



津軽塗は、青森県津軽地方を代表する伝統工芸だ。
何度も漆を塗り重ね、乾かし、研ぐ。その手間を惜しまないものづくりは、300年以上にわたって受け継がれてきた。一方で、その表現は時代とともに少しずつ変化を続けている。
変わらない技を守りながら、新しい感性を取り入れる。「津軽塗の源兵衛」を訪ね、伝統を未来へつなぐものづくりについて聞いた。

津軽の地で磨かれた漆の技
独特の艶やかな塗りと美しい模様が特徴の津軽塗。その歴史は、江戸時代までさかのぼる。
青森県弘前市を中心に受け継がれてきた津軽塗は、津軽藩の城下町で発展した伝統工芸だ。当時の弘前藩では、武具や馬具に漆を塗る技術が育まれていたが、4代藩主・津軽信政の時代になると、全国から優れた職人が招かれ、漆工芸は大きく発展した。
なかでも現在の津軽塗につながる技術を伝えたのが、塗師・池田源兵衛だ。
若狭国(現在の福井県)小浜藩の塗師だった源兵衛が津軽へ招かれ、若狭塗の技法が伝えられた。こうして津軽の職人技と融合し、現在の津軽塗の原点が築かれていった。
主な素材となるのは、青森の県の木でもあるヒバ。弘前城をはじめ、多くの歴史的建造物にも使われてきた木材だ。
その木地に何度も漆を塗り重ね、乾かし、研いでいくことで、色とりどりの美しい模様を浮かび上がらせる。工程は50回以上にも及び、丈夫で長く使える漆器として今も津軽の暮らしに根付いている。


「バカ丁寧」が生む津軽塗の美
津軽塗の魅力は、気の遠くなるような手間の積み重ねにある。
「『津軽のバカ塗り』って昔から言われるんですよ。バカ丁寧に塗るから、そう呼ばれているんです」
そう笑うのは、「津軽塗の源兵衛」5代目の木村昭文さんだ。
高校卒業後に上京し、約10年間繊維業界で働いた後、家業を継いだ。幼い頃から祖父や父が仕事をする姿を見て育ち、工程は頭に入っていたという。それでも実際に職人の道へ入ると、その奥深さを改めて実感した。
「何年続けても、自分が思い描くものを満足いく形で作るのは本当に難しいです。最後の『研ぎ出し』という工程では、力の入れ方一つで模様の出方がまったく変わってきます。できるようになったと思えるまでには時間がかかりますね」
バカ塗りと称されるほど丁寧かつ、50回以上にも及ぶ工程を経たのちに、一つの器が完成する。そこに至るまでには2ヶ月以上を要するという。
「それだけ塗りを重ねるので、とても丈夫で長持ちするのが津軽塗の特徴です。お箸やお椀なら、毎日使っても10年以上は使えますよ」

ねぷたから生まれた新たな表現
実は木村さんには、ねぷた絵師としての顔もある。
青森の夏を彩る「ねぷた祭り」は、津軽の人々にとって特別な存在だ。毎年8月になると、城下町には勇壮なねぷたが並び、笛や太鼓の音が響き渡る。夜のまちをゆっくりと練り歩くねぷたは、津軽の短い夏を象徴する風物詩でもある。木村さんも幼い頃からその光景を見て育ち、その鮮やかな色彩や力強い絵柄に魅了されてきた。
そんなねぷたから着想を得て生まれたのが、木村さんオリジナルの「ねぷた塗り」だ。色漆を何層にも重ね、その上から黒漆を塗って研ぎ出すことで、ねぷたの華やかな色彩を津軽塗で表現している。
こうした新しい表現に挑戦する背景には、木村さんの「若い世代にも津軽塗を身近に感じてほしい」という想いがある。
かつて津軽塗は、「古臭い」「年配の人が使うもの」というイメージを持たれることも少なくなかった。木村さん自身も、先祖から受け継いだ伝統を変えていいのか、長く葛藤していたという。
その背中を押し、大きな転機となったのが、青森県出身のタレント・王林さんとの出会いだった。

やわらかな感性が伝統をつなぐ
祖父が津軽塗職人だった王林さんは、大学生時代、卒業論文のテーマに津軽塗を選んだ。その取材で木村さんの元を訪ねてきたことをきっかけに、交流が始まったのだそう。
「王林さんから『津軽塗でピアスを作ってほしい』とお願いされたんです。今まで作ったことはなかったんですが、挑戦してみました。それをテレビ出演の際に身につけてくれるようになると、『同じものが欲しい』という注文が次々と入るようになったんです」
この出来事をきっかけに、木村さんはアクセサリーなど新たな商品づくりに取り組むようになる。しかし、ファッションやデザインに対しては自信がなかったという。
そこで頼りにしたのが、娘の依里朱さんだった。
「私はどうしても考え方が古いので、ここは女性の感性の方がいいだろうと思い、娘に相談するようになったんです」
ファッション関係の仕事に就いていた依里朱さんは、それまで津軽塗にはほとんど興味がなかったという。しかし、アクセサリーづくりをきっかけに、「こんなものも作ってみたい」というアイディアが彼女の中にも次々と湧いてきた。
そして現在は、6代目として子育てをしながら修業を重ねている。伝統技法を受け継ぎながらも、柔軟な発想でカラフルな色使いやデザインを取り入れ、津軽塗の新たな可能性を広げている。

受け継がれる技、新しい彩り
依里朱さんが加わったことで、源兵衛の津軽塗にはこれまでになかった色やデザインが生まれている。
木村さんが特に意識しているのが、「色」だ。
「色合いも時代によって好まれるものが変わります。昔ながらの色だけでなく、ピンクやブルーなど、新しい色も取り入れるようになりました。『こんな津軽塗もあるんだ』と驚いてもらえるような色を出せるよう意識しています」


近年では、ねぷた祭りで使う笛やスマートフォンケースなど、これまでになかった商品の依頼も増えてきた。
木村さんは、「若い世代の感性も取り入れながら、挑戦を続けていきたい」とやわらかな笑顔を見せる。
300年以上受け継がれてきた津軽塗。変わらないのは、「バカ丁寧」と言われるほど手間を惜しまないものづくりだ。その技を守りながら新たな感性を塗り重ね、木村さんは津軽塗を次の時代へとつないでいく。


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