



知られざる染物の街、新宿区落合・中井
西武新宿線中井駅のそばを流れる荒川の支流、妙正寺川。川沿いの小道を歩くこと数分。
江戸更紗や江戸小紋などを手がける工房、染の里おちあいに辿りつく。
新宿区落合・中井は染物の街。最盛期には、染屋や染物関連の業者など、300軒以上が軒を連ねていた。
「もともと、神田に染物屋が集まる紺屋町があったんです。1万円札で有名な渋沢栄一さんは、埼玉・武州で藍玉を作り神田の紺屋町に売り込んでいたほどの一大拠点でした。でも1923年に起きた関東大震災の火災で川で作業ができなくなり、染屋さんが一斉にこの落合・中井の地に越してきました。
染の里おちあいの前身である株式会社二葉苑の創業は1920年。戦時中は軍需工場として傘を作っていたこともある。型染めの染屋として、江戸小紋や江戸更紗の染物を作り続けてきた。
「江戸小紋は糊を置いて1枚の型紙で送っていきます。それに比べると江戸更紗は30枚ほど型紙を重ねていくので、手間のかかる染物です。なので、江戸更紗の工房はほとんど残っていないんです」
二葉苑が江戸更紗を手がけ始めたのは、3代目の小林文次郎がきっかけ。イギリス、フランスで展示会を開催した際に、江戸更紗を大判で染めたことで、80年代からは江戸更紗が好きな職人が集まるようになった。
「二葉苑は、職人がやりたいことに挑戦する風土が強かったんです。手描き友禅、江戸更紗、江戸小紋など、それぞれの職人が好む染物を取り入れていきました」

事業承継のきっかけは、風景をよみがえらせる「染の小道」
妙正寺川では、染屋がはしごで川に降りて、反物を洗う風景がよく見られたのだという。
「地域のご年配の方からたくさんお話を聞きました。早稲田大学の学生は、西武線の車窓から見たというお話も。染物の街の風物詩だったようです」
しかし、川の汚染問題や、氾濫を防ぐための護岸工事の関係で、1965年ごろには川に降りることが禁止されてしまった。高市さんが二葉苑を事業承継したきっかけは、この失われた風景に関係がある。
「もともと出産を機に会社を退職したんです。子育てって不思議なんですよね。時間がないのに時間がある。『おちあいさんぽ』というフリーペーパーを制作して、地域の人を繋いだり、子連れで行ける飲食店を紹介する取り組みを行いました」
おちあいさんぽのギャラリー特集をきっかけに、高市さんは二葉苑4代目の小林元文さんと出会う。そして、イベントの立ち上げを手伝ってくれないかと誘われたのだという。
「小林さんには、妙正寺川で染屋が反物を洗う風景をイベントとしてよみがえらせて、この地域に染物産業が残っていることを伝えたいという想いがあったんです」
高市さんは仲間たちと地域の飲食店などに飛び込みで協力を求めて、50店舗以上の協力を得た。こうして、妙正寺川に反物をかけ、店舗の軒先にのれんをかけるなど、落合・中井が染物で彩られる「染の小道」が始まったのだ。
「大成功でした。第2回からは震災を機にボランティアなどの機運も高まり、地域の方々も関わってくださるようになりました。今年で17年。1万人以上が訪れる催しになりました」
染の小道の取り組みを重ねるなか、2017年に小林さんから、二葉苑の事業承継について相談があった。アントレプレナーなど、さまざまな可能性を模索した末に、高市さんは「私がやるしかない」と、一般社団法人染の里おちあいとしてスタートすることになったのだ。


インドで生まれた模様を、伊勢型紙を使って染め上げる江戸更紗
さて、染の里おちあいが守り継いできた、江戸更紗の技法を見ていきたい。
「更紗」は、インド伝来の模様染めの総称。異国情緒溢れる更紗は、世界を席巻し、18世紀ごろのフランスでは、貴族がたくさんの更紗の生地を買うため金が流出することを恐れて輸入禁止になるほどだった。
「更紗は、木版を使ったブロックプリントのインド更紗、ろうけつ染めのジャワ更紗など、地域で染め方が異なります。日本には16世紀ごろポルトガル船でやってきて、長崎更紗、堺更紗、京更紗を経て、江戸小紋の技術を生かした伊勢型紙で染める江戸更紗へと発展してきました」
江戸の街は奢侈禁止令が何度も出されたため、更紗が着物として着られるようになったのは江戸末期から明治時代。更紗は着物の裏地や茶道具として、茶道の世界で愛され続けてきた。

江戸更紗は、型染めを何十枚も繰り返していくことで、美しいグラデーションが生まれる。さらに染料を生地に摺り込む鹿の毛でできた刷毛を、職人の技でコントロールすることで、染め上がる絶妙な色合いは唯一無二のものになる。
「二葉苑が行ってきた技法として、最後に引き染めを行うことで、やわらかい色合いの江戸更紗に仕上がるんです」


すべての人が、染物や手仕事を楽しむ社会へ
染めの里おちあいでは、涼感素材「セオアルファ」を使った反物の製作や、Airbnbと連携したインバウンド向けの染め体験プログラムなど、次世代に染の魅力を伝える取り組みを行っている。
「コロナ禍で事業が行き詰まって大変だったときに『この技術はもう求められないのかもしれない』と考えることがあったんです。でも残したいと思ったとき、現代の暮らしに寄り添った製品づくりやイベントなども大切にしていこうと決めました」
さらに2023年には、倉庫にたくさん保管されていた型紙をデジタル化するクラウドファンディングを始めた。
「最初のきっかけは、整理の為に型紙を捨てる必要があったことです。傷んでしまった型紙を捨てなければならず、残念な気持ちになりました。スキャナーでデジタルデータ化して保存することで、いつか役に立つと方法を考えようと思いました」
6万枚以上ある膨大な量の型紙のスキャンは思った以上に時間がかかり、作業はいまだ続いている。さらに今年は廃業した工房から受け継いだ型紙も一緒にデータ化する企画も構想しているのだという。
「二度と彫れないような貴重な型紙も多くてすごいですよ。江戸小紋の型紙はぞっとするほど細かいです。レーザーカッターだと断面が丸くなるので、手彫りでしか出せない味わいなんです」
型紙をデータ化した後は、本や展示などにも展開したいと考えている。高市さんは「閉じた世界に発展はなく、開き続けることが大切」という。
「さまざまな取り組みの先には、全世界80億人全員職人プロジェクトを考えています。いろいろな人がもっと手染めや手仕事を楽しめる社会になったらいいなと思うんです。
ものづくりの原点には、百の仕事・百姓というように、身の回りのものを自分で作るライフスタイルがある。そういった暮らし方は、気候変動や環境問題によい効果をもたらす出口戦略にもなると信じているんです」

Text by 荒田詩乃











