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自身のすべてを映し出す「鏡」として、人間国宝・9代岩野市兵衛の越前和紙と向き合ってきた書家・岡西佑奈。後編では、職人の手仕事への深い敬意から生まれたサステナブルな取り組みや、長く一つの道具を使い続けることで辿り着いた「自然体」の境地、そしてこれからの表現について話を伺った。

捨てるはずの紙に新たな命を。ゼロウェイストから生まれた「漉き直し」
若い頃は「良い作品を書かなければ」という気持ちが先行し、思うように書けない原因を紙に求めてしまったこともあったという岡西。しかし経験を重ねるなかで、紙はいつも変わらず自分を受け止めてくれていたことに気づいた。変わっていたのは、その日の自分の心や書との向き合い方だったのだ。
一枚の和紙が生まれるまでには、多くの人の時間と手仕事が積み重なっている。その命を預かって作品を制作しているという想いから、岡西は書き損じた和紙をできる限り処分しない。自身の生活の中で「ゼロウェイスト(ごみをゼロに近づける)」を実践していることもあり、失敗した紙も自分の手で漉き直し、新たなキャンバスとして命を吹き込んでいるのだ。
染料にもこだわりがある。たとえば青色を出す際には、長野で作られている自然由来の顔料を使用している。毒性の強い画材も多いなか、濾過せずに流しても生態系には影響を与えず、水質が保たれるような素材を選んでいるという。それは自然環境への配慮であると同時に、紙という一枚の命を最後まで生かしたいという、職人への彼女なりの感謝の形なのだ。


長く使うからこそ見えてくる「自然体」の境地
一つの和紙を長く使い続けることの価値は、「その個性を深く知ることができる点にある」と岡西は語る。どのように墨がにじみ、かすれ、どんな表情を見せてくれるのか。その積み重ねがあるからこそ、和紙に何かを求めることなく自然体で作品と向き合うことができるのだという。
もし、15年連れ添ったこの和紙が話せるとしたら、何と声をかけられそうか。そう尋ねると、岡西は「『もっと素直でいい』と言われる気がします」と微笑んだ。うれしかった日も、迷いの中にいた日も、何も言わずに受け止めてくれた。挑戦を続け、少しずつ成長してきた過程を、一番近くで見守ってきてくれた存在なのだ。
「一枚の和紙と向き合うことは、一人の職人と向き合うこと」だと岡西は言う。そこには職人の手のぬくもりや、受け継がれてきた技術が込められている。また、和紙は表現を豊かに受け止めてくれるだけでなく、高い耐久性を備え、大切な作品を何十年、何百年先の未来へとつないでくれる。時を越えて作品を残してくれる信頼できる「相棒」だからこそ、安心して想いを託すことができるのである。

変わる表現と、変わらない一文字への真摯な姿勢
年齢を重ね、出会う人や景色が変われば、心が動くものも少しずつ変化し、表現も自然と変わっていく。しかし、どれだけ経験を重ねても変わらないものがある。それは、言葉が持つ本質を深く見つめ、心から納得したものだけを表現するという、一文字と真摯に向き合う姿勢だ。今後は、和紙と出会うきっかけにもなった墨象画にもう一度じっくり向き合い、文字という枠を超えた表現にも挑戦していきたいという。
最後に、和紙に注目した作品の楽しみ方について伺った。
「多くの方はまず文字に目を向けられると思いますが、ぜひそれを支えている和紙にも目を向けてみていただけたらうれしいです。繊維や質感、墨のにじみ方、余白の美しさ。そして、遠くから見たときに感じられる、手仕事が作ってきた物語のようなもの。作品は多くの人の手や時間、想いが重なって生まれます。文字だけでなく、その背景にある物語にも想いを巡らせてみてほしいです」


取材の最後、即興で書いてくれたのは「静」の一文字だった。インタビューが始まったばかりの、少しの緊張感と、会話を重ねるなかで生まれた穏やかな空気。その場に流れていた時間を、墨をあえて弾かせた表現や線の揺らぎに重ね、映し出してくれた。
もし越前和紙がこれからも岡西佑奈を映す鏡であり続けるのなら、その一枚からは作品に込めた彼女の想いだけでなく、その時の空気感までもが感じられるにちがいない。これから先、新たな一枚にどのような景色が描かれていくのか、楽しみに見届けていきたい。



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