



最高の評価は、必ずしも自由をもたらすわけではない。
人間国宝に認定された藤塚松星さんは、竹工芸を広く伝える役割を背負う一方で、自らの制作時間を削られていく。栄誉の先に生まれた、作家としての葛藤を聞いた。
最高の栄誉がもたらした「制作できない日々」
約15年もの落選時代を経て、独自の表現技法「彩変化」などを武器に数々の賞を受賞するようになった藤塚松星さん。2012年には紫綬褒章を受章、そして2023年7月、ついに日本の伝統工芸における最高峰の栄誉である「重要無形文化財保持者(人間国宝)」に認定された。
さぞかし恵まれた環境で、自らの創作活動に没頭しているのだろう──誰もがそう想像する。しかし、藤塚さんの口からこぼれたのは、いっけん華やかな肩書きからは想像もつかないような、切実なジレンマだった。
「重要無形文化財保持者に認定されると、いろんなところからいろんな取材の申し込みがあるんですよ。それで僕もその対応に追われて、2年半ぐらいかな……そうすると、ほとんど自分の制作ができなくなっちゃって」
元サッカー日本代表の中田英寿氏が主宰するプロジェクトの取材を受けたり、NHKの人気番組『チコちゃんに叱られる!』では、「人間国宝って何?」というテーマのもと紹介されたりもした。
メディアへの露出が増える一方で、竹と向き合う時間は確実に削られていく。かつて同じように人間国宝に認定された先輩作家の苦労話も、いまなら痛いほど理解できるという。
「認定された先輩先生方でも、最初2年ぐらいは取材を受けたけど、その後はもう仕事できないからって、みんな断ってるってなるんですよ。その気持ちもよくわかる」
文化庁から人間国宝として認定されるということは、国から2つの大きな役目を背負わされることを意味する。ひとつは自身の技術をさらに磨き上げる「練磨」、そしてもうひとつが、後継者育成や広報といった「伝承」の役割だ。
「人間国宝という『看板』を背負っているので、竹の仕事を多くの人に知ってもらう発信が役目でもあるんです。いまは2本立てで、どちらかというと自分の制作はちょっと端っこへ置いた状態」
表現者として自分の作品を作りたいという本心と、人間国宝という看板を背負って業界全体をPRしなければならないという責任感。藤塚さんはいま、その強烈な板挟みのなかにいる。

300万円の籠は誰が買うのか? 竹工芸を支える海外コレクター
藤塚さんがPR活動に力を注ぐのには、竹工芸という業界が抱えるきわめてシビアな経済的構造も関係している。
藤塚さんが手掛けるような、膨大な時間と緻密な計算によって作られた美術工芸品の籠は、当然ながら数百万円という価格になることもある。しかし、国内の市場を見渡したとき、過酷な現実が立ちはだかる。
「1万円か2万円のものでね、十分といえば十分なわけですよ。日本国内で花籠に何十万も払うなんてことは、そうそうないわけです」
では、竹工芸の作家たちはどのようにして生活の基盤を成り立たせているのか。藤塚さんは業界の「リアル」を隠すことなく明かしてくれた。
「どうやって我々が生活してるかっていうと、実を言うと海外頼りなんですよね。いま竹の作家って何十人かいるんですけど、そのほとんどが、海外のコレクターさんが作品を買ってくれるので生活できているんですよね」
特に大きな市場となっているのがアメリカだ。竹が自生していない欧米の富裕層にとって、竹という素材が織りなす精緻な造形美は、絵画や彫刻と並ぶ「最先端のアート作品」として映る。
「サンタフェのギャラリーに送って、コレクターさんが買いに来てくれる。日本だと、300万ぐらいのものになるとまず売れることってほとんどない。でも海外だと、個展を開催すると2点、3点、売れるんですよね」
これまで藤塚さんが精魂込めて作り上げてきた名作の数々も、その多くは海を渡り、海外のコレクターのもとへと旅立っていったという。日本の伝統工芸が、グローバルなアートマーケットによって辛うじて支えられているという現実がそこにはあった。


マイナーな世界だからこそ、自分が「種」をまく
陶芸などと比べ、竹工芸は圧倒的に作家が少なく、一般の認知度も低い。日々の生活で「美術工芸品としての竹」を目にする機会は限られている。
「焼き物の人なんかは、ある評論家の先生が『放っておいても食える』って言うんですよ。用途も多いしね。だけど、竹は他の分野と比べてまだ認知度が低いので、まずその仕事を知ってもらうところから、作り手自身がやらないとならない」
だからこそ藤塚さんは、制作の時間を削ってでも講演を引き受け、スライド資料を自作し、メディアの取材に応じ続ける。誰かが種をまかなければ、竹工芸というジャンルそのものが人々の記憶から消えてしまうという危機感があるからだ。
「こういうマイナーな仕事だから、それはやんなきゃいけないかなって。自分の制作と広報活動と、うまくバランスを取ってやっていかないと」
かつて、夜に星を見るという「道楽」のための資金稼ぎとして竹工芸を始めた青年は、半世紀の時を経て、日本の竹工芸界の未来を担う巨大な看板を背負った。
自らの表現を追求する孤高の作家と、業界について教え広める伝道師。2つの顔を持ちながら、藤塚さんは今日も竹と、そして社会と向き合っている。いよいよ次回の最終回では、藤塚さんが到達した「無駄なようで、無駄でない」という人生哲学、そして彼の考える次世代への継承について紐解いていく。
(最終回「1年竹組──無駄なようで、無駄でない人生」へ続く)







