



目的ではなく手段へと変わった江戸切子
堀口切子さんが制作している江戸切子にはどのようなアイテムがあるのでしょうか。
ぐい呑、ロックグラス、片口、切立盃、プレートなどを中心に、定番で製造しているものからピンポイントのお客様向けの商品まで数百種類あります。一般のお客様にお求めいただくほか、飲食店から「この料理にこういう器が欲しい」と相談を受けて、仕立て、素材、デザインを考えることもあります。
料理屋さんからの依頼で制作する場合、可能な限りそのお店に足を運び、店内の照明やテーブルの色、サービス、料理、ほかにどのような器を使っているのかを自分の目で確かめてから提案するように心がけています。

堀口切子さんの特徴を教えてください。
ちょうど先日、工房内で「堀口切子の特徴は何だろう?」ということをみんなで話し合っていたんです。そのときに出たのが、企業理念である「使い手を驚かせ魅了する」ことと、「細部までこだわる」こと。
たとえば、切子を使ったピアスを制作していますが、切子以外の金属の部分にもノウハウがあります。切子を入れる箱やショッパー一つとっても、切子以外の部分までこだわってものづくりをしています。
「制作した江戸切子のここを見たら堀口切子だと分かる」と言い切ることは難しいのですが、細部にまでこだわることで「堀口切子らしさ」が随所に滲み出てくると思っています。
白で統一された工房もいい意味で職人の工房っぽくないというか、洗練された印象を受けます。
自分たちは、江戸切子を作ることは目的ではなく手段だと捉えています。江戸切子を通して喜びを感じたり、表現したりするための手段です。
今、堀口切子でともに働くメンバーは、いくつかの職業の選択肢があった中で、伝統工芸に携わる道を選び、その中でも江戸切子を選び、そして堀口切子を選んだ人たちです。ですから、自分たちがやりたいことをやり、心地いいと思える環境で制作をし、着たいものを着る。そうすることで、制作するものにもおのずと堀口切子らしさが現れてくるのではないでしょうか。


師匠からの教わった江戸切子との向き合い方
江戸切子職人の道へ進もうと決めた経緯を教えてください。
実家が江戸切子の会社を営んでいて、もともと手先を動かすことが好きだったので、中学生の頃には「江戸切子職人になろう」と決めていました。
「秀石」の号は、祖父が初代として昭和36年に名乗ったのが始まりです。大学卒業後、祖父が創業した「堀口硝子」に入社し、祖父の一番弟子であった二代目秀石(須田富雄氏)に弟子入りしました。その後、平成20年に三代秀石の名を継いで、「堀口切子」を設立しました。
師匠はとても優しく、温厚な人柄でした。一方で、堀口硝子の社員の方から聞いた話によると、祖父はかなり厳格な人だったようです。社員の方はみんな「おじいちゃんは本当にひどいんだよ」とうれしそうに話してくれるんです。ですからきっと、厳しさと優しさが混ざり合った、人から愛される人物だったのではないかと思います。
幼いときからお祖父様はじめ、ご家族の仕事ぶりを見て育ってきたのですね。その当時のことを何か覚えていますか。
子どもながらに、ガラス加工を行う工場は神聖な場所というか、大人の男の人たちが働いている場所で、幼稚園児や小学生だった自分が立ち入れる感じではなかったんです。
だから、「こうなりたい」とか「もし自分が江戸切子を作ることになったらこうしよう」というイメージもあまり持っていませんでした。結果論ですが、江戸切子職人の具体的なイメージを持っていなかったからこそ、さまざまなものごとを柔軟に受け入れられたのかなと思います。
師匠(二代目秀石、須田富雄氏)とのやりとりで、心に残っている出来事はありますか?
師匠からはもちろん技術的なことも習いましたが、どちらかというと考え方や江戸切子との向き合い方を教えてもらったなと思います。細部まで気を払い、ガラス加工に向き合う姿勢が誠実な人でした。
私がこの仕事に就いて2〜3年経ち、細かいカットや技術的なことについてだんだん分かってきた頃、「これはここがうまくいっている、ここがうまくいっていない」という見方をしていたんです。そんなとき、師匠から「まずは一歩離れて、全体の佇まいとバランスを見る。その後に細部を見るんだよ」と教えてもらいました。
技術に精通するほど細部に目が行きがちですが、いきなり細かな部分から入ると大事な部分を見落とすこともあるんですよね。だから、まずは全体のカットのバランス感やフォルムを見た後に、細かなところに入っていく。師匠に教わったことの中でも大切にしていることです。

「誰のために、何のためにやるのか」を意識する
江戸切子の製造工程を教えてください。
江戸切子の主な工程は「割り出し」「粗摺り(あらずり)」「三番掛け」「石掛け」「磨き」「バフ掛け」です。
模様をカットする前に、グラスに縦横の目印線を引く「割り出し」の作業を行います。次に、割り出し線を目安にダイヤモンドホイールと呼ばれる円盤状の刃で太い切り込みを入れ、大まかなデザインを決めます。
続く「三番掛け」では、目の細かいダイヤモンドホイールに水をつけながら、より細かい文様をカットします。削りの最終工程である「石掛け」で、砥石に水をつけながらカット面をよりなめらかに仕上げていきます。カットし終えたグラスを、回転するパッドやゴム製の円盤などに研磨剤をつけて、丹念に手磨きし、完成です。
特に重要な工程はありますか?
すべて重要ですが、強いて言うなら「割り出し」でしょうか。江戸切子は削って作るため、後戻りができません。どこか一つずれが生じると、後々の工程に響いてきてしまうんです。そのため、最初の工程である「割り出し」をできる限り丁寧に行うことが大切です。


一人前の職人になるまで、どれくらいの時間が必要なのでしょうか。
当然、個人差はありますが、一通りのことができるようになるには8〜10年ほどでしょうか。最初はガラスに触れることから始め、後からでも取り返せる作業からステップアップしていくのが基本です。
たとえば、削る作業は一度削ってしまうと戻ることができませんが、金ペンで線を引く「割り出し」は、もし間違っていたら消してやり直すことができますから、そのような作業から進めていきます。
私たちはもちろん製造も行いますが、道具をメンテナンスしたり掃除をしたり、お客様からの修理依頼にも応えます。まっさらな状態から一つの江戸切子を作ることができないと、修理はできないんです。まっさらな状態から作ることができるからこそ、修理依頼が来たものを見て「この工程に戻って、ここからやらなければならない」と判断ができます。
江戸切子を作る上で大切にしていることは何ですか。
「誰のために、何のためにやっているのか」を考えることです。
たとえば、グラスで口が当たる部分に面取りを施しますが、口当たりに直接的に関わってくるため、機能面やデザイン面を含めて加工法にはさまざまな選択肢があるんですよね。「誰のために、何のために作るのか」という部分を理解していれば、その選択肢の中から適切な加工法を選び取ることができます。
一般のお客様や料理屋さんのために作るアイテムがある一方、自分の作品のように、自分のために作る場合もあります。作品のときは、ガラスに加工を施したらどんな表情になるのかを見たくて加工するのですから、ときにそれは使い勝手が悪いものが出来上がるかもしれません。でも、それは自分のためだからいいんです。
どんな状況であろうと柔らかく面取りをしなければいけないわけではない。本質をよく考え、見極めるようにしています。

伝統を継承するために、必ず1人以上の弟子を育てること
堀口切子では20〜30代の職人さんが多いと伺いました。伝統工芸の世界では後継者不足が叫ばれて久しいですが、どうお考えですか?
現在、堀口切子では自分のほか20〜30代の5名が職人として働いていますが、入社時には「必ず後継者を1人以上育てること」というルールを設けています。
それは、江戸切子という先人たちが作り上げてくれたものの恩恵を受けているという感覚があるからです。
たとえば「割り出し機」という道具一つをとっても、何もないところから自分たちが作ったわけではありません。割り出しの工程で使う道具が決まっていて、それによって今、自分たちはこうして仕事ができています。その恩恵を受けているのだからそこに報いる必要がある。その方法のひとつが後継者を育てることです。
経営者としても、伝統を受け継ぐ者としても、自分の仕事を渡すことができるかどうかは重要だなと感じています。
もし自分が今行っている仕事を渡さずに、どんどん歳だけ重ねていけば、自分がいなくなったときに急に厳しい状況に立たされて、会社も伝統も残りづらくなってしまう。一人ひとりが仕事を引き継いでいくからこそ伝統が受け継がれていくので、意識的に仕事を渡していきたいと思っています。
リレーに例えるなら、私たちは決して第1走者でもアンカーでもなく中間地点である、という考え方です。


「二十歳の祝杯を江戸切子で」
堀口切子にとって江戸切子はどんな存在ですか。
自分にとって江戸切子は祖父からもらった宝物です。江戸切子の世界に足を踏み入れたおかげで出逢えた人、見られたもの、行けた場所があります。それは、祖父をはじめとする先人からいただいたもので、それを後に続く人たちに引き継いでいきたいという気持ちは変わりません。
今後チャレンジしてみたいことはありますか?
やりたいことは次から次へと出てきますが、そのうちの一つに「“二十歳の祝杯を江戸切子で”という文化を作りたい」という思いがあります。
ある先輩から聞いた話ですが、先輩の息子さんがもうすぐ二十歳になるそうで、その家では二十歳の誕生日には「親父とサシ呑みをする」と決まっているのだそうです。先輩はそれを「楽しみだ」とうれしそうに話していて。そのとき、世の中の50~60代の方々は、自分の子どもが二十歳になったときに酒を酌み交わすのを楽しみにしているんだ、ということを知りました。
自分たちは日頃から江戸切子を若い世代の方々にも使ってもらいたい、知ってもらいたいと思っているけれど、なかなかきっかけがないと考えていたこともあり、「二十歳の祝杯を江戸切子で」というストーリーはすごくいいなと思ったんです。
二十歳のお祝いの日に江戸切子を手にとって、日本にはこんな素敵な伝統工芸があるんだということを知ることができ、それで親子で酒を酌み交わすことができる。
自分たちは「使い手のために」江戸切子を作ることを大切にしています。使い手の手によってお酒が注がれたり、使い手の目によって眺められたりする。その瞬間に自分たちの江戸切子は完成するのだと思っています。
ですから、使ったときのことをイメージしてもらえるかどうかは大切です。江戸切子を制作しておしまいではなく、使うシチュエーションまでしっかり提案し、それを「やりたい!」と思ってもらえるような取り組みを、今後も続けていければと思います。

Text by 寺田 さおり











