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ヨーロッパの伝統技法との融合:五十崎社中が創造する「大洲和紙」の新たな価値
2025.02.17
ヨーロッパの伝統技法との融合:五十崎社中が創造する「大洲和紙」の新たな価値

愛媛県喜多郡

株式会社五十崎社中
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ヨーロッパの伝統技法との融合:五十崎社中が創造する「大洲和紙」の新たな価値
愛媛県内子町五十崎で受け継がれてきた「大洲和紙」。その歴史は350年前にまで遡り、大洲藩の収入源として栄えていったという。そんな大洲和紙とギルディングを融合させ、和紙に新たな息吹を吹き込む職人がいる。五十崎社中代表の齋藤宏之さんだ。
ギルディングとは、陶器や木材、布、紙などの上に金属箔による装飾を施すヨーロッパの伝統技法。遠く欧州に古くから伝わる技術と、日本の伝統工芸である和紙はどのようにして出会い、今に至るのか。和紙の新たな価値を模索し続ける齋藤さんにお話を伺った。

システムエンジニアから和紙の世界へ

御社の創業の経緯について教えてください。

私は神奈川県海老名市出身で、移住前は東京の通信系企業に勤めており、システムエンジニアや企画営業として13年ほど従事していました。

妻はここ五十崎の出身で、実家は代々造り酒屋を営んでいました。創業のきっかけは、商工会のメンバーであり、内子町の伝統的な手漉き和紙を盛り上げたいと考えていた義父から声をかけてもらったことです。

大洲和紙を盛り上げたいという気持ちは、商工会全体で考えていたことだったんですね。

はい。町全体として考えてはいたものの、職人の高齢化や和紙需要の減少という問題に直面していました。

そのなかで2006年に、商工会が中小企業庁の「JAPANブランド育成支援事業」に採用されたんです。端的に言えば、日本の伝統的なものづくりの技術を生かした商品を作り、国内外に売り出していこうという事業ですね。

商工会はその事業の一環としてフランスで開催されていた「メゾン・エ・オブジェ・パリ」という国際的なインテリア・デザインの見本市を見に行きました。

そこで出会ったのがガボー・ウルヴィツキさんです。彼はフランスの伝統技術であるギルディングを施した壁紙を作るデザイナーで、日本でいう人間国宝のような方でした。

商工会のメンバーがダメ元で「愛媛で和紙を盛り上げる協力をしてくれないか」という話をしたところ、もともと日本文化に興味があったガボーさんと意気投合し、愛媛に来てギルディング技術の指導をしてくれることになったんです。

しかし当時の和紙職人はみなさん高齢で、新しい技術を習得するには負担が大きいこともあり、ガボーさんがもつ技術の受け皿となり、さらにその先へ伝えていける人物がなかなか見つかりませんでした。そこで私が手をあげたんです。

和紙や伝統工芸にはもともと関心があったのですか?

初めは和紙への興味よりも、いつかは起業して世界に向けた仕事をしたいという気持ちがあったことと、伝統工芸に新しい価値を生み出せる環境に惹かれ、創業に至りました。

ただ私は職人の仕事が大好きなので、彼らの雇用を継続させたり、職人の数を増やしたりするために活動したい気持ちは強いです。また、これまでになかった和紙とギルディング技法の融合には大きな魅力を感じています。

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ガボー・ウルヴィツキさんとその家族
ガボー・ウルヴィツキさんとその家族

伝統と伝統が出会い、革新が生まれた

和紙とギルディングの融合はどのように誕生したのですか?

創業した2008年当時は、ガボーさんの技法をどのように大洲和紙に応用させるかはまったく決まっていませんでした。

本来、和紙というと書道半紙や障子紙にしか使われないイメージですよね。当時は、幸いにも継続して注文はいただいているものの、生活様式の変化とともに事業は右肩下がりという状況でした。事業を存続させるためには、大洲和紙の新しい用途を探さないといけないと考えていました。

それで、金箔と和紙という他ではあまり見かけない組み合わせに商機があると感じ、ギルディング和紙の製造を始めたんです。和紙とガボーさん直伝のギルディング技法を組み合わせているのは世界でもここだけですね。

ガボーさんは2年間、家族とともに五十崎に住み込みで技術指導をしてくれました。ただ、文化や習慣の違いから、最初の1年はコミュニケーションが難しく、大変なことも多かったです。しかし、2年目にはお互いに信頼を築くことができ、技術の共有もスムーズに進むようになりました。

ギルディングは酸化した金箔を使うのが特徴なんですね。

そうですね。酸化した箔を使うのは日本では珍しいです。酸化させていない状態では普通の金銀銅箔なのですが、酸性の液体に漬けて酸化させることでカラフルな色味になっていくんです。

私たちが扱っているのは正確には真鍮の箔なんですが、酸化させるとオンリーワンな色合いが出て、まったく同じ色にはなりません。同じ商品でも一点ものに近いので、お客様もどの色にするか長時間悩まれて購入されていくケースが多いです。

御社が作るギルディング和紙の特徴や強みを教えてください。

ヨーロッパと日本の伝統が融合されている点ですね。植物由来の柔らかくて温かいイメージの手漉き和紙と、硬質なイメージの金箔。その異素材の組み合わせが面白いと思っています。

それを壁紙からパネル、タペストリー、ポスター、ハガキ、小物まで幅広く展開していることや、イラストレーターさんやディズニーとのコラボレーションを実現できていることも弊社の強みではないでしょうか。

和紙にギルディングを施していく際に、とくに技術が必要なのはどの工程ですか?

糊付けが一番難しいです。シルク印刷の要領で、型を使って糊付けを行うのですが、使っている糊が特殊なんです。

日本では漆や膠(にかわ)を使って箔を付けるのが一般的なのですが、ギルディング和紙の場合は水性ベースの特殊な糊を使っています。水分が抜けることで粘性が出るため、塗って一度乾かすのが特徴です。

粘度は1ヶ月ほど持続するので、時間をかけて細かい柄を作れたり、ワークショップで外に持ち出したりすることもできます。和紙は布と同じように水分を吸い込む素材なので、糊の粘度を調整するのにも技術が必要です。

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手漉き和紙に「完璧な美しさ」が求められるジレンマ

もともと、このエリアで和紙が作られるようになったのはどのような経緯があったのでしょうか?

越前から職人を招いたことがきっかけで発展していったようです。五十崎は水がきれいで原料も豊富にあり、越前と気候が似ていたからできたんだと思います。

高知の土佐和紙しかり、四国はいい水があるのでいい和紙が作れるんですね。大洲和紙は高級な書道半紙と言われていて、障子紙が京都にある桂離宮に使われたりもしています。

残念ながら原料を取れる人が減ってしまったので輸入に頼らざるを得ないのですが、今、もう一度原料を作ろうという動きもあります。

大洲和紙は手漉きで作られるのが大きな特徴ですよね。

そうですね。手漉きの工程では、漉き舟の中で原料と糊の役割を果たすトロロアオイを混ぜ合わせ、簾(す)と呼ばれる木枠を縦横に揺らしながら手漉きしていきます。この作業は冷たい水を使うので冬はとくに大変で、常に中腰を保たねばならずかなりの重労働です。

一枚一枚丁寧に、手間と時間をかけて作られているのですね。

はい。ただ、手漉き和紙の醍醐味と、求められる完成度のバランスは年々難しくなっています。

たとえば障子紙に使う和紙は純白なものを作りますが、以前は問題なく検品を通っていたものが、少しゴミが入っている、ムラがあるなどで弾かれることもあって。ゴミひとつない真っ白な和紙を要求されることが昔より多くなって、ジレンマを感じることもありますね。

ゴミをなくすためには、薬をたくさん使い、機械化して均一なものを作るという結論になってしまいます。ただそれだと手漉き和紙のよさが消えてしまうので、職人にとっても複雑な気持ちがあるようです。

また、デジタルプリント技術もどんどん発達しているので、ギルディングの壁紙などに施す凹凸やエンボス加工なども表現できてしまうんですね。

そうなると手作業との区別がつきづらく、触ったり近くで見たりしない限りわからないという状態になってしまいます。手でものを作るよさを実直に訴えるしかないと思うのですが、なかなか難しさがある状況ですね。

手漉き和紙の職人さんは、現在五十崎エリアにどのくらいいらっしゃるのでしょうか?

10名ほどでしょうか。和紙作りは基本的に分業制なので、乾燥がメインの職人や活版印刷を行うクリエイターなども含めると20名弱はいると思います。

弊社では、和紙チームとギルディングチームに分かれていて、和紙チームの中でも乾燥がメインの人、漉くのがメインの人という形で分かれています。

オイルショックのころが最盛期で、当時は30〜40人くらいの職人がいました。私が移住してきた18年前は70〜90代の職人が4名しかいなかったので、今は人数も増えており、30代前後と若い職人が多いです。

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原料を煮沸している様子
原料を煮沸している様子

国内外へ「大洲和紙」の名を響かせるために

近年で若い職人さんが増えているのは素晴らしいことだと思います。大洲和紙業界の課題は何かありますか? また、課題解決のための取り組みについて教えてください。

まずは、建物や機械が老朽化しているのでインフラの整備は必要ですね。また原料問題は思った以上にネックになっています。以前はタイからの輸入が主でしたが、今はラオスなどより人件費が安い国からの輸入にシフトしています。

ただそれを繰り返していると原料の品質は上がりません。原油の高騰を価格に転嫁せざるを得ないなど、課題は山積みです。

課題を解決するためには、まずは我々の活動をPRしていく必要があると考えています。和紙の製造体験を申し込んでくれるお客さんも増えているので、体験産業として観光業とコラボレーションしたり、JTBさんと組んで和紙の体験ツアーを増やしたり、外国の方向けのメニューを増やしたりして大洲和紙を広げていく仕組み作りを進めているところです。

また、これまでにない和紙の用途を提案していくことも重要です。最近では、ごま油で有名な企業とのコラボレーションで、ごまのもみがらを使ったレターセットを制作しました。

それからギルディング和紙はアートとの相性がいいので、絵画に使ったり、立体的に造形したり、アート分野での活用にも力を入れていきたいですね。

「こより和紙」の制作風景
「こより和紙」の制作風景
2017年にはYohji Yamamoto(ヨウジヤマモト)のパリ店のディスプレイに御社の「こより和紙」が使われたり、海外での展示会に出展されたりと、世界に向けた活動も積極的に行われていますね。

海外ではとくに壁紙やパネルなどのインテリア系商材との相性がいいと思っています。それらのアイテムを中心に、パリやロンドン、上海、直近ではシドニーで展示会を行いました。シドニーでは、予想以上に壁紙やインテリアのご注文をいただいてうれしかったですね。

上海では、伝統工芸を扱う日本企業とコラボレーションして、中国の富裕層向けに壁画の提案に行きました。シンガポールでは、日本のものづくりを世界にアピールする場としてアジア最大級の店舗である無印良品シンガポールで商品展開していただきました。

とくにアジア圏の方はキラキラしたものがお好きな方が多いので、箔の美しさに評価をいただいています。反対に欧米の方は和紙だけなど日本らしい雰囲気を好む方が多いです。地域によって反応に違いがあって面白いですね。

Yohji Yamamotoパリ店に設置されたこより和紙のパネル
Yohji Yamamotoパリ店に設置されたこより和紙のパネル
今後、世界に大洲和紙を広めていく取り組みについてはどのようにお考えですか?

海外の展示会への出展などの際は、伝統的工芸品産業振興協会とタッグを組んできました。今後もギルディング和紙の需要が高いオーストラリアや台湾、シンガポールなどで継続して展示会や個展を開催して、海外市場を開拓していきたいですね。

また弊社の商品の中でとくに人気なのがハガキで、空港でも売れ行きがいいんです。歌舞伎の柄があったり、若手のクリエイターさんとコラボレーションしたものがあったり、種類も豊富に揃えています。そういう人気商品の開発をさらに強化していきたいです。

それから先ほど言った通りギルディング和紙はアートとの相性がいいので、継続的に芸術祭へ出展したいと考えています。いずれは瀬戸内国際芸術祭と連携したいですし、万博への出展も検討しています。

まだまだ業界全体では多くの課題がありますが、そのぶん伸び代もあると思うので、新たな切り口を考えて愛媛県や大洲和紙を世界に広げていきたいです。

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