



美濃和紙は、僕への挑戦状なんです
「美濃和紙って、僕にとって“挑戦状”なんです。祖父の代から続く家業を継いだ瞬間から、“お前がどうにかしてみろ”と言われているような気がして」
丸重製紙は、1951年に辻さんの祖父が設立した。地域の職人たちが出資し合い、手すきから機械すきへと移行するなかで生まれた企業組合だ。戦後の紙需要の拡大に伴い、提灯原紙や謄写版原紙などを主力に製造を続けてきた。その後は、懐紙原紙や防虫剤の包装紙、さらには和紙文具用原紙などに主力製品は移っていった。しかし、時代の変化は容赦がない。ほとんどの主力製品が年々売上は減り、防虫剤の包装紙は不織布に取って替わられ、更にコロナ禍を機に売上減少が加速するという試練にも直面した。
「辞めたほうがいいんじゃないかと思ったことは、正直何度もあります。でもやっぱり、“このままでは終われない”という思いがあるし、希望もたくさんある。僕にとって美濃和紙は、逃げられない存在なんです」
辻さんは穏やかに笑いながらも、その言葉には芯の強さがある。“挑戦状”という表現には、彼が美濃という土地と真剣に向き合い続けてきた年月が込められている。
作れば売れる時代は、もう終わった
「自分たちで市場に売る力をつけないと、産業として終わってしまう。作るだけではダメなんです」
和紙業界の大きな課題は、旧来の流通構造だ。問屋が買い取り、販売する仕組みは長らく続いてきたが、需要の減少に伴ってその形も崩れつつある。
「昔は“たくさん買うから安くして”なんて言われていた一方で、今では“量は買えないけど高く買うよ”とは誰も言ってくれない。問屋さんも在庫を抱えたくないから、注文が入った分だけ仕入れる。結果として、製造側の負担ばかりが増えていくんです」
そこで辻さんは、自社で直接販売する体制を整えた。和紙の原料蔵を改装した直営店舗「和紙専門店Washi-nary」では、顧客が実際に紙に触れ、用途に合わせて選ぶことができる。
「メーカー直だから安いというのは間違い。確かな品質を体験してもらうために店を作ったんです」
SNSも積極的に活用し、問い合わせや見積もりもスタッフが対応できるようマニュアル化を図った。
「うちはメーカーでありながら、売る力を持つことを意識しています。作るだけではなく、伝えることが仕事になってきているんです」

泊まって感じる“和紙の世界”
「和紙を売るだけじゃなく、宿泊という形態のなかで、見て、感じて、味わってもらう。それが一番リアルな伝統の伝え方だと思うんです」
辻さんは2019年、美濃市にある元和紙の原料問屋の建物をリノベーションし、和紙をテーマにした宿泊施設「NIPPONIA美濃商家町」をオープンした。館内の壁や照明、什器のほとんどに美濃和紙が使われ、滞在そのものが“和紙の体験”となる。和紙専門店Washi-naryもこの宿泊施設内にある。
「観光産業が伸びている今こそ、和紙を“体験”として伝える時期なんです。商品として売るだけでなく、文化として感じてもらうことで、和紙の価値は何倍にも広がる」
ホテル運営と並行して、辻さんは少人数向けのツーリズム事業にも挑戦中だ。
「大勢でバスに乗って見学するよりも、10人以下といった少数で、職人の話を聞きながらじっくり体験してもらうほうがずっと価値がある。欧米からのお客様を中心に、しっかり時間とお金をかけて体験してもらうツアーを作りたいんです」
和紙づくりを観光に変える。それは、美濃という土地の文化を未来へとつなぐ試みでもある。
ビジネスの常識は、業界の非常識
「“メーカーが直営店を出すなんて非常識”と言われました。でも、自分には非常識という認識は全くありませんでした」
辻さんは、製造から販売までを一貫させるSPA(製造小売業)モデルを導入した。
「大手アパレルブランドがやっていることを、和紙業界でもやるだけです。売れるものを作り、直接お客様に届ける。メーカーがそれをやると“ご法度”だと言われるけど、今のままでは誰も生き残れません」
彼は、伝統工芸の“神聖化”にも警鐘を鳴らす。
「技術を磨くことは大事。でも、伝統工芸が特別なものになりすぎて、売れなければ伝統産業は続かない。技術だけでは職人も守れないんです」
その言葉には、職人であり経営者でもある彼のリアルがにじむ。
「結局、僕がやっているのは特別なことじゃない。一般的なビジネスの常識を、和紙の世界に持ち込んでいるだけなんです」


和紙は、文化をつなぐ“プラットフォーム”
「和紙って、素材なんですよ。でも、それは“文化のベース”なんです」
辻さんの考えは、和紙を単なる製品ではなく、文化の“基盤”として捉える視点にある。
「漆を保存するにも和紙が使われるし、焼き物の絵付けにも、和ろうそくの芯にも、壁紙などのインテリアにも関わってくる。つまり、和紙を守ることは、日本の伝統文化全体を支えることなんです」
現在、彼は和紙そのものだけでなく、焼き物や刃物など他の工芸との連携も広げている。
「うちがやりたいのは、ただの“和紙の店”ではなく、“伝統文化を身近に体感できる場所”なんです。
和紙という素材が、地域のものづくりをつなぐプラットフォームになる——そんな未来を描いています」









