



真珠は分業で生まれる 宇和島という産地
宇和島は、日本国内で生産される真珠の約3〜4割を占める一大産地だ。穏やかな内海と入り組んだリアス海岸は、アコヤ貝の養殖に適した環境をつくり出してきた。だが、真珠養殖は一人の職人、あるいは一つの会社だけで完結する仕事ではない。
アコヤ貝を育てる業者、核を作る業者、養殖を行う業者、そしてその後の加工や選別を担う業者。それぞれが役割を分担しながら、一粒の真珠が世に出るまでを支えている。
「全部を一人でやろうとすると、時間も体ももたない。だから産地として、役割を分担してきました」
長い時間と膨大な労力を要するからこそ、分業という形が選ばれてきた。宇和島の真珠産業は、豊かな自然環境と高度な技術を活かした養殖工程において、地域が一体となって高品質な真珠を育む仕組みの上に成り立っている。

貝に手術を施す 核入れという工程
真珠養殖の中で、もっとも重要で、もっとも緊張感を伴う工程が「核入れ」だ。これは、真珠の核となる球と、外套膜(がいとうまく)と呼ばれる組織を、アコヤ貝の体内に入れる作業である。
土居真珠では、この工程を人の医療行為になぞらえて説明する。核入れの前には「抑制」という工程があり、貝を眠らせたような状態にする。元気なまま体にメスを入れれば、貝に大きな負担がかかるからだ。
外套膜は、貝殻の内側にある、光沢を生み出す組織である。この外套膜が核の周囲を包み込み、細胞分裂を繰り返しながら真珠層を分泌していくことで、真珠は形づくられていく。
「一人で1日に600個から700個。それを何ヶ月も続けます」
単純作業に見えて、その実、貝の状態を瞬時に見極める判断の連続だ。この工程の精度が、その後1年、2年という長い時間の先に現れてくる。

1年ものか 2年ものか 時間とリスクの選択
核入れを終えた貝は、養生期間を経て再び海へ戻される。そこから真珠は、貝の体内でゆっくりと成長していく。
1年で取り出す「当年物」。もう1年育てる「越物」。
2年育てた真珠は、真珠層が厚くなり、深みのある輝きを持つ可能性が高い。しかし、その選択には常にリスクが伴う。
「2年育てるというのは、半分以上を失う覚悟をする、ということです」
時間をかければ必ず良いものが得られるわけではない。貝の体力、海の環境、水温や栄養状態。その年ごとの条件によって結果は大きく左右される。
「若い貝は“暴れる”こともある。人間と同じで、年齢や状態によって向き不向きがあるんです」
真珠養殖は、時間を信じる仕事であると同時に、引き際を見極める仕事でもある。

玉出し 真珠が姿を現す瞬間
十分な時間を海で過ごした貝は、やがて「玉出し」と呼ばれる工程を迎える。殻を開き、貝の中から真珠を取り出すこの瞬間は、養殖に携わる者にとっても特別な時間だ。
「開けてみないと分からないんですよ。本当に」
殻を開いた先に、期待していた真珠が入っているとは限らない。貝が途中で弱っていれば、真珠層が十分に巻かれていないこともある。あるいは、そもそも真珠が形成されていないことすらある。それでも、ふいに現れる一粒の輝きが、これまでの時間を報いてくれる。
「あの瞬間のために、また次をやろうと思うんです」
玉出しは、結果がすべての工程であると同時に、次の養殖へ向かう区切りでもある。

良い真珠とは何か 巻きを最優先する理由
真珠の価値を決める要素は、一般的に巻き、光沢、えくぼ、色、大きさ、形の6つだとされる。その中でも、土居真珠がもっとも重視するのが「巻き」である。
巻きとは、核の表面にどれだけ厚く真珠層が積み重なっているかを示す指標だ。巻きが厚い真珠は色に深みがあり、光を受けたときの輝きが強い。
また、耐久性にも優れ、長く身につけることができる。
「巻きが足りない真珠は、時間と一緒に価値が落ちていってしまう」
形が多少歪んでいても、巻きが良ければ価値は高い。不定形なバロック真珠も、巻きの良さによって唯一無二の表情を持つ。
その基準は、数え切れないほどの真珠を見てきた経験から導き出されたものだ。

選別と加工 商品になるまでのもう一つの仕事
玉出しされた真珠は、すべてがそのまま商品になるわけではない。表面の状態、巻きの均一さ、色味などを見ながら、厳しく選別されていく。
真珠の多くは、その魅力を最大限に引き出し品質を安定させるため、漂白や調色といった加工を施すことで初めて、洗練されたジュエリーとしての価値を確立する。
自然のままの色を生かすのか、用途に合わせて整えるのか。そこにもまた、慎重な判断が介在する。
「自然だから良い、加工しているから悪い、というわけではないんです」
最終的に身につける人のもとで、長く使われること。それが、真珠にとっての完成形だと土居真珠は考えている。
自然と向き合う仕事 それでも続ける理由
近年、海水温の上昇やウイルスの影響により、2枚貝を取り巻く環境は大きく変化している。アコヤ貝も例外ではなく、原因不明の大量死が起きた年もあった。
「自然相手だから、コントロールはできません」
それでも土居真珠がこの仕事を続ける理由を尋ねると、「この仕事は、縁が切れたら終わりです。海とも、人とも」という言葉が返ってきた。
人との出会い、産地とのつながり、海との関係。真珠養殖は、そうした縁の積み重ねの上に成り立っている。








