と香ばしさで一線を画している。

その品質は、飲料としての枠を超えた評価にもつながっている。東京・神宮前のレストラン「フロリレージュ」では、嘉兵衛本舗のほうじ茶がデザートの香り付けとして採用された。サツマイモのケーキにほうじ茶の煙をまとわせるスモークの手法で、茶葉の持つ香ばしさが料理のアクセントとして機能する。手間暇をかけたクラフトティーが、トップシェフの創造性を刺激し、新たな食体験の構成要素として認められた事例だ。

3姉妹、それぞれの夢。小さな畑から続く道

嘉兵衛本舗の運営は、3姉妹の連携で成り立っている。代表者である父のもと、長女が製造全般と出展営業を統括し、次女が緑茶・紅茶・番茶の製造と事務を担う。三女は製造補助と受注管理を受け持ちながら、姉妹間の緩衝材として機能する。パート3名、繁忙期には臨時パート5名が加わり、母が食事と配達の補助を担う家族ぐるみの体制だ。

新商品の開発では焙煎の度合いや火入れの強さを巡って意見が衝突することもあるが、美味しい茶葉に仕上がらなければ市場には出さないという品質への姿勢は全員で共有している。品質管理も、毛髪チェックやメッシュキャップ・手袋の装着、金属音での混入物確認、目視による除去など、大がかりな機械を入れられない分、昔ながらの方法を丁寧に積み重ねている。

地域との関わりも深い。大淀町の特産品に選定され、百貨店や物産展への出展、有楽町での町PRイベント、奈良県のアンテナショップへの出品を行う。地元の道の駅では大きなコーナーを構え、お茶を使ったソフトクリームやお菓子の材料としても提供している。小学校の「わたしたちのまち」の単元では、数十年にわたって新茶の季節に工場見学を受け入れてきた。学校給食には地元事業所と連携して番茶そうめんや番茶葛餅を開発・提供し、大人向けにはお茶会や茶摘み体験を通じて里山の暮らしとお茶の魅力を発信している。無印良品やHISからツアーの相談が来ることもあり、体験を軸にした展開も模索中だ。

現在の日本茶業界は大きな転換期にある。ペットボトル飲料の普及でリーフ茶の需要が減少する一方、単価の高い抹茶原料への転作が増え、大手メーカーによる茶畑の囲い込みも進む。日常的に消費される煎茶や番茶の生産は、相対的に縮小していく可能性がある。

嘉兵衛本舗は抹茶への転作を選ばない。市場の変化に対しては、「対応ではなく対処」という言葉が印象的だった。20年以上お付き合いしてきた農家の離農や市場の変化はシビアな現実だが、戦略というよりも自社の製造力の底上げを図りたいと語る。「茶ノ吉」というブランドを育てることで適正な利益を確保し、天日干し番茶の価格を維持しながら生産体制を守ることが中長期の目標だ。

将来の夢は、3人それぞれ違う。長女は茶摘み体験でお茶の先生や作家、料理人とコラボしていきたい。次女は生産を持続させるコミュニティをつくり、人員の確保と地域活性化に貢献できる会社にしたい。三女は、父が離農しても安心して任せてもらえるような会社にしたい。方向はそれぞれでも、小さな畑を守りながら吉野のお茶を未来につなぐという軸は揺るがない。

「姉妹で小さな畑を守りながら、日々お茶づくりに向き合っています。まだまだ学ぶことばかりですが、一つひとつ丁寧に積み重ねて、皆様に喜んでいただけるお茶を育てていきたいと思います。これからも温かく見守っていただければうれしいです」3姉妹の言葉が、吉野の山あいから届く。

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