

父の作品をヒントに、砥部焼のイメージを一新する器を展開
池田さんが職人の道を歩もうと思われたのはいつ頃でしたか?
高校を卒業する頃でした。窯場が身近にある環境で生まれ育ったので、進路を考える際にも迷うことなく、職人の道に進んだと記憶しています。
2006年から2008年にかけて、JICAの取り組みでエジプトに派遣され、現地の子どもたちに陶芸指導を行ったそうですね。
JICAに勤めている方と知り合い、「エジプトのアレクサンドリアで陶磁器の指導者を募集している」と教えていただいたのがきっかけでした。
現地では地域の障害者施設で、子どもたち向けに陶芸教室を行いました。施設側はこれを子どもたちの仕事に結びつけたいと考えていたようですが、子どもたちは陶芸というよりも、土遊びを楽しむ感覚だったと思います。
砥部焼はぽってりとした厚みが特徴的ですが、池田さんの作品は異なる印象を受けます。
自分の技法にはシャープな形が合うと思うので、薄作りな作品が多いですね。
その見た目から「持ちにくそう」「使いにくそう」と思われがちですが、実際に使っていただくと「意外としっくりくる」「口当たりがいい」と言われます。そのギャップが面白いですね。

現在の作風になったのはいつ頃からですか?
13〜14年前だと思います。元々、父が美しいねじりのある作品を作っていて、最初はそれを真似ながら徐々にアレンジを加えていき、結果的に今の形にたどり着きました。
正直、自分の焼き物が砥部焼と呼ばれるかどうかはどちらでもいいと思っています。砥部焼は素晴らしい文化ですし、先輩方の素敵な作品もたくさんあります。でも、だからこそ僕はみんなと同じことをしなくてもいいのかなと思うんですよね。
制作のインスピレーションはどのようなところから得られていますか?
特定のものからインスピレーションを受けるというよりも、自然や本など、見たもの、聞いたもののすべてが形になって表れている感覚です。
特に高知県の中津渓谷や四万十川の源流点が好きで、直接的ではありませんが、作品につながっていると思いますね。
僕が面白いと感じた形や色、模様をお客様にも楽しんでもらえたらうれしいです。
理想の作品イメージを教えてください。
山の中に転がっている石ころのようなものが理想です。それぞれ形が異なる石のように、より自然物に近いものを作りたいという気持ちがあります。自分の中では、自然から生まれたものが一番かっこいいという意識があるんでしょうね。

予想外の仕上がりになることも魅力のひとつ
作品によって色味や質感が異なるのはどのような工夫からですか?
釉薬の塗り方や焼き方などで変わります。特に穴窯で焼くと、より自然物に近い雰囲気や少しかすれたような質感になることが多いです。
釉薬に銅を使うと、焼き方によって緑系や赤系、時にはそれらが混ざり合ったような不思議な色になります。焼成後に窯を開けるまで結果がわからない楽しさがありますね。
釉薬の濃度や窯のどこに置くかなど、ちょっとしたことで仕上がりは大きく変わってきます。穴窯の手前のほうに置いたものは松の木の灰をかぶり、それが溶けて器の表情になったりします。そのため、手前には釉薬を少なめにした作品を置くことが多いです。
思った通りにいかないこともありますが、それもまた面白いんです。結果がどうであれ、そこから学べばいいと考えています。
実験的にいろいろな方法を試しているんですね。
そうですね。たとえば釉薬では、愛媛県の試験場(愛媛県産業技術研究所)と協力して作ったり、父が作った釉薬をベースに自分好みにブレンドしたりといった工夫をしています。
年に1回、比較的乾燥している秋冬に穴窯に火を入れますが、その際には置き場所や釉薬の種類などを変えて、いろいろ試しています。

穴窯はどのように焼いていくのですか?
穴窯は、まずもみ殻を敷き、その上に器を並べて棚板を乗せ、再びもみ殻を敷いて器を並べる……という手順で窯詰めをしていきます。
詰め終えたら焚き口を閉じて火をつけます。急に温度を上げると器が壊れてしまうので、最初は2〜3時間に1回薪をくべる程度で、焚き火くらいの小さな火から始めるんです。
その状態を1日半ほど続けたあと、少しずつペースを速めていき、最終的には22時から翌朝5時くらいまで、5〜6分に1回の頻度で薪を入れていきます。
火をつけているのは6日間くらいですね。準備は大変ですが、焼きの作業も仕上がりを待つ時間も楽しいです。
町全体で若い職人の育成も
砥部焼の歴史や特徴についても簡単に教えてください。
この地域で陶芸が発展した理由は、他の産地と同じく良質な土が採れるからでしょう。
砥部焼は原料に陶石を使う磁器で、陶器と比べて頑丈です。また、作りが厚いので壊れにくいと言われています。絵付けは青を基調とした素朴な雰囲気なので、日常でも使いやすいです。
さらに、他の磁器と比べると陶器の要素が強く、仕上がりはグレーがかった色合いになります。たとえば有田焼のほうが、より白い土を使っていますね。
また、規模の大きな産地と比べて、すべて手作業で作られる窯元が多いのも砥部焼の特徴です。
砥部焼の職人さんは、現在どのくらいいらっしゃるのでしょうか。
正確な人数はわかりませんが、窯元は100軒ほどあるようです。数自体は昔から横ばいですが、若い方が増えつつあると聞いています。
若い職人を迎えるために、地域全体で取り組まれていることはありますか?
「砥部焼陶芸塾」という2年間の訓練プログラムを砥部町が提供しています。また、他地域から来た人を温かく受け入れる風土もありますね。
町全体で若い職人を育成しているのは素晴らしい取り組みだと感じます。一方で、砥部焼が抱える課題があればお聞かせください。
原料の陶石を採取する方が今後も継続してくれるかどうかが懸念点の一つです。これは地域全体で考えていかなければいけない課題だと思います。
ただ、知人が土を砥部焼の業者だけでなく海外にも販売することを検討していると聞きました。たとえば台湾では、陶芸家が九州から土を購入しています。
陶石の採取に限った話ではありませんが、労働に見合った収入が得られるかどうかは継続の大きなポイントです。販売チャネルを増やすことは、その課題を解決するいいアイディアだと思います。

砥部焼は「自分を楽しませてくれるもの」
砥部焼の可能性や今後の展望について考えをお聞かせください。
四国の焼き物は砥部焼と徳島の大谷焼しかないので、他産地との競争が少なく、マイペースに作品と向き合えるのがいい環境だと思います。
今後は海外へのアプローチも強化していきたいです。これまではアメリカやイギリスのギャラリーに作品を送り現地で販売してもらっていましたが、2年ほど前に自社ECサイトを立ち上げたので、今後はECサイトでの販売割合を増やしていきたいと考えています。
海外の方は、使い勝手だけでなく、器を見て楽しむことも大切にしているので、僕の作品と相性がいいのかなと思います。
池田さんにとって砥部焼とは?
僕を楽しませてくれるものです。もちろん大変なことや面倒なこともありますが、お客様とのふれあいや、納得のいくものができたとき、想像以上にかっこいい色に仕上がったときなど、小さな喜びがたくさんあります。
仕上がりがどうなるかわからない楽しみがあると先ほどもおっしゃっていましたよね。
技法的にも途中から運任せのような要素があるので、僕自身は「自分で作っている感覚」があまりないんです。便宜上、自分の名前を用いて販売はしているものの、“メイド イン 地球”みたいな感覚で捉えていますね。














